68.グラプス攻略戦⑤
「私がヴォーデンの使徒。"誘惑者"グラプスよ。はしたない格好でごめんなさいねぇ。人と直接会うのは久しぶりなのよぉ」
そう言って、目の前の襤褸を纏った痩せぎすの少女―――グラプスは僕とジュウロウに微笑みかける。
妖艶な色香を漂わせているが、その姿形はノルンとそう大差ない年齢の子供にしか見えなかった。
今まで僕達がグラプスと思い、対峙していた豊満な女性の姿とは似ても似つかぬその貧相な容姿は、貧困地帯の浮浪児の様ですら有ったが、その隠しきれない暴力的な魔力の気配に、僕とジュウロウは眼光を鋭くする。
「さてさて、どうしてバレちゃったのかしらぁ?」
過ぎる程に警戒している僕達を嘲笑するように、グラプスは微笑みを浮かべると、自分の―――グラプスの"本体"の居場所を突き止める事が出来た理由を僕達に尋ねた。
「確証が有った訳じゃないが……単純に君の水を操る力は強すぎだ。何かタネが有ると考えるのはおかしな事じゃないだろう?」
歓楽街一帯に及ぶ広範囲の水を操る力。
タネが分からなければ、まるで不死身にも思える水と同化する能力。
あまりにも強力すぎる力だ。そんなものを何の仕掛けもなく操れるなら、一組織の幹部程度に納まる器では無いだろう。
「フェンリルの襲撃情報を掴んでいたのに、歓楽街から動かずに待ち構えていたってのも、考えてみりゃあ妙な話だ。なら、動かなかったんじゃなくて、動けなかったって話の方がまだ納得がいく」
「歓楽街という領域限定での超級魔術。これは予測だが、能力を行使している間は"本体"はここから動けないんじゃないのかい?」
「ふぅん、随分と当てずっぽうだったのねぇ?」
「そうでもなければ、君に対抗する手が無かったとも言うがね」
僕達の博打紛いな作戦に、グラプスはやや不満そうな表情を幼い顔に浮かべる。
その様子は、犯罪組織の幹部にはとても見えず、僕は鈍りそうになる戦意を奮い立たせるように、剣を強く握りしめた。
「でもぉ、それだけで私がここに居るって分かったのはどうしてかしらぁ?」
「簡単さ。ここから離れるほどに僅かだが、水を使った攻撃の威力が落ちている。それと―――」
「仲間に何箇所か地形を弄くらせて、水の流れを意図的に変えた。んで、上空から様子を確認したら、娼館に近ければ近いほど、水の動きが不自然に激しい。何か有ると思うのは当然だろ?」
グラプスとの無駄話を引き伸ばしつつ、僕は気付かれないように視線を僅かに動かす。
視界の端で、ヴィーリルが狙撃ポイントに着いているのを確認すると、僕はグラプスの注意を此方へ誘導するように、剣を構えた。
「さあ、どうするグラプス。まだ僕達と戦うか?」
「ん、降参するわぁ」
「…………なに?」
予想外にあっさりとした返答に、僕は一瞬呆けてしまう。
そんな僕を無視して、目の前の痩せぎすの少女は棒きれのように細い両手を頭上に掲げた。
「なぁに、その顔?投降しろって促したのはおねえさんじゃなぁい?」
「……僕が言うのも何だが、君ならまだ盤上をひっくり返せるんじゃないのか?」
「うふふ、さぁてどうかしらぁ?……それよりも、使徒の拠点に乗り込んだのだから、もちろん持ってきているんでしょう?"使徒封じ"?」
……此方の手のうちを見透かしているようなグラプスの笑みに、不穏な気配を感じつつも、僕は懐から銀色のリングを取り出した。
フェンリルの対使徒における奥の手。スノウさん達フェンリル研究者の技術の集大成。不可視の障壁や超再生といったヴォーデンの使徒の権能を封じる首輪である。
「こんな小さい女の子に首輪だなんて、良い趣味してるわねぇ」
グラプスの軽口を無視しつつ、僕は慎重に彼女に近づく。
ジュウロウがグラプスの反撃を警戒して、刀を抜き打ちの姿勢で構えるが杞憂に終わり、僕は少女の細い首に銀輪を嵌め込んだ。
「うふふ。怖がりすぎよぉ、可愛らしいお兄さぁん?」
「チッ……聞こえるかヴィーリル、ガロガロ。ヴォーデンの使徒を確保した。撤収するぞ」
『了解。歓楽街の水も殆ど引いているわ。当初のプラン通りのルートで離脱してちょうだい』
「ヴォーデンの増援は?」
『詳細は不明だけど、ジュウロウ達が娼館に乗り込んだ辺りで撤退していったわ。一応警戒は続けるけど、追撃は考慮しなくても良さそうよ』
「了解、そっちも気を抜くなよ。……って訳だ。行くぜ、お嬢さん方」
通信を切ったジュウロウがこちらへ向き直る。
両手を縛ったグラプスを、僕がお姫様抱っこしているのを見て、ジュウロウが何とも言えない表情を浮かべた。
「……何してんだリア?」
「いや、迅速に離脱するなら、この方が良いだろう?子供の足に合わせてたら、歓楽街を抜けるのも一苦労だぞ」
「お兄さんってば嫉妬してるのよ、私がお姉さんにくっついてるから嫉妬してるのよぉ」
グラプスの発言に、ジュウロウは頭痛を堪えるように頭を抱える。
こうして、歓楽街でのヴォーデンの使徒との交戦は一先ずの終わりを迎えたのだった。
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