あくまでも推奨です
「なぁ聞いたか」
「何を?」
「実はこの学校に上月いろはがいるらしい」
「上月いろはって誰だっけ?」
「知らない? 家多い子ってドラマ」
「あぁ確か、お金持ちの家の娘が実家がめちゃくちゃ多くて、毎回違う家に友達を誘うんだけど、何かしらの事件が起こるってヤツだろ? 子供の頃、見てたわ」
「そうそう。あの子」
「えーと、両親が大御所の俳優さんなんだっけ? でもテレビに出てたのは小学生の間だけで中学生になってからは学業に専念するためにテレビ出るの辞めたはずだよな?」
「そう、その上月いろはがこの学校に通ってるって噂があるんだよ」
「いやそんな有名人がこの学校に通ってたら大騒ぎだろうよ」
「それが見た目も姿も隠してるらしい。本名も非公開だし」
「マジかよ。でも俺たちが知ってるのは小学生の頃だしな。高校生の今ならわからんか。でもホントかよそれ。都市伝説じゃないのか?」
廊下をすれ違った二人の男子生徒からそんな会話を聞く。
有名子役の上月いろは。
父は時代劇で有名な俳優さんで母親もかなり有名な方だ。
まだ二人が独身の頃に、二人そろってハリウッド映画に出演した時は大きな話題になったらしい。
その頃、俺はまだ生まれていないが。
そんな二人から生まれてきた上月いろはは子供の頃テレビに出演していて、一番有名な作品が家多い子というドラマだ。
俺は見ていなかったが。
そんな彼女が身分を隠してこの高校に通っている?
そんな話し本当にあるのだろうか。
一応クラスメイトの女子の顔を思い浮かべ、それらしい生徒がいたかどうか思い出してみるが、まったく思い当たらない。
そうこうしているうちに俺は職員室の前へとやってくる。
やはり職員室ってのは少し緊張する。
「失礼します」
そう言いながら扉を開け中へと入る。
「おう来たか、高良」
「はい先生。なんですか?」
俺はそんなことを言いながら担任の方へと向かう。
放課後だからか、職員室の中は大勢の先生がいた。
チラチラとこちらの方を見てきたが、気にしてない風を出すために担任の野村のことだけを真っ直ぐに見ながら彼の下へと行く。
「なんですかじゃないだろう」
「いやわかんないんスけど」
「これだよコレ」
担任の野村は一枚のA4のコピー用紙を手渡してきた。
そこにはクラブ活動一覧という題目と共にこの学校にある部活の名前が記されていた。
「高良も知ってるだろう? 確かに部活に入るのは強制ではない。しかし、我が校は全生徒に何かしらの部活に入ることを推奨している。お前まだ何の部活にも入っていないだろ?」
「俺だけじゃないでしょ?」
「まぁそうだが、そこは順番にな」
「俺が一番言いやすいから?」
「まぁそう言うな。話しやすいってのはいいことだぞ? で、どうだ? どっかに入る気はないか?」
「強制ではないんですよね?」
「そりゃあ強制はできないよ。あくまでも推奨だ。でも頼むよ。先生の立場もあるしさ」
俺は先ほどの紙にもう一度、目を落とす。
野球部、サッカー部、ラグビー部と定番の体育会系から吹奏楽部や天文部などの文化系まで書いてある。
興味ないな。そんな風に感じる。
中学の時に部活に友人に誘われてサッカー部に入ってはみたものの、あまり付いていけずにすぐ幽霊部員となってしまった。
「あまり大きな声では言えないが幽霊部員でもいいんだ。どこかに在籍さえしてくれればさ」
俺の気持ちを読んだのか、小声でそんなことまで言ってくる。
そんな担任の野村の顔の横から彼の机の上が見える。
そこにはもう一枚の紙が置いてあった。
「先生、それは?」
「ん? あぁこれか? これはまぁ、渡す気はなかったんだが見つかってしまったのなら渡すか」
野村はもう一枚の紙もしぶしぶ手渡してきた。
そこには研究会一覧と書いてあった。
「そっちは研究会や同好会の一覧だ。ようは部員が足りないとか、担任がいないとか、活動内容があまり学校として承認しづらいような感じだな。そっちはあんまし勧めたくはないんだが、まぁこの際だからそっちでもいい。なんでもいいからどっかに所属してくれ。先生の頼みだ」
「わかりましたよ。考えてみます」
同好会か。そこなら内容もユルそうだから気楽かもな。
そんなことを考えながら俺は職員室を後にした。