57.人の話はちゃんと聞こう
―――王都中心部。
大陸の覇者である王国。その象徴たる王城の一室で、壮年の男は報告を受けながら頷いていた。
「―――そうか。草原の異民族達の王国侵攻は防げたか」
「はい。奴らの工作員と思われる勢力の襲撃で、要塞都市にも多少の損害はありましたが、国境の守護には問題無いそうです」
「ふむ……今回の襲撃、どうも腑に落ちない点が多い。草原の異民族達の動きもそうだが、その襲撃犯達の裏を探れ。何か分かれば、すぐに私に報せろ」
「畏まりました。それでは、失礼します。フロプト宰相」
報告者が退室したのを確認すると、壮年の男―――王の右腕であり、王国の頭脳でもあるフロプト宰相は、小さく溜息を吐いた。
「……さて、草原の異民族どもを唆したジョーエン卿とタバタラ卿は、これで退場だな」
元々、現体制に不満を持っていた連中だ。
こちらから煽ったとはいえ、随分と容易く誘導に乗ってくれたものだ。内通の証拠も十分に揃っている。奴らを政治の舞台から排除するのに、二晩とかからないだろう。
仮にも爵位を持つ人間の知能がこの程度とは。王国の人材不足も深刻である。
フロプト宰相は頭痛を堪えるように、皺の刻まれた眉間を押さえた。
「……フィークズルめ、しくじりおって。草原の異民族どもを内地に誘い込めていれば、もっと効率的に掃除が出来たものを」
要塞都市が破られていれば、もう2・3人は邪魔な諸侯を排除出来ていたであろうに。そんな"もしも"の話が思考を邪魔するのを振り払うように、フロプト宰相は執務机に置かれたカップを口元で傾けた。
王国が大陸の覇権を握ってから数百年。
大陸にはこれといった大きな戦乱も無く、極めて安定している状況が続いていると言って良いだろう。
ならば、この平和を維持するのは覇者である王国の義務である。フロプトはそう考えていた。
その為に、王国への侵攻の機運が高まっていた大陸北部に工作員を送り込み、内乱で疲弊させもした。
今回の要塞都市侵攻もそうだ。国内の不穏分子であった諸侯を、裏から煽り草原の異民族どもへの内通を促させた。
当初の目論見通り、草原の異民族どもが内地へと侵攻していれば、要塞都市周辺に構えていた無能或いは王国に対して反抗的な何人かの諸侯を処理出来ていただろう。
草原の異民族どもは、粗方の掃除を終えたところで処理すればいい。草原の異民族の騎兵と数を頼った戦略は、あくまで奴らの本拠である草原だからこそ脅威なのだ。
魔術と射撃兵器が発達した今の王国にとっては時代遅れの遺物に過ぎない。正面からぶつかったとしても、問題無く王国側の勝利で終わる戦いとなっていたであろう。
―――もっとも、その間に民草へ少しばかりの被害は出るかもしれないが、やむを得ない犠牲だろう。
「全ては大陸の―――王国の平和と繁栄の為に」
熱烈な愛国者にして、ヴォーデンの使徒"知恵者"フロプトは目を閉じると、再び謀略に思考を巡らせる。
草原の異民族も、ヴォーデンも、国王すらも欺き、利用し尽くそう。
全ては王国に永遠の繁栄を齎す為に。
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「お祭りよ」
「お祭りですか」
久しぶりのギルド職員としての業務中に、僕はストラ先輩からそんな言葉をかけられていた。
「明日は独立記念日ってことで、自由都市では毎年お祭りをやってるのよ。王国やラーヴァなんかからも見物人が来るぐらいの大イベントなのよ?」
「なるほど。それで通りの様子がいつもと違っていたんですね」
「そういうこと。ギルドも明日だけは閉めるから、リアちゃんもジュウロウくんと楽しんできたら?」
ぐふふ、と女性としてはどうかと思う笑みを浮かべるストラ先輩に、僕は曖昧な笑みを浮かべて返す。
(祭り、か……ノルンを連れていけば喜んでくれるだろうか?ここ最近は僕もジュウロウも任務で、ノルンには寂しい思いをさせてしまっていただろうからな)
そんなことを考えながら、上の空になりつつ仕事をこなしていると、ストラ先輩が何やら話しかけてくる。
「そうだっ!リアちゃん、自由都市のお祭りで着る伝統衣装が有るんだけど知ってる?"ユカタ"って言うんだけど」
「ええ、はい」
「そうそう、そのユカタなんだけど、実は実家から送られてきたけど、タンスの肥やしになってるのが有って。リアちゃんさえ良かったら着てみない?絶対似合うからっ」
「はい、そうですね」
「ほんと?それじゃ、仕事上がりにウチで一回合わせてみよ?私とリアちゃんは体型近いから、多分問題無いと思うけど、念の為ね」
「はい、わかり……えっ?」
ようやく現実に帰ってきた僕はその後、訳も分からずストラ先輩の自宅へ連行されて、服を剥かれるのだった。
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「うん、やっぱりよく似合ってる!さっすがリアちゃん!」
「はぁ、どうも……」
ストラ先輩の自宅で"ユカタ"と呼ばれる奇妙な服を着せられながら、僕はぐったりとソファに座り込む。なんだか酷く気疲れしてしまった……
「どう、一人でも着れそう?これは本格的な奴と違って、簡単に着れるように大分弄られてるタイプのユカタなんだけど」
「はあ、それはまあ大丈夫なんですが……」
……流れでここまで来てしまった僕が悪いのだが、こんな姿はとてもジュウロウに見せられない。ストラ先輩には悪いが、やはりここは断って……
「……ふふ、リアちゃんにはいつも色々助けてもらってるからね~。少しでも、いつものお返しが出来たなら、私も嬉しいな」
……駄目だ。とても拒否出来る空気じゃない。
優し気に微笑むストラ先輩を前にして、全てを諦めた僕はユカタを受け取り、死んだ目で自宅へと帰るのだった。




