07.戸惑う二人
「―――それで、話ってのは?」
「あ、ああ……」
僕はジュウロウを連れて、人目を避けるように街の裏路地へと移動した。
彼の拠点である自由都市まで赴く前にジュウロウと出会えたのは僥倖だったが、移動中にジュウロウに話す内容を整理するつもりだった僕は、複雑怪奇極まりない現状を彼にどう伝えたものかと、言葉を詰まらせてしまう。
そんな僕の様子を見て、ジュウロウは溜息を吐きながら頭をガシガシと掻いた。
「……あのなあ、お嬢ちゃん。悪いが俺も暇じゃないんだ。話す事が無いのなら―――」
「ぐっ……ジュ、ジュウロウ。すまないが、その"お嬢ちゃん"というのは止めてもらえないか?」
悪気は無いのだろうが、彼からそんな風に呼ばれると背筋にゾッとしたものが走ってしまう。
「そう言われてもな。そっちは俺の事を知ってるみたいだが、俺はアンタの名前も知らないんだぞ?」
……ジュウロウがもっともな事を言った。結局の所、自分の身に何が起こっているのか僕自身も把握出来ていないのだ。あれこれ考えるよりも、まずは正直に全てを彼に伝えよう。
「…………リアルド」
「……は?今なんて―――」
「リアルド。それが僕の名前だよ、ジュウロウ」
僕の告白にジュウロウは一瞬間の抜けた顔をするが、すぐに眼光を鋭くして僕を睨み付けた。
「……おい、それは俺の親友の名前だ。何のつもりか知らないが、気安く他人に名乗られるのは良い気がしねえぞ」
ジュウロウが怒気を滲ませながら、恫喝するように低い声を僕に投げかける。
……まあ、想定内の反応ではある。そして、信じてもらう方法も一応は考えてある。
「……雄牛の微睡亭」
「あ?何を言って―――」
「忘れたかい?君が初めて行った娼館の名前だよ」
「んなっ……!?」
愕然とするジュウロウに対して、僕はそのまま畳み掛ける。
「孤児院時代のへそくりの隠し場所は屋根裏の鉢植えの底。初恋の人はパン屋のラクト姉さん。好きな女性のタイプは細身で髪の長い女性」
「ま、待て待て待てっ!!」
「あとは、その、あまり言いたくはないが……孤児院時代に君が夜中に裏庭で―――もがっ」
「分かった!分かったから一旦止めろォーーー!!」
僕の口を押さえながら、静かに絶叫するというジュウロウの奇妙な技が路地裏で発揮されていた。
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「とりあえず、信じて貰えたってことでいいのかな?」
「……ああ、まあ俺の過去や性癖をそこまで探って、知らない女がリアルドになりすます理由も無いしな……」
地面に座り込んで、ぐったりとしているジュウロウが僕を見上げた。
「……しかし、聖騎士を複数相手取って圧倒する男に、重要物資として王国に運ばれていたエルフ。挙句の果てには女にされるとか……ったく、気を付けろって忠告したのに、まんまと厄介事に巻き込まれやがって」
「うぐ、それはその……すまない」
僕からこれまでの経緯を聞くと、ジュウロウも自身が知っている情報を僕に教えてくれた。
「王国がエルフの捜索に聖騎士団を利用している、か……こうして当事者になっていなければ、失笑していただろうね。………ん?いや、その話はおかしくないか、ジュウロウ?」
ジュウロウが入手した情報と、僕の身に起きた出来事に違和感を感じる。
「王国……或いは王国に潜む何者かは、エルフを探すのに聖騎士団を利用しているんだろう?なら、僕達を襲撃する理由は何だ?そんな事をしなくても、待っていれば僕達は重要物資……エルフを王国に運んでいた筈だぞ?」
「ああ、それか。真相は分からないが、とりあえず思いつくのは二つ」
