58.独立記念祭
「パパ!ママ!早く早くっ!」
独立記念日を祝う祭りで賑わう自由都市。
騒々しい程に活気に溢れた人混みの中を、黒髪の少女―――ノルンが瞳を輝かせて歩く。
「ま、待ってくれノルン……これ、動きにくいんだよ……」
ノルンは後ろを歩く僕とジュウロウを急かすように、こちらへ大きく手を振る。
着慣れない服装と人混みに四苦八苦している僕に、ジュウロウが呆れたような視線を向ける。
「それなら着なけりゃ良かったのによ」
「純粋な厚意でプレゼントされたのに、もしも普段着でうろついているのを見られたら、ストラ先輩が死ぬほど凹むだろう……」
「お前は色々と気を回しすぎなんだよ……っと、危ねえぞ」
背後からの通行人とぶつかりそうだった僕を、ジュウロウは肩に腕を回して、ぐいっと自らの方へと僕を引き寄せる。
「ん、すまないジュウロウ」
「おう」
すっぽりと彼の腕の中に収まった僕は、ジュウロウへと視線を向ける。
今日の彼の服装はいつもの旅装束ではなく、僕のユカタの色合いを地味にしたようなソレを着こなしていた。ちなみに通りを歩く人々も、大半は独立記念祭の伝統衣装らしいユカタを着ている。
「……んだよ」
「いや、似合っているなと思って」
どうも服に着られているような感じになっている僕と違い、彼のユカタ姿は妙に絵になっていた。自由都市の創設者であり、ユカタを大陸に持ち込んだという人間は、ジュウロウと同じ黒髪黒瞳の人種だったらしいが、それが一因なのだろうか。
思わず見つめてしまっていた僕に、ジュウロウは居心地が悪そうに頬を掻く。
「そうかよ。……あー、お前も似合って―――」
「もうっ!パパ!ママ!いちゃいちゃしてないで早く行こうよっ!」
催促に応じない僕とジュウロウの間に、頬を膨らませたノルンがぐいっと小さな身体を割り込ませた。
「んが……!だ、誰がいちゃついて―――」
「はいはい、ごめんねノルン。何処から回ろうか?」
「ママ、私お菓子食べたいっ」
「それじゃあ、三番通りの辺りかな。ほら行くぞ、ジュウロウ?」
急かすようにこちらの手を引っ張るノルンに、僕は苦笑を浮かべる。
「パパっ、早く早く!」
「あ~、分かった分かった。ほら、手ぇ繋げノルン。独立記念祭はマジで人だらけだからな。油断すると一瞬ではぐれるぞ」
ノルンの両脇を挟むようにして、僕とジュウロウは彼女の小さな手を握る。ここ最近は任務で寂しい思いをさせていた負い目もある。今日は思いっきり彼女を甘やかすつもりだ。
「今日は沢山遊ぼうねノルン。お菓子を食べたら、次は何がしたい?」
「えっとね、玉当てとくじ引きと……お芝居も見たいっ!」
「はいよ。それじゃあ、サクサクと回んねえとな」
歓声を上げるノルンに、僕とジュウロウは微笑ましい気持ちになりながら、いつも以上に活気にあふれる通りを歩き出した。
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「いや、完全に若夫婦じゃん」
「ですよねぇ」
リアとノルンの二人が玉当てに興じているのを、ベンチに座って眺めていたジュウロウの背後に、にゅっとフゥリィとヴィーリルが湧いた。
「……わざわざ寝言を言いに来たのなら、フェンリルの暇っぷりも深刻だな」
「おや、心外ですね。これでも一応は仕事中なんですよ?」
「そうそう、お前達の―――というか、リアちゃんとノルンちゃんの身辺警護って奴だな」
串焼きを片手にヴィーリルがジュウロウの隣に腰掛ける。
「見ての通り、この人混みだからな。もちろんフェンリルも祭りに合わせて、自由都市にやってきた人間に怪しい奴が紛れ込んでないかチェックはしているが……念の為って奴だ」
「俺もリアも聞いてねえぞ」
「やれやれ、あなたがレイズ部長に啖呵を切ったんじゃないですか?リアさんに普通の人間と変わりない生活が出来るように配慮しろ、と」
「む……」
「黙ってたのは、まあ悪かったが……リアちゃんに余計な気遣いをさせない為の配慮って訳だ。大目に見てくれ」
そう言われては、ジュウロウとしても返す言葉が無い。
気遣われている気恥ずかしさを誤魔化すように、フゥリィから差し出されたグラスを一息に呷る。
祭りに相応しい薄い粗悪なエールだったが、悪い気はしなかった。
「……しかし、マジで良いケツしてるな。ユカタってのも脱がしやすそうでソソると思うんだが、お前はどう思うジュウロウ?」
「リアのこと言ってるなら、その串焼きの串で節操のない股間を突いてやるが」
「ノルンちゃんのことを言っていたとしたら、尚のこと不味いのでは?」
そんなアホな会話をしている男三人の下へ、玉当ての景品を抱えたリアとノルンが戻ってきた。
「あれ、ヴィーリルにフゥリィじゃないか」
「よっ、リアちゃん。ユカタよく似合ってるぜ」
「ハハ、まあ褒め言葉として受け取っておくよ。……何かヴォーデンに動きでも?」
後半の言葉はノルンに聞こえないように、声量を落とすリアに、フゥリィは笑って首を横に振る。
「いえいえ、そういうのでは無いのでご心配なく」
「そうそう、たまたま仲睦まじい新婚さんを見かけたから、冷やかしに来ただけさ」
「ヴィーリル、そういう反応に困るジョークは止めてくれないか……」
会話もそこそこに、フゥリィとヴィーリルがその場を後にするのを見送ると、リアはジュウロウに苦笑を向けた。
「気を遣わせてしまったな」
「……やっぱり分かるか?」
「そりゃあね。ノルンの手前、あまりそういう空気は出したくないから隠しているつもりだが、自分の立場ぐらいは分かっているつもりさ」
ほんの少しだけ、寂しそうに笑うリアの姿に、ジュウロウは胸を締め付けられるような心地になってしまう。
「"早くこいつが普通の生活を出来るようにしなければ"……とか思ってないだろうな?」
「あ?いや、あ~……」
「僕がまるで君の庇護対象みたいな考えは、はっきり言ってムカつくな。……僕たちは"相棒"だろ?兄弟」
ニィッと笑うリアに、ジュウロウは降参するように両手を上げた。
「分かってるっての。今のは祭りの空気にアテられて、ちょっとばかり気が緩んだだけだ」
「それならいいさ。……さて、次は中央広場で芝居だな。二人で内緒話ばかりしてると、うちの小さいお姫様がまたへそを曲げてしまうぞ」
「そりゃ恐ろしいな。さっさと行くとするか」
苦笑を浮かべるジュウロウを先導するように、リアとノルンは彼の両手を引っ張るのだった。
「やっぱり夫婦だよな?」
「夫婦ですよね」
背後でフゥリィとヴィーリルのそんな声が聞こえた気がしたが、ジュウロウは完全に無視した。




