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追憶のパラレルワールド   作者: 長谷川龍司
第3章 バンコクでの日々
17/23

16.ツインレイ

 カンボジアから戻って来て1週間後に賢孝は定宿であったS・S HOSTELをチェックアウトして、シーロムフラマホテルで奈津美と一緒に暮らし始めていた。運命的な出会いを果たした2人にとってそれはごく自然なことであり、それ以降2人は幸せに包まれた穏やかな毎日を過ごしていて、最近はホテルの屋上プールでのんびりと過ごすことが定番となっていた。東南アジア特有の昼下がりの猛烈な暑さに多少は慣れてきたものの日中は外出する意欲が起きず、ほとんどは奈津美とプールサイドで過ごしていた。デッキチェアに並んで寝そべり他愛もない会話をしたり、時には昼間からシンハーとモヒートを飲んだりしながら日々を満喫していた。

「賢孝の仕事がバーテンダーだったのは前に聞いたけど、趣味とかは無かったの?」

 頭にサングラスを乗せたビキニ姿の奈津美が、モヒートを美味しそうに飲みながら機嫌良さそうな表情で賢孝に聞いてきた。

「これという胸を張って言えるものは無いんだけど、まあサウナ通いくらいかな。バンコクの生活は最高だけど、サウナが無いのがちょっと辛いんだよね」

「バンコクにもサウナあるらしいよ。フロントの従業員がたまに行くって前に言ってた」

「え…… えー! マジかよ! それ本当の話?」

 賢孝が急に身体を起こして大きな声を出したせいで、奈津美はビクッとして危なくモヒートのグラスを落としそうになった。

「ちょっと、驚かすのやめてよ。そんなにサウナが大ニュースなの?」

「事件、これは大事件だよ。ちょっとフロントで聞いてくる」

 言い終わるや否や、賢孝はフロントに猛ダッシュで向かっていた。奈津美はあっけに取られながらも微笑ましく賢孝のその後ろ姿を眺めていた。奈津美にとって、そんな運命の愛する人との何気ない充足した日々。過去の記憶を全て失ったと自覚し、異国の地に孤独に放り出されたあの日から紆余曲折あり、やっと手に入れた幸せな日常だった。15分くらい経って、賢孝が満面の笑みを浮かべて上機嫌で戻ってくるのが見えた。

「温泉の森&SPAっていうサウナがあるらしい。日本人がオーナーで本格的な日本式サウナだって。ある訳ないと思って調べもしてなかったけど、まさかこんなに近くにあるなんて夢みたいだよ」

「こんなにハイテンションで嬉しそうな賢孝、初めてみた」

 興奮して早口で話している賢孝を見て、奈津美は笑っていた。バンコクには日本人が経営している日本食の店が数多く存在している。本格的なラーメン、とんかつ、居酒屋などシーロムエリアだけでも約20件はあるから定期的に賢孝と奈津美はそれらに通っていたし、多くのタイ在住日本人にとって心の拠り所にもなっていた。もちろん賢孝にとってもそれは例外ではなかったが、まさか日本式の温泉施設がバンコクにあるとは全く予想外の嬉しすぎる誤算であった。

「そんなにサウナってテンション上がるもの? サウナも暑くて息苦しそうだし水風呂も冷たくて辛そうだから、何がいいのかわからない。わたし岩盤浴は好きだけどサウナは一回も入ったことないな」

 いまいち理解が出来ない奈津美は、苦笑いしながら賢孝の顔を見て言った。そんな奈津美に対して賢孝はサウナの素晴らしさについて一から丁寧に解説する。身体の中で何が起きて、それによりどんな効果があるのか、脳や身体疲労が一気に回復すること、そしてその恍惚の時間がどれだけ最高なものなのかを熱くプレゼンテーションした。

「全然イメージしてたものと違うかも。賢孝と共通のルーティーンが増えたら楽しいからわたしもチャレンジしてみようかな」

「じゃ、今から行こうよ」

「え? 今から? 急すぎない?」

「奈津美もそうやって急にオレをBARに連行したでしょ」

 居ても立っても居られない賢孝は、笑って観念した奈津美を連れて温泉の森&SPAへ直行することにした。タオル類は用意があるだろうから、部屋に戻り最低限のスキンケア製品などを準備しシーロム通でトゥクトゥクを拾った。温泉の森&SPAはシーロムフラマホテルから徒歩20分くらいの場所らしいが、この炎天下で歩く気にもならなかった。