ジュウロウが僕の前に指を二本立てて仮説を話す。
「一つは、お前達を襲撃した連中は王国とは関係ない第三勢力という線。……だが、この可能性は薄いと俺は思う。聖騎士団の作戦内容が王国外部に漏れるとは考えにくいし、そもそも襲撃がスムーズに進むような部隊編成を組むのは、外部の連中には無理だろう」
「成程。もう一つは?」
ジュウロウが指を一つ折ると、もう一つの仮説を話した。
「もう一つは、エルフは王国に"届かなかった事にしたい"為の偽装工作……要は自作自演だな」
「何だと……?」
訝し気な顔をする僕に、ジュウロウは説明を続けた。
「"護送していた聖騎士の部隊は壊滅。何者かによって重要物資は奪われてしまいました。"……なんて外には説明しておいて、裏で手を回して重要物資は回収。こうすれば、秘密裏にエルフを手に入れることが出来る。もしかしたら、任務に失敗した聖騎士団の権威を貶める目的も有るかもな」
「……そんな事の為に、僕達は……仲間達は犠牲になったと言うのか……ッ!」
「落ち着け、あくまで仮説だ。仮に本当だったとしても、お前が取り乱して得するのは黒幕共だ。冷静になれ」
……ジュウロウの言う通りだ。僕は怒りで煮えたぎるような心を、歯を食いしばって抑え込む。
「……ああ、すまない。少し頭が冷えたよ」
「おう、折角かわいい顔になっちまったんだから、眉間に皺寄せてたら台無しだぜ?」
「……ジュウロウ?」
「冗談だっての。そんな毒虫を見るような顔すんなよ。興奮するだろうが」
ジュウロウは軽口を交えつつ、顎を指先で押さえながら情報を整理していた。
「……とりあえず、今は王都へは戻らない方がいいな。仮にお前がリアルドだと認められても……いや、リアルドだとバレたら、襲撃を指示した連中が生き残りのお前を消そうとしてくる可能性が高い」
「ああ、僕もそう思う。……だけど、何とか団長にだけでも連絡が取れないだろうか。あの人は多分シロだ。騎士団内部の不穏な動きは掴んでおいた方がいい」
聖騎士団の長である団長は、組織のトップらしく腹芸が出来る人間ではあるが、仲間を裏切って命を奪うような人ではない。エルフ護送の指令が下された経緯も考えると、今回の一件に団長が関わっているとは思えなかった。
しかし、ジュウロウは僕の言葉に渋い顔をして、首を横に振る。
「……駄目だな。俺だって団長がグルとは思わないが、間違いなく今は"敵"が団長周辺をマークしてる筈だ。迂闊にコンタクトを取ろうとすれば逆に利用されるぞ」
ジュウロウの言葉を聞いて、僕は天を仰いでしまう。
「今は逃げの一手か……」
「ああ、とりあえずはお前が考えていた通り自由都市に行くぞ。あそこなら王国が何か動けば目立つから初動を察知しやすい。俺の拠点だから、色々と融通も利くしな」
そう言ってジュウロウは立ち上がると、彼の馬が留めてあるという宿へと向かって歩き―――ださなかった。
「……そういえば、今更なんだが何だその格好は?」
ジュウロウが耳当て帽子と、外套で首から下をすっぽり隠している僕の姿を訝しげに見つめてきた。
「ん?ああ、流石に長耳は隠さないと悪目立ちするからね。服は……」
僕は外套を留めていたベルトを解くと、薄手の肌着しか身に着けていない身体を外気に晒した。
「んなっ……!?」
「聖騎士の鎧は目立つし、今の身体だと重すぎてね。手持ちに余裕も無かったし、仕方ないから下に着ていた肌着だけで移動を―――」
「隠せ馬鹿っ!痴女かお前はっ!?」
「痴っ……!?」
ジュウロウが凄まじく失礼な事を言いながら、前が開いている僕の外套を無理やり閉じた。
