65.グラプス攻略戦②
「歓楽街で大規模漏水?」
「はい。周辺住人からは何故か通報はありませんが……」
王都の衛兵詰所にて、二人の衛兵が言葉を交わす。
どうも歓楽街の方で、間欠泉と見紛うような水柱が目撃されているらしいのだが、そのような珍事にも関わらず、周辺から目立った連絡が届いていないのだ。
「歓楽街近くの詰所からは、何か連絡は来ていないのか?」
「"インフラで使われている水系魔導具の誤作動。既に事態収拾の目処は立っている為、応援は不要。"……らしいですが」
「……そんな馬鹿な。定期的な保守整備が先日に行われたばかりだぞ?」
何やらキナ臭いものを感じた男が顔をしかめる。
しかし、その不信感を払拭する為の行動を起こすことは出来なかった。
「……歓楽街は多方面の縄張りやら利権やらが絡んでいるからな。地域の折衝を担当している詰所以外の人間が迂闊に手を出すのは不味いか……仕方ない。何か有れば即応出来るように、スタンバイだけはしておけ」
「了解です」
華やかな王都の"影"でもある歓楽街という場所の特異性。
そして、"誘惑者"グラプスを支援する"知恵者"フロプト宰相による情報の隠蔽。
こうして、歓楽街は王都から孤立した巨大な"密室"として成立してしまった。
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「わぷっ!?な、何が……ッ!?」
突如、僕達と"ヴォーデンの使徒"グラプスを濁流が分け隔てる。
室内を満たす水流が、まるで意思を持つかのように蠢くと、僕に向かって矢のように撃ち放たれた。
「リアッ!こっちだ!」
「うひゃっ!?」
水流が僕の胸を貫く寸前で、ジュウロウが横から僕の腰を抱き寄せる。
……変な声が出てしまったが、今は気にしている場合ではない。
狙いが逸れた水流は、僕達の背後の壁に大穴を開けるが、勢いをそのままに弧を描く軌道で再び僕達を狙う。
「ハァッ!」
僕はジュウロウに抱きかかえられたまま、目前に迫る水流に魔力弾を放つ。無数の光弾に貫かれ、水流が霧散したのを確認すると、僕はグラプスの姿を探す。
「くっ、逃げられたか……?」
『あらぁ、そんな無粋な真似をする女に見えるかしらぁ』
「!?」
足元を満たす水の一部が蠢いて人の形を作る。
透明なそれは瞬く間に色付くと、濡羽色の艷やかな黒髪を腰まで伸ばした妙齢の美女の姿を作った。
「シィッ!!」
「あら?」
ジュウロウが有無も言わさずに刀を抜き放ち、グラプスの首を斬り飛ばす。
支えを失ったグラプスの頭部が重力に従って零れ落ちるが、その頭は床に落ちる前に液体に変わり、足元を満たす水に合流する。
『ひどいわぁ。人が話している最中にぃ』
「チッ、化け物め……!」
頭を失ったままの姿で、大げさに肩を竦めるグラプスの姿にジュウロウは舌打ちする。
ダメ元で僕も残ったグラプスの身体に魔力弾を放つが、光弾にあっさりと砕かれたグラプスの身体は、頭部と同じように液状化して足元を満たす水の一部となってしまった。
『うふふ、二人とも情熱的なのね。こんなに激しく責められるなんて何年ぶりかしらぁ』
全方位から反響するように響いてくる甘ったるい女の声に、僕とジュウロウはアイコンタクトを交わす。
「すぅ―――」
深く息を吸い込み、精神を集中させる。
体内の熱が手のひらに集まるような感覚と共に、自身の体躯を越えるような巨大な光弾を生成すると、僕はそれを壁に向かって解き放った。
『あらぁ?』
轟音と共に巨大な穴が壁に開くと、僕とジュウロウは迷わずに外へと飛び出した。
「リア、どう見る?」
「理屈は分からないが、グラプスの身体は恐らく水と同化している。ダメージを与える方法は分からないが……少なくとも、あのまま部屋に留まるのは不味い」
「同感!とりあえずは距離を取って、ヴィーリルとガロガロに合流を―――」
娼館から飛び出した僕達の眼に映ったのは、洪水に襲われたかのように水没した歓楽街だった。
「なっ……!?」
「おいおい、冗談だろ……」
絶句する僕とジュウロウの周囲に水柱が吹き上がる。
立ち上った水流は大蛇のようなシルエットを形作ると、僕達に向かって牙を剥いた。
「クソッ!逃げ場無しかよ!こんな異常事態に衛兵は何やってんだ!」
「王都に幹部が潜り込んでるんだ!情報操作ぐらい造作もないだろうさ!」
苦し紛れに悪態をつきながら、僕とジュウロウは大蛇の突撃を躱すと、その首を斬り落とす。
しかし、先程のグラプスと同じく、首を落とした大蛇は液状化すると、すぐさま新たな個体となって息を吹き返す。
「あ~~クソッ!こんなもん真面目に相手にしてられるかっ!!」
「確かに、キリがないな……!無駄に消耗する前に、ガロガロ達との合流を優先するぞ!」
比較的、消耗が少ない僕の魔力弾で水流を迎撃しつつ、ヴィーリルとガロガロ達が待機していたポイントへと後退を始める。
「……エルフ封じの結界を発動していないのは、不可視の障壁破りを警戒してか?フィークズルとの戦いの情報は完全に向こうに漏れてるみたいだな」
「この状況では正直、助かるけどね……今、僕の魔術を封じられたら押し込まれるぞ」
紙一重で拮抗状態を保っている状況に、僕は背筋に冷たいものを感じていた。




