66.グラプス攻略戦③
「―――い!おいっ!さっさと目ぇ覚ませっ!ヴィーリルッ!!」
「う……ジュウロウ……?」
ジュウロウに頬を張られる痛みに、ヴィーリルの意識が覚醒する。
霞がかったように不鮮明な頭を無理やり動かして、現在の状況を確認しようと、ヴィーリルは周囲を見やる。
「ヴィーリル!よかった、無事みたいですね!」
「起きたなら、貴方もさっさと手伝いなさい。結構やばい状況よ」
無数の魔力弾と地面から隆起する岩盤で、次々とこちらに襲いかかる水流を迎撃しているリアとガロガロの姿を確認して、ヴィーリルは大まかな状況を把握する。
「すまん、どうやら助けられちまったみたいだな」
「一応確認するが、意識を失う直前のことは覚えているか?」
「情けない話だが、気づいたら意識を奪われていた。というか、よく殺されてなかったな俺」
「ガロガロも似たような状態だったらしい。攻撃を掻い潜りながらだから、正確に確認出来た訳じゃないが、歓楽街の住人も無差別に意識を奪われているみたいだ」
「だから、こんな街が水没してるみたいな状況でもパニックになってないって訳か。この水も使徒の仕業か?」
「ああ、詳細は不明だが、"グラプス"と名乗るヴォーデンの使徒は水と同化する能力を持っているみたいだ。何処から出てくるか分からねえから警戒を怠るなよ」
「やれやれ、この間のフィークズル以上の化け物みたいだな」
復帰したヴィーリルは迎撃に参加しつつ、通信用の魔導具で各所のエージェントへと連絡を取ろうと試みるが……
「……まあ、繋がらないわな。どうする?こちらから打って出ようにも、水と同化する相手なんて、どうやって戦えばいいんだか……」
「この足元の水からも使徒が突然出てくるかもしれないんでしょう?そんなトンデモ相手の作戦なんて、正直思いつかないんだけど……」
敵のスケールに頭を抱えるヴィーリルとガロガロ。
そんな二人に対して、リアは声を落として語りかける。
「……一応、僕に考えがあります。かなりの博打になりますが……」
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「―――という感じです。正直、仮定だらけの作戦なんで、あまり選びたくはないのですが……」
僕の作戦を聞いて、ジュウロウ達は得心が行ったように頷いた。
「まあ、悪くないんじゃないのか?というか、少なくとも俺には他に策なんざ思いつかないしな」
「そもそも、この密談が使徒に漏れてないことが前提だが……そこはリアちゃんの仮定が合ってると賭けるしかねえか」
「そこまで何でもありの相手なら、どちらにせよお手上げよ。リアちゃんの作戦で行きましょう」
ジュウロウの言葉に、ヴィーリルとガロガロが追従する。
「分かりました。それじゃあ―――行きますよッ!」
言葉と共に、僕は特大の魔力弾を地面に叩きつける。
派手な水柱が打ち上がり、それに乗じてヴィーリルとガロガロがこの場から離脱する。
『あらぁ?貴方達は逃げないのかしらぁ?』
周囲に甘ったるい声が響くと共に、僕達から少し離れた場所にグラプスの姿が形作られる。離脱するヴィーリル達のことは眼中に無い様子に、僕は内心で胸をなでおろす。
「やはり狙いは僕みたいだな。答えろ、ヴォーデン。君たちはエルフを使って何をしようとしている?」
僕は作戦の時間稼ぎと、情報収集の為にグラプスへ言葉を投げかける。すると、目の前の女はクスクスと妖艶な含み笑いを浮かべた。
「さぁ?他の使徒の方々が何を考えているかは知らないけれど、私はあなたを傍において愛でたいだけよぉ?」
「ハッ、愛玩動物が欲しいなら猫でも拾っとけよ」
グラプスの言葉に、挑発的な笑みを浮かべるジュウロウ。彼女はそんな彼を見つめて、愉快そうに目を細める。
「うふふ、そこの黒髪の坊やも嫌いじゃないわぁ。エルフの娘と番にしたら、とぉっても愉しそう」
「僕の相棒への愚弄は止めてもらおうかっ!ジュウロウが僕なんかと番になる訳が無いだろうっ!」
「えっ、あー、うん。そうだね」
「あらあらぁ、そうなのぉ?……まあ、そういう相手を快楽で壊して、蕩けさせるのが愉しいのだけどぉ」
会話を打ち切ったグラプスが僕達を指差すと、足元の水から無数の槍が形成されて、僕達を貫こうとする。
「ハァッ!!」
「オラァッ!!」
僕とジュウロウはお互いの背中をカバーしつつ、剣を振り払って水槍を残らず砕く。
勢いのままに、グラプスとの距離を至近まで詰めると、僕とジュウロウはグラプスの身体を斬り裂いた。
「あははは!楽しいわ愉しいわ!もっともっと遊びましょぉ!」
「ちぃっ!やっぱ意味ねえか!」
僕とジュウロウの斬撃で三分割されたグラプスの身体は、そのまま液体となるが、すぐさま新しい身体が生成される。普通に戦っていてはこちらのジリ貧だ。
「あはぁ!」
「ぐぅっ!クソッ!」
グラプスが両の手を振るうと、薄く形成された水の刃が僕とジュウロウに襲いかかる。
水刃を剣と魔力弾で迎撃しつつ、僕はジュウロウの側に近づいた。
「ジュウロウ!頼む!」
「あいさぁっ!」
僕はジュウロウが持つ刀の峰に足を乗せる。
ジュウロウは裂帛の気合と共に、全力で刀を振り上げると、僕の華奢な身体は上空へと打ち上げられた。
「あらぁ?何を―――」
「ハアアァァッ!!」
訝しむように上空の僕を見上げるグラプスへと向けて、特大の魔力弾を放つ。
着弾と共に巨大な水柱が上がると、僅かだが僕達の周囲からは水が弾き飛ばされていた。




