59.祭りの夜に
「んぅ……むにゃ……」
「ノルン~?……駄目だね。完全に体力を使い切ったみたいだ」
夜も更けたが、未だに祭りの喧騒で賑わう自由都市。
しかし、そんな熱気を意に介さず、黒髪の少女―――ノルンはあどけない寝顔を浮かべて、ベンチに身体を預けていた。
ジュウロウはノルンの柔らかな頬を指でつつくと、優しげな微笑みを浮かべた。
「まあ、あんだけはしゃいでればな。久しぶりにお前と遊べて嬉しかったんだろ」
「それを言うならジュウロウもね。……それじゃ、僕たちも帰るとしようか?」
僕はノルンの小さな身体を胸に抱えると、祭りの中心から離れるように歩き出した。
「代わるぞ?こっちにノルンよこしな」
「ノルンは軽いから大丈夫だよ。それに、今日はこの子を甘やかすって決めてたからね。親代わりなら、これぐらいはしないとね」
「さいですか」
僕の言葉に、ジュウロウは苦笑すると大げさに肩を竦めた。
「……しかし、お前と祭りに来るなんて、いつ以来だ?」
「聖騎士団に入る前―――下っ端兵士だった頃に、王都の祭りの警備なんかはしてたけどねぇ。純粋に楽しむ側になるのは、それこそ子供の頃以来じゃないかい?」
「ああ、そうだっけ。祭りには参加出来なかったが、警備が終わった後には打ち上げに―――」
ジュウロウと他愛のない思い出話を交えながら、いつもの景観とは異なる自由都市の町並みをゆっくりと歩く。
胸に抱く少女の重みと、隣を歩くジュウロウの横顔を眺めながら、僕はぼんやりと満たされた心地になる。
願わくば、こんな穏やかな日々が永遠に続くように……
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「……ん?ありゃあ、ジュウロウとリアちゃん、か?」
ふと、視線の先。
祭りの人混みから離れるように歩いていく、知人によく似た後ろ姿を見かけた冒険者の男―――ジッパは串焼きを片手にそんな事を呟いた。
「おいおい、二人してユカタなんて着込んでまあ。ノイマンが見たら脳が破壊されちまうぜ」
そんなことを呟きながら、ジッパは祭りでハメを外した冒険者仲間達との酒宴から席を外すと、ジュウロウ達に声を掛けようと歩み寄る。
「おーい、ジュウロ……」
「ちょっ、や、やめ……!ジュ、ジュウロウ!ユ、ユカタが脱げる……!」
「馬鹿、騒ぐなって……ほら、向こう行くぞ」
聞こえてきた声に、ジッパは瞬時に二人から身を隠した。
(……は?う、嘘だろ……あ、あいつら……外で一体何を……?)
あまりにも予想外の状況に、ジッパは格上のモンスターと対峙した時のように冷や汗を浮かべた。
一体、あの二人は天下の往来でナニをしようとしているのか。
ジッパのそんな疑念から逃げるように、リアとジュウロウの二人は、そそくさと人が少ない通りへと歩いていく。
「むにゃ、ママぁ……おっぱい……」
「ジュ、ジュウロウ。助けてくれ。ノルンが僕の、その……む、胸に吸い付こうとしてくるんだ」
「……え、お前って乳出るのか?」
「出る訳ないだろうっ!?」
リアとジュウロウが何やら小声で言い争っているが、その内容まではジッパの耳では聞き取る事は出来なかった。
(……って、何やってんだよ俺は。こんな盗み聞きみたいな真似してないで、さっさと立ち去るのが大人のマナーってもんだろ……)
ジッパはそんな結論を脳内で下すと、その場を離れようとした。知り合いの情事を覗き見しようとする程、悪趣味ではないつもりだ。
「……あれ、ジッパさん?どうしたんですか。こんな所で?」
「うげっ!ノ、ノイマン……!?」
その場を立ち去ろうとしたジッパの前を、彼が可愛がっている後輩の冒険者にして、現在背後で乳繰り合っていると思われる女性に思いを寄せる青年―――ノイマンが通りがかった。
「……その反応はいくら何でも酷くないですか?」
「あ、ああ。いや、すまない。ちっとばかし色々あってな……」
「はあ……揉め事とかですか?そっちの方で何か喧嘩でも……」
「無い!そっちもあっちもナニも無いっ!無いから向こう行くぞっ!」
ジッパの後方―――リアとジュウロウがナニかしらをしている光景を覗き込もうとするノイマンを、ジッパは必死の形相で食い止める。
目の前の冒険者らしからぬ純朴な青年に、世界の残酷な現実を突きつけられる程、ジッパは冷酷にはなれなかったのだ。
そんなジッパの鬼気迫る様子に、ノイマンは困惑しながらも同意を示す。
「は、はあ……そうなんですか?」
「そうそう!ほら、早く行こうぜ!先輩が向こうで、飯でも酒でも奢ってやるからさ!」
ノイマンを引き連れて、強引にその場を離れようとするジッパ。
そんな彼の耳にだけ、背後から微かにジュウロウとリアの会話が届いた。
「いやー、何か昔を思い出すな。ほら、あっただろ?先輩の付き合いで、二人して娼館に連れて行かれた時に、拒否るお前が娼婦に無理やり服を脱がされそうになってさ―――」
「どういう状況だよっ!?」
「ど、どうしたんですかジッパさんっ!?」
幸いにも、ジッパの叫びはジュウロウ達に届くことはなかったそうな。




