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06.見知らぬ少女

 



 酒と紫煙の香りが薄暗い室内を満たす酒場で、黒髪黒瞳の剣士―――ジュウロウは見慣れた男が座るテーブルを見つけると、対面に腰かけた。



「お待ちしておりましたよ、ジュウロウさん」

「仕事終わりにいきなり呼び出しやがって。何の用だ情報屋?」



 狐の様に細いつり目を楽しそうに歪める男に、ジュウロウは警戒心を顕にする。冒険者稼業を続ける中で、何かと世話になっている情報屋ではあるが、今一つ何を考えているのか腹の底が見えないこの男に、ジュウロウは苦手意識を抱いていた。



「いえ、以前にお話しした聖騎士団周りでまた面白い噂を聞きまして。ジュウロウさんも興味あるかな~、と」

「……いくらだ?」



 情報の購入を即決したジュウロウに対して、狐目の情報屋は愉快そうに肩を震わせた。



「いえいえ、あまり裏が取れていない話なので今回はサービスで良いですよ。料金は後日、詳細を掴んだ時にでも頂戴しましょうか」

「随分と気前が良いな。何が狙いだ?」

「そこは素直に感謝してくれても良いのでは?……まあ、少し"味見"させた方が、ジュウロウさんは高く買ってくれると思ったので」



 食えない男だ。

 ジュウロウは給仕に軽食と茶を注文すると、情報屋に話の続きを促した。



「……そういえば、何故この街に俺を呼んだ。お前の拠点(ホーム)も俺と同じで自由都市だろう?」

「この街には、これから話す情報の裏取りに来てたんですよ。ジュウロウさんも偶々近くで仕事をしていると聞いていたので丁度いいかな、と」

「……何で俺のスケジュールを把握してるんだよ」



 ジロリと睨むジュウロウの視線を、微笑み一つで流すと情報屋は話を続けた。



「エルフ、という種族を御存知ですか?」

「……エルフって、あの(・・)エルフか?」

「はい、あの(・・)エルフです」



 情報屋が自分の耳を上に引っ張って、エルフの尖った長耳を表現した。



「そりゃあ名前ぐらいは知っている。ガキの頃に御伽噺でよく聞いた」

「実在すると思います?」

「……さあな。大陸は広い。人間が知らない種族が居ても不思議じゃあないだろう」



 言葉とは裏腹に、ジュウロウの投げやりな態度は完全にかの種族の実在を否定していた。



「―――王国では今、そのエルフを真剣に探しているそうですよ?」

「………………はあ?」



 突然、そんな意味不明なことを言い出した情報屋に、ジュウロウは間の抜けた声を零す。

 ふざけているのかと一瞬勘繰ったが、目の前の男は情報屋としての腕は確かだ。彼なりに何か掴んだものが有るからジュウロウにこんな話をしているのだろう。


 頭ごなしに否定してこないジュウロウに、情報屋は好意的な笑みを浮かべると話を続けた。



「そのエルフ探しが国家全体の意志なのか、一部の者達の企てなのかは分かりませんがね」

「……目的は?」

「そこまでは残念ながら。ただ……エルフを探す手足の一つとして、聖騎士団が利用されているという話です」



 情報屋の言葉を聞いて、ジュウロウは顔をしかめる。自分が聖騎士団を離れている間に随分と胡散臭い状況になったものだ。



(リアルドの奴……厄介事に巻き込まれてなければいいんだが……)



 先日、警戒を促した幼馴染の姿が脳裏を過る。



「―――とまあ、今お話し出来るのはこの辺りですかね」

「ああ、興味深い話だった。他に何か掴んだら教えてくれ。金は出す」

「はい。それでは私はこれで」



 情報屋が酒場を立ち去ると、ジュウロウは椅子にもたれ掛かって薄汚れた天井を見上げた。



「……エルフ、か」



 万魔の住人。魔を統べる者。麗しき魔人。


 エルフに対する物騒な二つ名は枚挙に暇がない。そんな存在を求めて、聖騎士団で……いや、王国で一体何が起こっているんだ?


 考えてはみたが、現状では不確定要素が多すぎて明確な答えは出そうになかった。






「その、すまない。ちょっといいだろうか?」

「……あ?」






 思索に耽っていたジュウロウの意識が、清らかな鈴の音に―――否、鈴の音のような麗しい声で呼び戻される。


 天井に向けていた視線を前に戻すと、ジュウロウの前に15、6歳程度の少女が立っていた。

 屋内にも関わらず、耳当ての付いた帽子を深く被り、外套で首から下を隠している奇異な姿も目を惹くが、それ以上に異様なのは少女の美貌だった。聖騎士時代と冒険者稼業の中で大陸中を渡り歩いてきたが、目の前の少女ほどに美しい女性がどれ程居ただろうか。



「―――」

「……あの、聞こえているかい?」

「あ……お、おう。悪い、少し考え事をしててな」



(いくら美人とはいえ、女に見惚れるなんてガキじゃあるまいし………)


 ジュウロウは自分の醜態を恥じる様に、僅かに頭を振って気を引き締めると、何気ない風を装って少女に向き直った。



「それで?俺に何か用かい嬢ちゃん?」

「じょ、嬢ちゃん……」



 ジュウロウの言葉に、少女は何やら落ち込んだ顔を見せる。知り合いかとも思ったが、流石にこんな女神の様な女性の顔を忘れるとは思えない。間違いなく少女とは初対面だとジュウロウは考えた。しかし、それならば猶更少女が自分に話しかけてきた理由が分からない。



「いや、今の姿じゃあ仕方ないか……その、突然で悪いが、僕の話を聞いてもらえないかジュウロウ?」

「あ?何で俺の名前を―――」



 ジュウロウが疑問を言いかけた所で言葉が止まる。


 少女の美貌に当てられたのか、酔った男が下卑た笑みを浮かべながら彼女の肩に手を回そうとしたのが見えたからだ。


 知らない相手とはいえ、見るからにか弱い少女を見捨てるほどドライではないつもりだ。ジュウロウは酔っ払いから少女を庇おうと席を立とうとしたのだが―――



「けひひ、お嬢ちゃん。ナンパならそんな優男よりも俺が……オゴォッ!?」

「―――あっ」



 少女が「しまった」と言った感じの間の抜けた声を上げる。


 男の手が少女の肩に触れた次の瞬間、凄まじい勢いで男が地面に叩きつけられた。膂力に頼らない呼吸と身体の流れを最大限に活かした投げ技は実に見事であったが、その動きにジュウロウは何処か既視感を感じていた。



「……リアルドの動きに似ている?」



 ジュウロウが幼馴染の名前をボソリと呟くと、それに反応するように少女がビクリと肩を震わせた。




「……あー、その、ジュウロウ。君と話がしたいんだが……場所を変えても構わないだろうか?」




 突然の大立ち回りに一層周囲の視線を集めてしまった少女が、気まずそうに頬を掻きながらそんな事を言った。





次回更新は9/14の21:00頃予定です。

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