67.グラプス攻略戦④
「んん~~?まさかとは思うけど、こんな事で私をどうにか出来ると思っているのかしらぁ?」
魔力弾が着弾した衝撃で、顕になった地表に僕が着地すると、残った水を掻き集めてグラプスが形成された。その様子から、特にダメージを負っている気配は見当たらない。
「ジュウロウ!」
「おう!」
僕は相棒に目配せをすると、グラプスに背を向けて駆け出した。ジュウロウもそれに追従する。
「あらあらぁ、女をその気にさせてから逃げ出すなんて……そんな無粋な事をなさらないでぇ」
甘ったるい言葉と共にグラプスが腕を振るうと、十を超える水の刃が僕達の背に向かって放たれた。
「ハァッ!」
「おらぁっ!」
襲い来る水刃を僕の魔力弾とジュウロウの斬撃で迎撃しつつ、僕達は脇目も振らずにグラプスから逃げ出すのだった。
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「んん~~……ただ逃げているだけ?それとも、さっき別れた仲間と合流して挟撃を狙っている?」
グラプスは追撃を自動制御の水竜達に任せると、リア達の行動意図に思考を巡らせる。
「一番有りそうなのは、歓楽街から抜け出して増援を要請するってところかしらぁ。流石に歓楽街の外にまで"水"を広げたらフロプト宰相に怒られてしまうわぁ」
方針を決めたグラプスは、特に歓楽街の外縁部への圧力を強めつつ、リア達が外部へ脱出出来ないように攻撃の密度を高めるのだった。
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「ジュウロウ!もう一度頼む!」
「はいはい、仰せのままに!」
ジュウロウを発射台にして、再び僕は上空へと打ち出される。
飛び上がった僕を狙い撃つように飛び出した水槍を迎撃しつつ、歓楽街の様子を確認する。
「……やっぱり、あそこか」
自分の推測の確度が高まっているのを確認すると、僕は着地に向けて姿勢を整える。
―――しかし、それを阻むように、黒い人影が真っ直ぐに僕へと突っ込んできた。
「な……!?ぐっ!!」
「リアッ!?」
黒い外套に身を包んだ男が繰り出す刃を、ギリギリの所で防いだ僕だったが、突然の事態に体勢を崩してしまう。
何とか頭から落下することだけは避けようと、身を固くする僕だったが、予想していた衝撃は訪れずに、熱い何かが華奢な身体を受け止めた。
「リア!大丈夫か!?」
「……あ、ああ。すまない、助かった」
思わず閉じていた目を開くと、鼻先に焦った表情のジュウロウが映り込んだ。
どうやら、あわや地面に激突するところだった僕を、ジュウロウがカバーしてくれたようだ。
視線を横に向けると、彼のガッチリとした腕が、僕の上半身と下半身を支えるように横抱きしてくれていた。
いわゆるお姫様抱っこという奴である。
「…………」
少しばかり気恥ずかしかったが、状況が状況である。僕は彼に抱きかかえられたまま、こちらを追撃しようとする襲撃者に魔力弾を放った。
しかし、それは直撃する寸前に、見えない何かに弾かれてあらぬ方向へと飛んでいく。
「"不可視の障壁"!ヴォーデンの増援かクソッタレ!!」
悪態をつくジュウロウを無視するように、黒い外套に身を包んだ男がこちらへ突撃してくる。
―――しかし、それを遮るように一条の光線が、襲撃者の頭部へと吸い込まれる。
「……ッ!?」
断末魔の悲鳴すら残せずに男が崩れ落ちると同時に、通信用の魔導具から声が届く。
『待たせたなお二人さん。こっちの仕込みは全部済んでるぜ』
「ヴィーリル!」
魔導具から届くヴィーリルの声に安堵したのも束の間、更に数人のヴォーデンからの増援が僕達の前に姿を現す。
『こっちの雑魚は俺が引き受けるから、リアちゃんとジュウロウは本命を頼むぜ。ガロガロの姐さん!』
『目標への方角……ヨシ。リアちゃん、ジュウロウ!舌噛むから口を閉じなさい!』
「は?何を――」
「するのか」と続ける前に、僕達の足元にガロガロが魔術で創り出した岩盤が隆起する。
「うおおおお!?」
「うわあああ!?」
轟音。
凄まじい勢いで飛び出した岩盤に押し出されるように、僕とジュウロウは上空へと射出された。ジュウロウに抱きかかえられたままだった僕は、振り落とされないようにジュウロウの首へとしがみつく。
「ちょ、おま、リ、リアッ!?」
「気持ち悪いだろうが我慢してくれ!それよりも着地頼んだぞ!」
「ああーークソッ!ならもうちょいシッカリと掴まれ!支えてる余裕ねえぞ!」
「ああ、分かった!」
ジュウロウの言葉に従うように、僕は更に力強く彼の身体にしがみついた。
「………………」
「……ジュウロウ?」
「すぅーー……ああ、俺は、大丈夫。何も、問題は無い」
「そ、そうか……?」
突然、表情が"無"になったジュウロウに不安になりつつも、僕達は無事に目的地―――僕達が最初に潜入した娼館周辺へと着陸した。
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「フロプト宰相の部下かしらぁ?」
「はい。グラプス様の支援をせよと仰せつかっております」
グラプスの眼の前に数人の黒衣の男達が跪く。
「ご苦労様ぁ。フロプト宰相にはお礼を言っておいてくれるかしらぁ」
「はっ、それでは……」
「もう帰っていいわよぉ」
「…………は?」
グラプスの唐突な言葉に、黒衣の男は思わず問い返す。
「うふふ、思ったよりやる子達だったわねぇ。フロプト宰相には、もう封鎖は無用だって伝えておいてねぇ」
そう告げるや否や、グラプスの身体が液体となって崩れ落ちる。
突然の事態に困惑する黒衣の男達の足元からは、まるで初めから何事もなかったかのように"水"が引き始めていた。
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「―――うふふ、お見事」
娼館の地下深く。
支配人であるグラプス以外には、ヴォーデンの使徒達ですら存在を知らない隠し部屋に"それ"は居た。
「……君が"グラプス"だな?」
金髪の女剣士――リアは剣を向けて、目の前の"それ"に問いただす。
「そうよぉ。私がヴォーデンの使徒。"誘惑者"グラプスよ。はしたない格好でごめんなさいねぇ。人と直接会うのは久しぶりなのよぉ」
そう言って、その外見に似つかわしくない妖艶さで微笑むのは、恐らく十かそこらの痩せぎすの子供だった。




