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08.強襲

 



「―――まあ、こんなところじゃねえの?」

「うーん……あまり落ち着かないが、贅沢は言えないか……」



 (リアルド)は街を出る前に、ジュウロウに連れられて装備を整えに雑貨屋を訪ねていた。


 不測の事態を考慮して、出来るだけ動きやすい服が欲しかったのだが……



「女性の冒険者というのは何故、皆こんな薄着の格好をしているのだろうか?」

「……さっきまで肌着で歩いてた奴が何言ってんだか」



 普通の女性服ならばともかく、この規模の街では女性が身軽に動ける様式の服というと、女性冒険者向けのものが数点しか無かったのだ。


 その結果、僕は随分とタイトな革素材のショートパンツと、下着の様な胸当てにジャケットを組み合わせた上着を身に着けることになっていた。



「男女で筋力の差があるからな。女は甲冑でガチガチに守るよりも、身軽さを活かす方が主流なんだよ」

「筋力……筋力かぁ……」



 ジュウロウのそんな言葉を聞きながら、僕は今の自分の肉体を虚ろな目で見つめた。


 華奢でプニプニとした柔らかそうな白い肌。庇護する対象としてならともかく、自分がそうなってしまうのは想像以上に辛かった。聖騎士団での厳しい訓練で鍛え上げた肉体を、唐突に奪われてしまった喪失感は言葉では言い表せない。正直少し泣きそうである。



「おっさん。そこの剣もくれ」

「あいよ」



 僕が人知れず落ち込んでいると、ジュウロウが店長から細身の剣を購入していた。



「今のお前だったら、これぐらいが扱いやすいだろう。流石に短剣一本じゃあな」

「ああ、ありがとうジュウロウ。……その、この金は必ず返すからな」

「ハッ、そんなこと気にしてる場合かよ」



 僕は苦笑するジュウロウから受け取った剣を軽く振ってみる。聖騎士団で支給されている剣よりも細く、刃渡りも短いが今の身体には馴染みそうだった。



「―――うん、悪くないと思う」

「おう、それじゃあ行くか"リア"」

「………」

「………おーい、お前のことだぞ?」

「………えっ?あ、ああ。わ、分かった」




 "リア"


 ひとまず、それが(リアルド)の新しい名前ということになった。


 警戒し過ぎな気もするが、何処で誰が聞いているか分からないのだ。"リアルド"という名前を極力隠すことにした僕は、しばらくは幼少時代の呼び名であった"リア"という名前で通すことにしたのだった。






 **********






 夕暮れの街道を、(リア)とジュウロウを乗せた馬が駆けていく。



「野郎との相乗りなんてゾッとしないが……まあ、今のお前ならギリギリセーフか?」

「……蹴落とすぞジュウロウ」



 僕は背後で手綱を握っているジュウロウに悪態を吐く。

 二人乗りではあったが、今の僕の身体が小柄なのもあって、馬への負担は大したことが無さそうだったのは喜ぶべきか悩ましい所である。



「―――それで、これからどうするんだ?」

「そうだね……とりあえず自由都市に着いたら、少しの間ジュウロウの所で世話になれたら助かるんだけど」

「それは別に構わないが、俺が聞きたいのはもっと先の話だ。自由都市で落ち着くことが出来たとして、お前はその先どうしたいんだ?」

「その先、か……」



 頭の上から聞こえてくるジュウロウの声に、僕は思案する。




 自分が一体何に巻き込まれたのか。


 王国で何が起こっているのか。


 あのエルフの少女は何者なのか。




「―――僕は、真実が知りたい。何故、仲間達は死ななければならなかったのか。聖騎士団で、王国で何が起こっているのか」

「分かった。なら俺も協力する」

「………はあ?」



 即答するジュウロウの言葉に、僕は間の抜けた声を上げてしまう。

 首を捻って後ろを見ると、ジュウロウは真っすぐ僕を見下ろしていた。



「俺がお前に手を貸すのが、そんなにおかしいか?」

「いや、そう言ってくれるのは嬉しいよ。………でも、そこまでジュウロウに迷惑をかけるのは……」

「今更な話だなオイ」



 ジュウロウは小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、僕の頭の上に顎を乗せてきた。



「ちょ、ジュウロウ!重い重い!」

「うるせえバーカ。お前が水臭いこと言ってるからだ。親友(ダチ)助けるのに理由なんざ要るかよ」

「でも………」



 ……ジュウロウはそう言ってくれるが、"敵"は王国の深部に食い込むほどの存在だ。


 そんな危険な相手に狙われるかもしれない状況に、今は聖騎士団ですらないジュウロウを巻き込んでいいのか?



