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銀の瞳のアンサーラ  作者: 権田 浩
『失われた可能性』

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13/23

1.ウラク村へようこそ

 痕跡はそこここにあった。木の幹を斜めに走る四本の爪痕、毛皮に削られた岩肌の苔、大きな足跡、骨ごと噛み砕かれた牡鹿の残骸。


 アンサーラは新緑の森の中、それらを追って歩いた。白い肌と艶やかな黒髪。すっきり尖った顎と耳。木漏れ日がつくる光と影のモザイクが、彼女の瞳を銀色と金色と行き来させる。春の陽気に肩の後ろまでマントを開いているので、見事な革鎧と、両腰に下げた二本の剣は隠されていない。地面を調べるたびに背負った荷物が小さく揺れる。


 そしてついに、恐れていたものを見つけてしまった。死体を引きずっていった跡。飛び散った血が新緑の若葉に黒い斑点となって残っている。現場を囲う茂みの下に、被害者のものと思われる剥がれた爪が落ちていた。大きさと形状から人間の男性と推測される。柔らかい下草に絡んだ数本の金髪と、茂みの上に落ちた赤毛。


 コーン、コーン、と一定の拍子で繰り返される木こりの音に視線を上げると、木々の合間からキラキラ光る水面が眼下に見えた。こんな近くに人間の村があるなんて。増水した春の川の網場には伐採された原木が引っかかっていて、川辺にある製材所で数人の男たちが作業していた。村は川へと下る斜面に、おおむね三段で構成され、道が二度折り返して家々の間を通っている。


 アンサーラはカバノキの幹に手を置き、銀色の瞳で村の様子を確かめてから、フードを被って森を下った。


 草生した盛土の壁にそって小道を歩いて行くと、村の入口が見えてくる。開放された小さな木製の門の内側には屋根付きの待機所があった。武装した男はアンサーラの接近に気付いて兜を被り、盾を担いで槍を手に、門前で立ちふさがる。アンサーラは両手のひらを見せて害意の無いことを示した。


「こんにちは。旅の者です」


「女? 一人か?」


「はい、わたくし一人です」


「女が一人で旅を?」


 それは逆に衛士の警戒心を煽ってしまったようだった。兜の下で用心深く、アンサーラの背後を見やる。木や草の陰に仲間がいないか探っているのだろう。そんなものはいやしないが。


「最近、何か問題が起こっていませんか。家畜が襲われたとか、森の中で誰かが何かを見たとか……行方不明になった人がいるとか」


 ますます衛士は警戒色を強めた。「なんだと? 何を知っている? おい、顔を見せろ」


「そうですね、失礼しました……」


 瞳が隠れるほど目深に被っていたフードを上げて首の後ろに落とすと、まっすぐに流れ落ちる漆黒の髪と逆三角形の小さな白い顔が露わになった。尖った耳と銀色の瞳。ほっそりした一〇頭身の体躯は、人間に似て非なる種族の美しさ。


「あんた、まさか、エルフ……なのか?」


「はい。わたくしはエルフです。名は、アンサーラと申します」


 衛士は目を丸くして、言葉にならない呻き声を漏らしながら手で顔を拭った。名前に反応したわけではない、とアンサーラは自分に言い聞かせる。今やエルフは珍しい存在。ただそれだけだ。


「本物……なのか。じいさんに聞いたとおりだ……小さくて、細くて、とても……いや、何でもない。それでエルフの女が何故この村に?」


「もし問題が起こっているのなら、お手伝いできるかもしれません」


「そうやって北方中を聞いて回っているのか?」


「ええ、まぁ、そうですね」


 衛士は上から下まで何度も目をやりつつ質問を続ける。「傭兵みたいなモンか? 働き口を探している?」


「そのようなものです。ただし、魔獣専門の」


 魔獣と聞いて顔色が変わった。目に迷いが生じる。衛士はしばらく考えてから心を決めたようだった。「わかった。ただし、いいか、村の中で武器を抜くのは禁止だ。それから、ええと……エルフは全員魔法使いだってのは本当か? そうか、なら魔法も駄目だ。わかったな」


