61.潜入
要塞都市での戦いから数ヶ月の時が過ぎた。
その間、僕とジュウロウはいくつかの小規模な任務をこなしながら、鍛錬に励んだり、ノルンや自由都市の人達と忙しい日々を過ごしていた。
「―――ん、まあこんな所ね」
「ありがとうございます、スノウさん」
フェンリル自由都市支部の一室にて。
僕はスノウさんに礼を告げながら、右手首に付けられたブレスレットを撫でる。
「要塞都市での一件は良いデータになったわ。まだまだ足りない所は多いけど、その腕輪が"不可視の障壁"破りを安定させてくれる筈よ」
「理想を言えば、僕以外でも障壁破りが出来るようになると良いんですけどね」
「それねー。"一応、障壁が使える"程度の下っ端構成員じゃなくて、使徒位階に近い人間のデータじゃないと、術式に対する情報が足りな過ぎるのよ。やっぱり自由に出来る使徒の検体……おっと、捕虜が欲しいわねー」
スノウさんのマッドな発言に苦笑していると、室内に小さくノックの音が響く。
スノウさんが入室を促すと、扉の向こうから狐目の胡散臭い男―――フゥリィが姿を見せた。
「ご歓談中に失礼。リアさん、レイズ部長がお呼びなので、作戦室へ来ていただけますか?」
「ええ、了解しました。そういう訳なので、失礼しますねスノウさん」
「はーい。また今度、その腕輪の稼働データ取りに行くからよろしくね~」
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作戦室へ入ると、中にはレイズさんの他に、ジュウロウとガロガロが待機していた。
「お待たせしました」
「うむ、かけたまえ。……早速だが、君たち3人に任務を与える。まずは手元の書類を見てくれ」
レイズさんに促されて、僕達は机に置かれた書類へと視線を落とす。
「先日の要塞都市での作戦で討ち取った準・使徒位階―――フィークズルとやらの遺体から、いくつかヴォーデンの情報を抜き取ることに成功した」
「……おっと、そう怖い顔をしないでくださいよ、リアさんジュウロウさん。死体から情報を抜き取る類の魔術が禁術とされているのは無論承知していますが、ヴォーデン相手に手段を選んでいる余裕がフェンリルに無いのは、察していただけるでしょう?」
フゥリィの言葉に、ジュウロウが小さく鼻を鳴らす。
「……すまない、続けてくれ。別に不服な訳じゃない。ヴォーデンの連中に同情するつもりも無いしな」
「ああ、続けるぞ。……得られた情報の中に"ヴォーデンの使徒"の一人が居を構える場所について、握る事が出来た」
「!!」
レイズさんの言葉に、僕は思わず息を呑む。
「使徒―――ヴォーデンの最高幹部に関する所在を掴めたのは千載一遇の好機だ。無論フィークズルから情報が抜き取られた可能性は向こうも考慮しているだろうが、まだ相手方に動きは無い。今のうちに、こちらから先手を取る」
手元の作戦内容が記載された書類を捲りながら、レイズさんが続ける。
「理想を言えば、相手に抵抗させず一撃で捕らえたい所だが、交戦となる可能性が低いとは言えない。……故に、使徒に対してアドバンテージを持つリアと、奴らとの交戦経験が多いジュウロウに任務に就いてもらう。ガロガロは彼らのサポートを」
「相手が使徒ともなれば大捕物になりますからね。各地のフェンリル支部からもエージェントが派遣されるので、現地にて合流後、共同して任務に当ってください」
「「「了解」」」
作戦指令書を確認しながら、僕はヴォーデンの使徒が潜むとされる場所を見て、僅かに顔をしかめた。
「王都歓楽街の奥―――風俗街、か」
古巣である王都の日陰となる空間―――そこにもヴォーデンの手が伸びていた事実に、胸の内側が重くなるような感覚を覚えた。
……覚えたのだが、それとは別の懸念事項をレイズさんに確認する。
「……すいません。一応聞いておきますが僕は、その、変な役割は与えられませんよね?娼婦に扮して潜入とかしませんよね?…………ねえ、みんな。こっち見て?」