「"危険だから"ってのが理由なら不十分だぜ?襲撃の生き残りのお前とこうして一緒に行動してる時点で、既に十分危険なんだから。今更、手を引いたって手遅れかもってぐらいにはな」

「いや、それでも、これ以上ジュウロウに危ない橋を渡らせるのは……」

「……ほーう。まだ、そんな事言うのか?」



 食い下がる僕に、ジュウロウは少し機嫌を悪くしたように冷たい口調になった。



「なら、今すぐその装備の代金を返してくれるか?それと、自由都市でも一人で住む場所やら生活資金やら調達しろよ?出来るの?コネも無い。身元も証明出来ない。オマケに耳が長い怪しげな女のお前が?」

「うぐっ!ぐうぅ……!」



 返す言葉も無い。今の僕は笑えるぐらいに無力だった。


 落ち込む僕を見て溜飲が下がったのか、ジュウロウは照れ臭そうに頭を掻きながら続けた。



「……なあ、リア。一回しか言わねえから、よく聞けよ。俺は物心がついた頃には既に孤児院に居た。親の顔も覚えちゃいない。だから、子供の頃からずっと一緒に居たお前の事は、家族だと思ってる。もしも兄弟が居たら、こんな感じなんじゃないかって」

「ジュウロウ……」

「だから、お前が困ってるなら助けたいし、力になりたいんだ。……俺はそんなに頼りないか、兄弟?」



 ……ずるい男だ。


 そこまで言わせてしまったら、拒絶するなんて出来る訳ないじゃないか。



「……すまない、ジュウロウ。不甲斐ない僕に力を貸してくれないか?」

「おう、任せとけ」



 ぐっ、と握り拳を此方に向けてきたジュウロウに、僕は苦笑しながら自分の拳をコツンと合わせた。






 ―――次の瞬間、僕達が乗っている馬の首が斬り落とされていた。



「なっ……!?」

「ジュウロウ!飛べっ!」



 僕達はバランスを崩した馬から咄嗟に飛び降りた。

 この身体は筋力に欠ける肉体ではあったが、虚弱という訳ではないようだ。僕は自分でも驚く程にしなやかな動きで受け身を取りながら地面に着地すると、すぐさま周囲を警戒した。



「よーう、お久しぶり。俺の顔覚えてますかぁ?」



 目の前に、黒い外套を纏った壮年の男―――聖騎士達を襲撃した"敵"がおどける様に立っていた。



「馬鹿な……何故生きているっ!?」

「驚いてんのはこっちですよ。何でお嬢ちゃんが人間と一緒に行動してるんで?」



 エルフの少女に両断された筈の男が、訝し気に僕を見つめる。



「……リア、こいつか?」

「ああ、僕達を襲撃した奴だ。確かに死んでいた筈なのに……」



 僕達の会話を聞いて、黒衣の男はますます不思議そうな顔を浮かべる。



「リア……?まあ、いいや。とりあえず大人しく俺に同行してもらえると助かるんですが、どうですかねえ?あっ、そっちの兄ちゃんもな。女運無いねえアンタ」



 ……男の様子から察するに、どうやら僕を"あのエルフの少女"と勘違いしているらしい。


 どうする?どう対応するのが正解だ?

 真っ当に戦って勝てる相手じゃない。それは前回の戦いで嫌という程に分かっている。



「……ジュウロウ」

「2秒。逃げるぞ」



 二秒後、眩い閃光が周囲を灼いた。

 ジュウロウが仕掛けた閃光弾だ。僕達は男の眼が潰れている隙に逃げ出そうとしたが……



「……何の真似だ?」



 男は心底、意味が分からないといった顔で僕達の先回りをしていた。



「"障壁"は張っていたが、アンタなら力押しで潰せるだろう?……まあ、対策は取っていたがね」



 男は胸元から見せつけるように奇妙な装飾の短剣を取り出した。



「とりあえず、大人しく付いてくる気が無いってのは分かったよ。それじゃあ、ちっとばかし痛い目を見てもらおうかねぇ。……えーっと、名乗らないと使えないんだっけ、コレ?やだなあ、恥ずかしいんだよアレ」



 ……周囲に息苦しい重圧感が増していくのを肌で感じる。


 男から発せられる得体の知れないプレッシャーに、僕達は迂闊に動くことも出来ず、その場で武器を構えて男の出方を(うかが)う。すると、男は取り出した短剣を天に構えて、詩を口ずさむように何かを宣誓した。



「―――主に代わり、貴き者へ愛を伝えよう。我が名はヴォーデンの使徒"恐ろしき者"ユーグ。愛しき人よ、我と共に堕ちよ!」



 男の宣誓と共に、天に(かざ)した短剣が砕け散る。



 次の瞬間、僕達の周囲の世界から"色"が抜け落ちた。




次回更新は9/15の21:00頃予定です。

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