2.
リルルメイサに過去の出来事を説明させた後、シャリオスは言った。
「前回、四月一日にここから門をくぐり、十一月八日に戻った。だとすると、今日戻ったら理論的には十月二十三日には戻れるはずだ。十月三十一日に、間に合う……!」
「十月三十一日が、その日、なんですね」
「ああ。手順はさっき説明した通りだ。過去の俺に助けを求めるといい。学者志望で論理的に考えられる。推理はお手の物だ」
「でも、説明して分かってもらえかしら。過去のシャリオスさんは、今の記憶を持っていないのよね」
扉を閉めた人は、二回目に扉を閉めた時に記憶を思い出す。そして思い出した時に現在に戻ってくるのだ。
この間、過去で会ったシャリオスはリルルメイサのことを知らない様子だった。だから会いに行って助けを求めても「誰?」状態になるだろう。
「それも説明通りだ。話をして納得させるといい」
「シャリオスさんが初対面の私の話をちゃんと聞いてくれて、親切に対応してくれると良いんだけれど」
そう言うと、彼は黙り込んでしまった。
違うらしい。
大丈夫だろうか。
「……まあ、きっと何とかなるだろう。頼む。さっそく行ってくれ」
「分かりました。本当は一緒に行けたらいいんですが」
そう言うと、彼は少し考えてから口を開いた。
「おそらくだが、扉を閉める役割の者は、過去に強い執着を持たなければいけないのだろう。貴方の侍女が扉を閉めても何も起こらなかった。だが、常に後悔している俺が閉めたら、この通りだ」
「そうですね、そうかも……」
言われてみれば、ソフィアが何回扉を閉めても、過去には行けなかった。けれどシャリオスが閉めたら一度で戻ったのだ。
そして、それを推理して理路整然と説明する頭の良さ。
どうしても、彼に協力してもらいたい。そして、過去を良いように変えたい。
じっと見つめると、彼は頷いた。
「分かっている。アルベールたちを救うには、過去の状況を見て色々動く必要がある。死因が変わってまで彼が死んだということは、彼を殺そうという強い意志を持つ者がいる可能性が高い」
「私には、そこまでは分かりませんでした」
「過去の私に推理させ、犯人を見つけろ。その為には、先に私たちを救うんだ」
「はい! 頑張ります!」
前回と同じように、扉を開けて中に入る。
そして、シャリオスに閉めてもらう。
ガシャン!
扉が閉められた瞬間、周囲が真っ暗になった。
***
リルルさん、リルルさん。眠っていらっしゃるの?
遠くで声がする。
周囲はざわざわと人の声がたくさんしていて、楽団の音楽も聞こえている。
まるで、どこかのパーティ会場のような。
普段はあまり、パーティや夜会の類には参加しないのに。ここはどこなんだろう。
不思議に思いながら瞳を開けると、目の前にヴィーラが居た。
パチリ、目を開けて瞬きする。
それから周囲を見渡した。
「ここは……」
「寝ぼけていらっしゃるの? 本当におかしな方。今日はプレイストン伯爵夫人の誕生日を祝う会でしょう」
「あっ! ということは、今日は何日でしたっけ?」
普段はパーティに参加しなくても、伯爵夫人の誕生日会だけは毎年招待されて参加していた。この時は、兄と一緒に来ていたと思う。
きょろきょろすると、兄が少し離れた場所で招待客の紳士たちと談笑しているのが見えた。兄が仕事の付き合いをしている間、リルルメイサは壁の花として大人しく隅っこの椅子でお座りしているのが常だった。
「今日は、十月三十一日よ。そんなことも忘れていらっしゃるなんて……」
「十月三十一日!」
では、今日がシャリオスの言っていたその日だ。
悪いが、誕生日パーティに参加している場合ではない。すぐにお暇しなければ、と思っているとヴィーラは続けて言った。
「アルベールさまが、上の部屋にいらっしゃるようなの。伯爵夫人が探していらっしゃったから、呼んできてくださらない」
「あぁ、はい……」
「お願いね。私は上の階に出入りするほどは、まだ深いお付き合いではないから」
そういえば、こんなこともあった。
この後、何が起こるか分かっている。
けれど、ここにヴィーラが居て、そしてそのきっかけを作った人物とは知らなかった。
大体、ボケッとしているので何を頼まれたかは覚えていても誰に、という点までは認識していなかったのだ。
では、さっさと済ませてついでに帰る旨を告げよう。
リルルメイサは上の談話室へと向かった。
そこにはアルベールと、彼の気安い友人たちが大きな声で話をしていた。
「どうだ、良い女は居たか」
「王都からどこぞのご令嬢も何名かは来てるだろう。付添人の目を盗んで声かけてみろよ」
「どうせ相手にもされないだろ、みんなジョシュアの妻の座を狙ってるんだから」
「違いない」
このパーティで伯爵家の跡取り息子であるジョシュアを、令嬢たちは狙っているのか。その中で、ヴィーラが彼を射止めて勝者となったのだろう。
最初の時には分からなかったことが分かっているのが、少し面白い。
そうこうしているうちに、話題がリルルメイサのものとなってしまった。
「アルベールの婚約者は来てるのかよ。顔が見たい」
「やめておけ。大金持ちの娘じゃなきゃ、あんなブスと関わり合いをもつのもごめんだ」
その場はドッと笑い声で沸いた。
前は、それを聞いて呼びに行く勇気が出なくて、すごすごと階下に戻り、兄に『もう帰りたい』と言って帰ってしまったのだった。
その数日後、新聞にジョシュアとヴィーラの婚約発表記事が掲載されて、婚約することを説得されたのだった。
リルルメイサは開いている扉をコンコンとノックした。部屋の中には入らず、室内の皆から注目を浴びてから言った。
「アルベール、伯爵夫人がお呼びよ」
「……! ああ、分かった。行こう」
「それから。まだ婚約者じゃないわ。これからもなるつもりはないし」
その言葉で、アルベール以外の皆がリルルメイサの正体に気付いたのだろう。
気まずそうな顔をする者、修羅場の予感に面白そうな顔をする者、無表情な者色々いたが、アルベールは全員を追い払おうとした。
「先に下に行っててくれ」
リルルメイサも行こうとした。だが、つかつかと近付いてきたアルベールが腕を掴んで部屋の中に入れる。
「わーお」
面白そうな顔をした青年が、冷やかしの声をあげるがアルベールは手を離さない。
「早く行けよ」
顎で外を指して、口笛を吹く青年たちを追い出す。
そして、皆が出て行くと扉をバタンと閉めてしまった。
部屋に、二人きり。掴まれた腕が熱い。
これから、どうなるのかと流石にのんびりしたリルルメイサもヒヤリとした。