 衛士に案内されてアンサーラは村へ入った。森の中から見たとおり、斜面に建つ家々の間を川辺へ下る道が蛇行している。家の前庭は狭く、せいぜい小さな菜園にするかニワトリを飼うかという余地しかない。家を守る女たちは衛士に挨拶しようとしてアンサーラに気付くと、ギョッと目を剥き、好奇心旺盛な子供をスカートの後ろや家の中に慌てて隠した。田舎の村にありがちな反応かもしれないが、少し過敏な気もする。


 道が下る折り返し手前にある、比較的大きな敷地の家の扉を衛士はノックした。茅葺の屋根に、白く塗られた壁。前庭では数羽のニワトリがのんびりと春の陽気を楽しんでいる。扉が開き、口ひげを蓄えた禿げ頭の中年男性が顔を覗かせた。「ベントか。どうし……だっ、誰だ?」


「村長、驚かせたならすまねぇ。この人はエルフの……えっと?」


「はじめまして。アンサーラと申します」


「そう、アンサーラだ。魔獣の専門家らしい。例の件を相談してみちゃどうかと思って」


 〝傭兵みたいなもの〟から〝魔獣の専門家〟に変わってしまったようだが、アンサーラは気にしなかった。村長はしばし、失礼なほどジロジロと凝視してから、「あ、ああ」と口ひげを縦に揺らす。「どうぞ中へ。エルフのアンサーラさん。こんな時に偶然とは思えんな。大地の神のお導きかもしれん」


 中は玄関から一間続きの部屋になっていて、正面と右手奥には別室へ続く戸口が開いている。床掘り式の炉端に椅子。壁際の張り出し棚には日用品。テストリア大陸北方の一般的な家屋だ。勧められるがまま椅子に腰を下ろしたアンサーラは荷物を置いて畳んだマントをかけた。衛士は扉を背にして立ち、村長はもう一つの椅子に尻を落ち着かせながら問う。


「魔獣の専門家というのは本当かね」


「ええ、そう言っても差し支えない程度に知識はあります。魔獣を退治しながら旅をしていて――」


「おお、退治というからには、その剣は使えるのだね? エルフはみんな魔法使いだというのは事実かね?」


「はい。魔法も使えますが、剣のほうが得意です。実は、ここに来たのも偶然ではなくて、問題のほうもだいたい把握しています。ここから東の森の中、村の近くで魔獣の痕跡を見つけました。狼に似た――」


「あああ、ありがたい! 大地の神ノウスよ、感謝いたします。どうやらあなたは本物の専門家のようだ。そうです、そうです。人狼が出たのです!」


「えっ、人狼、ですか。〈皮を変える者(スキンチェンジャー)〉?」


 村長はいっそう、ぐいと身を乗り出した。「それです! その〈皮なんちゃら〉!」


「人間と同じくらいの大きさの狼で――」


「そう、それ!」


「時には半獣半人の姿をとることもある――」


「まさしく!」


 アンサーラは尖った顎に触れ、少し考えた。村長はその間も惜しいというように口ひげを揺らす。「すでに犠牲者も出とるのです。しかし、できることなら内々に処理したい。村から人狼が出たなどと知られたくはありませんからな。何とかなりませんか、アンサーラどの。もちろん謝礼はお支払いします。とはいえ、これから用意しますのではっきりした金額は言えませんが……」


 銀色の瞳に見据えられて、さすがの村長も口を閉じ、ごくりと喉を鳴らした。路銀は必要だが、アンサーラの目的は魔獣を殺すことであって報酬ではない。しかし、事はそう単純ではなさそうだ。


「……わかりました。人狼の件、お引き受けします」


「あああ、よかった!」


 村長が手を伸ばしてきて、アンサーラは無表情のままそれを見つめてしまった。一瞬の気まずい空気のあと、合意のしるしに握手をするという人間の慣習を思い出してその手を取る。


「うわ、すごく繊細で美しい指をしておりますなぁ」


「そんなことより、これまでの経緯を教えていただけますか。そもそも、なぜ人狼だと確信できたのでしょう」


「あっ、ああ、そうですね。もちろん、ご説明しますとも。おっとその前に」村長は居ずまいを正して胸を張った。「ウラク村へようこそ。エルフのアンサーラどの」


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