年上彼氏は、カセットテープの爪を折る。
「ねぇ、おばあちゃん。カセットテープの爪を折るってどういう意味?」
夏休みの2週間ほど、田舎の祖母の家に遊びに来ることが、小さい頃からの習慣だ。
高校生になった頃からは、両親の都合がつかなくても、一人で訪れたりしている。
春に大学に入学したばかりの私は正直、心身ともに消耗していた。
大学生の夏休みは長い。
今年はいつもより、ゆっくり過ごしたい気分だ。
長い講義にレポート、新しい人間関係。
勉強も他人との交流も苦手ではないが、やはり休息は必要だ。
木製のたらいに足をつけながら、ソーダ味のアイスキャンディを食べる時間を、体と心が欲している。
そうこうしていると、夕飯の匂いがし始める。
砂糖と醤油の甘辛い匂いと、味噌汁の匂い。
上げ膳据え膳、なんたる至福。
大学の友達と行くオシャレカフェだって嫌いじゃない。
でも私は、この空間のほうが好きだ。
キラキラした都会住みの友人は「婆臭い」と笑うかもしれない。
でも、そんなことは痛くも痒くもない。
それが関係あるのかどうかは分からないが、私の彼氏は一回り以上、年上だ。
「おっさん」と呼ばれる部類に入るのかもしれない。
それでも一緒にいるとホッとするし、わりと気も合っていると思う。
でも、彼はたまに、私が分からない言葉を使う。
先日は、音楽の話をしていたら「カセットテープの爪を折る」という言葉を聞いた。
私には意味が分からなかったが、「知らない」「分からない」とは言えなかった。
恥ずかしいし、やっぱり年代が合わないから別れようと言われるのが怖かった。
だから、台所に立つ祖母の手伝いをしながら、聞いてみた。
「爪を折る」の意味を。
「あぁ、間違えて上書きしないようにするために、パチンって折る部分があるんだよ」
「へぇ……」
イマイチ理解できていない声を出した私に、祖母は詳しく説明してくれる。
「ビデオテープにもあるんだよ。録画した番組の上にうっかり重ねて録画して、前の番組が消えるのを予防するの」
「DVDのファイナライズとか、メールのお気に入りみたいな感じ?」
「そうそう! 今も昔も、大事に残したいものはあるからねぇ」
祖母はわりと達者だ。LINEもタブレットも使いこなす。
「急に、どうしたの?」
「年上の彼氏がさぁ、たまに私が知らないこと言うから……」
「それは付いて行くのが大変ねぇ。でも、好きなんでしょ?」
「うん、好き」
「じゃあ、頑張って。あー、『負けないで』かな?」
祖母はイタズラっぽく笑った。
知識も感性も、若いおばあちゃん。
昔のことはもちろん、今のこともたくさん知っていて、大学生との会話にも余裕で付いていけます。
でも、どこか、「大人の女」の色気がある人。