 シーロム通の南側エリアの住宅街を抜けた先でトゥクトゥクは停車した。ここが日本なのではないかと錯覚する程の完全に日本式スーパー銭湯の外観。ワクワクが止まらず、賢孝の胸は高鳴った。手を繋いでいた奈津美は、その様子をまるで母親が息子を慈しむように笑っている。施設内も清潔で完璧な日本式の温泉そのものであった。一通りの「サウナ作法」を奈津美に伝授し、2時間後くらいに休憩室にと約束してそれぞれに分かれて浴室に向かった。大浴場で全身を洗い、数ヶ月振りに温泉の浴槽に浸かった賢孝はうっとりしてその久々の感覚を味わった。バンコクは年中暑いが、やはりそれとこれとは別であった。そして待望だったサ室の扉を開けると、本格的なフィンランド式サウナで何とセルフロウリュも可能な完璧すぎる環境に賢孝の心は踊っていた。室温は若干低めであったが、ロウリュすることで十分にととのいが可能な温度まで上げることが出来る。しっかり発汗出来た頃合いをみて水風呂へ。17~18℃とマイルドだったが久しぶりの水風呂でなかなか入水がキツい。肩まで浸かりしっかり全身を冷やした後に追い打ちで水シャワーを頭から浴びて、いよいよ待望のととのい時間だ。久しぶりだったせいか鬼すぎるととのい度合いで、脳から始まったその痺れるような感覚があっという間に全身に回り、足先まで一気に到達した。こんなととのい方は年に1回あるかないかで、賢孝の全身細胞が悦楽の嬉しい悲鳴を上げているようであった。3セット、至極の時間を堪能した賢孝は早めに休憩スペースに移動し、シンハービールを味わった。やはりサウナ上がりのビールは格別で賢孝は最高潮の気分であった。20分くらい経って、ニコニコと薄ら笑いを浮かべてこちらを見ながら奈津美が向かってくるのが見えた。

「初サウナ、どうだった? ちゃんと、ととのえた?」

「やばかった……。これはハマりそう……」

 夢見心地な表情の奈津美は、そう言いながら脱力するようにドサッと座り賢孝の肩にもたれ掛かってきた。どうやら初回からしっかりととのえたようだ。そしてサウナ後のモヒートの美味さに、さらに奈津美はご満悦のようだった。1時間くらい休憩しながらおしゃべりを楽しんだ後、日も落ち始めて気温も少し下がって来ていたので帰りはゆっくりと徒歩でホテルに戻ることにした。

 賢孝はすっかりこのパラレルワールドでの生活に馴染んでいた。奈津美との運命的な出会いが悲壮感を消し去ってくれたのは間違いない要素ではあるが、南国でのゆったりとした日々が性に合っているのが根本的なところでもあった。同級生や家族と一切連絡が繋がらないことは寂しかったが、奈津美の存在がそれらの心の隙間を十分に埋めてくれていたので、このまま一生元に戻らなくてもいいのではないかという気持ちさえ芽生え始めている。むしろ、元に戻ってしまうということは奈津美と永遠に会えなくなってしまうことになるので、今となっては岡本さんのようにある日突然戻ってしまうことの方に恐怖心を感じる程であった。

「賢孝、ツインレイって言葉を知ってる?」

 部屋に戻り、横になりながらスマートフォンを見ていた賢孝に対して奈津美は言った。初めて聞く言葉で全く知らないと伝えると、奈津美はツインレイについての解説が載っているウェブサイトを賢孝に見せてきた。


【ツインレイ】

・スピリチュアル用語で「魂の片割れ」という意味です。前世で一つだった魂が現世で二つに分かれ、男女の組み合わせで誕生することが多いと言われています。ツインレイ同士の関係は、非常に深い精神的な愛と献身を伴い、お互いを尊重し、成長し続けることができるとされています。

・偶然の出会い、夢の中での出会い、トラブルでの出会いなど、不思議な出会い方が多いと言われています。

・二人は再び一つの魂に戻ろうとしているため、ツインレイと出会った場合、磁石のN極とS極のように激しく引き寄せられます。

・時には離れ離れになってしまうなどの難しい課題や試練が訪れることもあります。しかしそれらを乗り越えた時、お互いの魂が完全に融合することができ、さらなる精神的な成長や目覚めをもたらすと考えられています。


 出来事を思い返してみると賢孝と奈津美がツインレイだということに疑う余地は無かった。理由は説明出来ないけれど、互いの引力によって引き寄せられたこの感覚。避けることなど出来なかった宿命のような2人。ただ「離れ離れになるなどの試練」という部分が引っ掛かってしまい、複雑な心境になってしまってもいた。奈津美は何があっても賢孝を受け入れてくれるという確信みたいなものは感じているし凄く愛してくれていると思うが、しかし異世界からの来訪者というレベルの告白となると話はまた別だろう。気持ち悪がられるか、ドン引きされるのがオチなのは目に見えている。何があっても「パラレルワールド」については絶対に言うべきではない、そう賢孝の中では結論付いていた。それについての文献や記事はかなり読みまくってきたが、岡本さんのようにある日突然元に戻るパターンもあれば、一生元に戻らないパターンもあるらしい。何となく、賢孝自身は後者なのではないかという体感があった。とはいえ今はまだ先のことは何も考えず奈津美との幸せな生活に浸っていたいし、そもそも元の世界に移動すること自体を賢孝自身がコントロールするのは不可能なのだから考えても無駄なことでもあった。

 考えるのをやめ、奈津美を抱き寄せた。サウナ上がりのまどろみでフワフワと心地の良い体感の中で何度もキスを重ね、サンセットの真紅の光線が差し込む部屋のカーテンを閉めないまま穏やかなセックスをした。互いの体内に溶け込んで行くような愛の儀式で、ツインレイの2人は確かめ合うように魂を重ね合い続けていった。

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