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09.アンノウン

 



 世界から"色"が抜け落ちる。


 沈みかけていた夕陽は白く、夕焼けで赤く染まっていた草原は灰色に。


 世界がモノクロームに染まっていく現実味の無い光景に、眩暈を覚える身体を(リア)は気力で奮い立たせる。



「何が起こっているんだ……!?」



 隣でジュウロウが変貌する世界に愕然とした呻き声を漏らした。そんな僕達の様子を楽しげに見ていた男―――"ユーグ"と名乗った黒衣の男が手品の種明かしをするように僕達に語り掛ける。



「エルフ封じの結界だ。ここでは嬢ちゃん得意の馬鹿みたいな出力の魔法は使えないぜ。ついでに俺の許可無く結界の外へ出ていくことも不可能だ。あとは魔法を使えないアンタの手足をもぎ取って(・・・・・)箱詰めでもさせて貰おうかねぇ。ああ、心配しなくても本部(・・)に着いたら元通りくっ付けてやるから安心して―――」



 (ユーグ)が最後まで喋る前に僕は動いた。


 懐から素早く投擲用の短剣をユーグに向かって撃ち放つ。射撃の成否は確認せずに連続して次の動きへ。以前()の肉体よりも数段低い姿勢でユーグの懐に飛び込むと、死角を突くように下段から奴の頭部に向かって剣を斬り上げた。……やはり、この身体は見た目以上に動ける。概ね、自分が思い描いた通りの動きを披露出来たのだが―――



「うおっとぉ!おいおい、いつから剣士の真似事なんて始めたんだ?しかも、筋は悪くないじゃねえか」



 分厚い金属を叩いたような手応えと響きと共に、僕の剣はユーグの"不可視の障壁"に弾かれる。しかし想定内だ。剣は弾かれたが、剣で抉った土(・・・・・・)がユーグの視界を僅かに塞ぐ。



「―――シィッ!」



 その僅かな隙を突いて、ユーグの背後に回ったジュウロウが銀閃を放つ。

 彼が愛用する"刀"と呼ばれる風変りな片刃の剣から放たれる一閃は、強者揃いの聖騎士団の中でも異質の剣速を誇る一撃だ。



「カカッ、中々良い腕してるじゃねえの兄ちゃん。上手く売り込めば、俺みたいに"実行部隊"に入れるかもしれねえぞ?」



 ―――それでも届かない。

 ジュウロウの剣が不可視の障壁に弾かれると、ユーグは片足を軸に背後のジュウロウへ回転蹴りを放つ。

 空気が破裂するような音と共に振るわれる絶命の一撃を、ジュウロウは危うい所で回避に成功する。



「っとぉ!」

「おっ、避けるか。大抵の相手は"障壁"に驚いて、回避出来ずにモロに喰らうんだがな。嬢ちゃんから聞いてたか?」



 余裕の表情を崩さないユーグ。


 ―――だが、僕達も一つ情報を手に入れた。



「……ジュウロウ、見たか?」

「ああ、リアがぶっかけた土。空中で止まっていた(・・・・・・・・・)



 僕が先程、目潰しにユーグに仕掛けた土の飛沫は、奴の身体に触れるよりも少し離れた所で透明の壁にぶつかっていたのだ。


 遭遇時にジュウロウが仕掛けた不意打ちの閃光弾が効いていなかった事も考慮すると、(ユーグ)は常時ドーム状に何らかの防護障壁を展開している可能性が高い。


 障壁を正面から破るのは、先ほどの僕達の攻撃が全く通っていないことから察するに困難だろう。ならば、障壁の隙間―――障壁が展開されていない箇所を狙う!



足元(・・)か!)

「―――ッ!」



 僕とジュウロウは、ユーグの足元―――脛から下の辺りを狙って剣を振るう。するとユーグは、僅かに表情を強張らせて僕達の攻撃を飛び退って回避した。奴の足元の土が抉れていないことから、地面には障壁を展開していないと予想していたが、どうやら的中していたようだ。



「カッ!もう気づいたのかよ!やるじゃねえか!」



 しかし、障壁の種が割れたというのに、ユーグは凶相に深い笑みを刻んで僕達に襲い掛かってきた。

 ……確かに、攻撃を通す手段が分かったとはいえ、依然として不利なのは僕達の方だ。単純に的の大きさが違う。普通の剣術に人間の足だけを狙うようなセオリーは存在しない。定石が使えない戦闘に、僕とジュウロウの消耗は激しかった。



「オラオラッ!いけすかねえインチキの種が割れたんだろう?もうちょい踏ん張れや!」

「ぐぅっ……!」



 障壁を攻撃に転用しているのか、鉄さえ砕きそうな常識離れしたユーグの体術が僕とジュウロウに襲い掛かる。

 威力もそうだが、厄介なのはその攻撃範囲だ。拳と蹴りの周囲に不可視の障壁が展開されているのか、見た目よりも伸びる(・・・)。視覚と実際の射程が一致しない攻撃を受けるというのは想像以上に神経を擦り減らされる。