「ちょ、ちょっと待ってくれジュウロウッ!見た目はこんなだが、僕はこれでも聖騎士だぞ!王国が誇る剣に向かって痴……痴女とはどういう了見だっ!」
「真昼間から街中を下着でうろつく女なんて痴女以外なんて呼べばいいんだよっ!」
「僕は男だぞっ!?」
「今のガワは女だろうがっ!」
―――口論の末、街を発つ前に僕の服を買う事になった。ジュウロウの財布で。屈辱である。
**********
「にゃあ」
リアルド達が激戦を繰り広げた荒野で、骸を晒している黒衣の男の前に一匹の黒猫が近づいた。
黒猫は首に下げていた小瓶の蓋を、前足と牙を駆使して器用に開けると、中に入った液体を男の骸にぶちまける。
「―――が、ぐぉ……」
―――確かに息絶えていた筈の男の口から濁った呻き声が漏れる。
その音を合図にするように、腰から上下に別たれた男の断面から、肉がお互いの半身を求めて蚯蚓の様に蠢くと、数分もしない内に男の上半身と下半身が結びついた。
「んがっ?………ああ、やられちまったのか俺」
男は大きく伸びをしながら立ち上がると、身体の具合を確かめる様に腕を回した。
「……ククク、殺されたのは久しぶりだな」
「みぃ」
「おう、お前もご苦労さん」
男は足元に寄ってきた黒猫の頭に優しく手を置くと、そのまま黒猫の頭部を握り潰した。
「―――で?どうなってんの"ヴィパル"?エルフの封印処理は本部で処置しないと絶対に解けないんじゃ無かったのか?」
「そう荒れるな"ユーグ"。悪いと思っているから、態々こうして蘇生処置に僕が出向いているんじゃないか」
"ユーグ"と呼ばれた黒衣の男が握り潰した筈の黒猫は、いつの間にか男から離れた岩の上で毛繕いをしていた。黒猫は若さを感じさせる男性の声で話を続けた。
「簡単に言えば"改革派"の幹部共の横槍だ。奴らは金儲けさえ出来れば、我ら"ヴォーデン"の使命など、どうでも良いと思っているからね。巻き込まれた実行部隊の君には本当にすまないと思っている」
「"すまない"じゃねえよ。"改革派"と"保守派"の喧嘩に俺を巻き込むんじゃねえ。おかげでお気に入りの上着が台無しだぜ」
エルフの少女に切り裂かれて、腹部が露わになっている上着を指差しながら黒衣の男は黒猫に苦情を言う。
「そんで、これからどうすんの?」
「彼女を―――ユグドラシル様を確保しろ。装備は用意した」
「いやいやいや。俺がぶち殺されてから、どんだけ経ったと思ってんの?お嬢ちゃんならもう"向こう側"に帰っちゃってるでしょ」
「近辺の街に放っている"目"から連絡があった。ユグドラシル様を目撃したとな。……理由は不明だが、まだ"こちら側"に留まっているようだ」
「マジかよ……何考えてんだ、あのエルフ?」
黒衣の男は怪訝な顔を浮かべるが、すぐに考えるのを止めると黒猫が何処からか取り出した"対エルフ"の装備―――奇妙な装飾が施された短剣を受け取った。
「まっ、まだ向こうに帰ってないなら好都合だ。さっさとエルフの嬢ちゃんを回収して、俺はハメた改革派の爺共をぶち殺すとするか」
「好きにすると良い。僕達"ヴォーデンの使徒"はあくまで対等な関係だ。―――但し、君が僕達"保守派"の邪魔になるようなら、その時は容赦しないよ?」
「分かった分かった。とりあえず蘇生してくれた分の義理は果たしてやるから心配すんなって」
ユーグはそう言うと、片手をひらひらと振りながら黒猫の前から立ち去った。
「―――さて、僕も戻るとするか。エッダ様と今後の方針について検討しなければ……」
ヴィパルはそう呟くと、黒猫の姿から鴉のそれに肉体を変異させて、その場を飛び去って行った。
次回更新は9/15の12:00頃予定です。