1.
嘘でしょう。そんな、そんな筈はない。
だって、以前と違う結末になるように、アルベール本人に事故で死ぬことを伝えた。気を付けるようにと手紙でも何度も伝えた。
それなのに、山賊って。そんな賊が現実に居るなんて、信じられない。物語の中だけだと思っていた。
リルルメイサは再び、父と共に遺体安置所に居た。
前回と同じように、伯爵と夫人、ジョシュアが居る。夫人が涙を零しながらも、リルルメイサに話しかけるのも同じだ。
「あの子に会ってあげて」
父が質問するのを、ぼんやりと聞く。
「失礼、伯爵さま。本当なのでしょうか? その、アルベールが盗賊に襲われて亡くなったというのは」
「ああ、そうだ。そちらの商会から借りた御者も一緒だ」
そんな! フランクまで。
彼を殺してしまったのは、きっと自分だ。
アルベールも助けられず、更に犠牲者を増やしてしまった。
血の気が引いて、目が回りそうになる。
父が続けて言ってくれる。
「リルルに会わせるのは、何故でしょうか。葬儀の時ではいけませんか? この子にその、ご遺体を見せたくないのです」
「……お父さま、私、会うわ」
それを遮って、そう言ってしまった。
「リルル……」
「アルベールと、会いたいの」
フランクの遺体は別室に置かれているらしく、この安置所にはアルベールだけだった。
前回と同様、遺体は清められ彼の眼は固く閉ざされている。顔色は真っ白で、生気がない。
彼の手にそっと触れてみた。
冷たい。命が失われている。
「アルベール、どうして……」
思わず呟くと、伯爵夫人は泣き崩れてしまった。
ジョシュアが説明してくれる。
「まず御者が銃で一発でやられた。その後、賊どもは馬車の中にも銃を打ちこんで、アルベールを殺害した。アルベールのトランクも、いつも付けていたブローチも、全て盗まれた。クソッ、こんなむごいことを……」
「いつも付けていたのって、あのブローチかしら」
つい、誰ともなく話しかけてしまう。
ジョシュアが答えてくれた。
「そうだ。リルルとお揃いなんだろう? 僕がからかって、貸してほしいと言っても絶対に貸してくれなかった。大事にしていたのに……」
伯爵に支えられた夫人が、涙ながらに言う。
「もう一つのブローチは大切に使ってあげて。あの子もそれを望んでいるわ」
「はい……」
形は違えど、彼から貰ったサファイアは手元に残るのは同じらしい。
今度は気絶しなかったリルルメイサは、早々に父と共に屋敷に戻ることになった。
馬車で帰る途中、色々と考えてしまう。
アルベールを、二度も死なせてしまった。どんなに苦しく恐ろしい思いをしただろう。
それに、一度目は死ぬこともなかったフランクまで。
もし、また過去に戻ることが出来ても二人を助けられず、更に犠牲者を増やすことになるのではないだろうか。
それなら、もうあの門はくぐらずこのまま、二人を忘れてしまうのが良いのだろうか。
でも、でもでも。
苦悩するリルルメイサに、父が優しく声をかける。
「リルル、辛いだろうが気に病むな。アルベールを見送ってやろう」
「でも、私のせいじゃないかと思うの。フランクのことも……」
前回は呪いのせいじゃないかと言って、皆にそんなことは無いと宥められた。
今回は呪い云々を抜きにしても、フランクまで死なせてしまったことに胸が痛む。
そんなリルルメイサの頭を撫でて、父は慰めてくれた。
「これは運命だよ。人の運命はどうなるか分からない。若くして死ぬこともあるだろう」
「…………」
自分は運命を捻じ曲げてしまったのだと実感する。
人を救う為に過去を変えようとして、失敗した。リルルメイサ如きが何かをしても、事態を悪化させるだけで良いようには変えられないのではないだろうか。
それに、父には前回の記憶は無いようだ。
ソフィアにも無いだろう。
自分には味方はおらず、立ち回る為の知恵や機転もなく、強くもない。
もし自分が強かったら、先回りして山賊をやっつけてしまうのに。
考えても詮無いことを思いながら、これからどうして良いか分からない不安で心細くなった時だった。
なんとなく窓の外を見ていたら、ハッとした。
神官であるシャリオスが、いつもは来ない屋敷の方に来ている。そしてリルルメイサたちが乗っている馬車をじっと見つめている。
もしや、自分を探しているのでは?
反射的にそう感じた。
屋敷の車止めに馬車が到着し、降りてからリルルメイサは小走りで礼拝堂に行くことにした。それを見て父が慌てて声をかける。
「あっ、リルル! どこに行くんだ!」
「礼拝堂に行ってきます!」
「待ちなさい! 誰か供を付けて……! 」
父は心配して色々言っているが、とにかくシャリオスに会わなければ。その一心で急いで彼の元に向かう。
果たして、礼拝堂に入ると彼は此方を向いて待ち構えていた。
「あの、神官さま。その……」
目の前に立っていざ話そうとすると、言葉に詰まった。
過去に戻ったが失敗して、二回目のこの時間を過ごしているなんて言い出したら、彼は何と言うだろう。
信じられないと鼻で笑うだろうか。
嘘をつくなと軽くあしらわれるだろうか。
シャリオスが口を開く。
「過去で何をしたか、詳しく話せ」
「……!」
「曲がりなりにも、君は過去を変えた。変えることが出来たと、証明した」
「あの、神官さまには、記憶があるのですか」
「ああ。二回目の扉を閉めた瞬間、全て思い出した。そして記憶と共に、俺も現在に戻ってきたんだ」
「まあ! では、一緒に考えてほしいです。どうすれば、二人を死なせず済むのか」
助けてほしいと、彼を見つめる。
いつも光のないシャリオスの瞳は、希望に縋りつくようにこちらを見ていた。
「頼む! もう一度、過去に戻って助けてくれ!」
「えっ……」
「君だけが頼りなんだ!」
助けてほしいと頼むつもりが、助けを求められてしまった。
戸惑うリルルメイサに、シャリオスは過去の説明を始めたのだった。