「―――くぅっ!うあっ!!」



 最初に崩れたのは僕だった。ユーグの打撃を捌き切れずに、華奢な身体が吹き飛ばされる。地に倒れ伏した僕のことは脅威ではないと見做したのか、ユーグは僕へのトドメよりもジュウロウの相手を優先した。



「リアッ!?」

「オラァッ!余所見してんじゃねえぞ色男!」

「ぐっ!この糞野郎!」



 十数合の打ち合いの後に、とうとうユーグの攻撃を受けきれなくなったジュウロウが崩れ落ちる。僕はボロボロの身体を奮い立たせて、すぐさま彼に駆け寄ろうとするが、ジュウロウは片手を上げて僕を制した。



「いやあ、中々楽しかったが終わりみたいだな。一応聞いておくが、ウチ(・・)に就職する気は無いかい兄ちゃん?俺が上に口を利いてやってもいいぜ?」

「……アイツ(リア)を見逃すなら考えてやってもいいぞ」

「そりゃあ駄目だ。優先順位はアレ(・・)の確保が最上位だからな」

「んじゃ断る」

「あっそ。じゃあ死ね」



 ユーグが拳を振り上げる。

 彼我の距離は、奴の腕の長さよりも僅かに離れていたが、それが障壁(・・)を考慮した奴の射程距離(リーチ)なのだろう。




 ―――つまり。




「そこがお前の障壁展開範囲なんだな」

「ああ?」



 ニタリとジュウロウが悪童めいた笑みを浮かべるのと同時に、ユーグの足元から凄まじい勢いで煙が噴き出した。



「ぶわっ!?何だこりゃあ!?」

「冒険者ナメんなよ。勝つ為なら小細工騙し討ち何でも使ってやらあ」



 それは奇妙な光景だった。

 ユーグの足元から噴き出した煙はジュウロウを覆わずに、ユーグの周囲にだけ、透明な壁が(・・・・・)有るかの如く(・・・・・・)濛々と渦巻く。自身を護る筈の障壁が完全に悪い方向に作用してしまっていた。



「銅貨5枚の煙玉だ。お安くやられちまいな」

「ちぃっ!クソッ!」



 ジュウロウが抜刀する気配を感じたのか、ユーグは視界が塞がれたままで後方に跳躍して、下段を狙う斬撃を回避した。



「こんなもんで、この俺が……!」



 キンッ、と耳障りな金属音が鳴り響くのと同時に、ユーグを覆っていた煙幕が周囲に流れ出す。視界を確保する為に一時的に障壁を解除したのだろう。






 ―――つまり。






「やっちまえ!リア!」



 仲間の、仇―――!



「ハアアァァッ!!」

「―――ッ!?しまっ………」



 僕を戦力外と看做して意識の外に置いていたユーグの油断を、細身の剣が袈裟に斬り裂いた。



「がっ……!」



 夥しい量の出血が地面を濡らす。この細腕では骨は断てなかったが、間違いなく致命傷だろう。



「……死ぬ前に答えろ。お前は何者だ。何故、聖騎士団を襲った」



 僕は剣を突きつけながらユーグに問いかける。


 しかし―――



「カッ!カハハハッ!!お前、何者だぁ?"ヴォーデンの使徒"にこんなんで勝った気になってるって事は、あのエルフ―――ユグドラシル(・・・・・・)じゃねえなあっ!?」

「なっ……!?」



 ユーグの腕が僕の首を掴んで、細い身体を持ち上げる。

 致命傷だと思っていた奴の傷跡は、信じられない事に既に塞がり始めていた。



「がっ……げぁっ……!?」

「リアッ!」



 ジュウロウの声が遠くに聞こえる。

 ユーグの腕に首を絞められて、僕は足をバタつかせながら濁った呻き声と涎を口から零した。



「まあ、お前の正体とかは本部の連中に投げるわ。一応、エルフみたいだし首をもいだ程度じゃ死なねえだろ」

「ぃぎっ―――」






 ぐちゃり、と濁った音が響く。






「あ……?」



 僕の首を引き千切ろうとしていたユーグの腕の肘から先が消し飛んでいた。



「馬鹿な……結界の中でエルフの魔術は……」

「げほっ!ごほっ!」



 違う。僕じゃない。


 しかし、自分の意志を無視して掌がユーグに向けられる。






「―――お前は、一体何なんだ?」






 ユーグのそんな言葉を無視するように、僕の手から放たれた極大の光芒が奴の肉体を蒸発させた。






「リアッ!無事かっ!」



 ジュウロウの声が聞こえる。


 しかし、彼に返事をする前に、僕の意識は激しい虚脱感によって暗闇へと沈んでいった。




次回更新は9/16の12:00頃予定です。

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