56.戦いを終えて
「―――なるほど。強いな、想像以上だよ"聖剣"」
要塞都市外縁部。
荒涼とした大地と、鋼鉄の巨人達の残骸を背景に、バルヴェルとエルセルクの二人によって、神話の再現と見紛うような戦いが繰り広げられていた。
「むぅ、硬いな。もう何回も当てているのに、叩き斬れないなんて。少し自信を無くしてしまいそうだ」
拗ねたように呟くエルセルクが、バルヴェルに向けて剣を振るう。
大地を砕き、雲を断つ斬撃がバルヴェルに直撃したが、それでも彼の"不可視の障壁"は断ち切れない。恐るべきは現代の技術を超越したヴォーデンの秘術というべきか。
「ご、ぶ……ッ!」
―――しかし、斬撃が届かないことと、無傷であるということは決して等号では結ばれない。
それを示すように、バルヴェルの口から苦悶の呻き声と、血液が零れ落ちる。
"不可視の障壁"を以てしても、殺しきれない物理的衝撃。大砲の直撃すら容易く無効化する絶対防壁を上回る"聖剣"の斬撃に、ヴォーデンの二大頂点の一角であるバルヴェルは確実に追い詰められていた。
「……いや、本当に惜しい。これほどの力……君が純粋な人族であれば、どれほど良かったか」
バルヴェルは笑みを浮かべながら、彼我の戦力差を分析する。
自分を"一"とするならば、"聖剣"の力は如何程か?
十では到底足りない。
百でも楽観が過ぎる。
千―――いや、どれ程甘く見積もっても万は下らないだろう。それほどに"聖剣"の力は常軌を逸していた。
「―――だが、その程度ならば、十分に勝ちは拾えるな」
「……む」
バルヴェルから漂う空気が変わる。
異変を察したエルセルクが、剣を構えつつ彼から距離を取った。
「……まあ、そこまでする理由は無いがね」
「む?」
不意にバルヴェルが纏っていた不穏な気配が霧散する。彼はスーツに付いた砂埃を両手で払うと、小さく伸びをしてからエルセルクに微笑を向けた。
「フィークズル君もやられてしまったようだし、今日はここで失礼させてもらうよ。君の上にもよろしく伝えておいてくれ」
「……よく分からんが、お前を逃がすのは何か良くない気がする。ボコボコにしてから、だんちょーに持って帰る」
「ハハ、情熱的なお誘いだが、遠慮させてもらうよ。それでは」
「逃がさ―――ッ!?」
轟音。
次の瞬間、エルセルクの周囲で倒れ伏していた巨人兵の残骸が眩く光ったかと思えば、彼女を巻き込んで巨大な爆炎が周囲を包み込んだ。証拠隠滅の自爆装置が発動したのだ。
「……けほ。むぅ、逃げられた」
周囲に漂う黒煙を剣の一振りで掻き消すと、爆炎の中心部から煤で僅かに汚れた白銀の騎士が姿を見せる。彼女は周囲を見渡すが、既にバルヴェルの姿は掻き消えていた。
彼女は小さく溜息を吐くと、グレートヘルムの内部に籠った煙を逃がすように、兜を脱いだ。
「……仕方ない、ジューロー達と合流するか。どうやら、もう決着は付いているようだが」
エルセルクは要塞の方角へ顔を向けると、何かを探るように耳をピクピクと動かした。
その耳の先は、ツンと天を突く尖った形をしていた。
**********
「ば、かな……俺が、こんな辺境で……」
ジュウロウが斬り飛ばしたフィークズルの首が、僅かに最期の言葉を零す。
しかし、それも長くは続かずに彼の瞳から光が消えた。
フィークズルの命脈が完全に尽きたことを確認して、ジュウロウが深く安堵の溜息を吐いた。
「……とんでもねえな。首だけになっても即死しなかったぞ」
「生け捕りにするのが理想だったけど、流石にここまでしぶとい相手なら、諦めるしかないね……」
戦闘中に、フィークズルに対する援護が無かったことから、恐らくフィークズル麾下の部隊も全て殲滅出来たのだろう。安堵に僅かに気を緩めた僕達に、ヴィーリルが声を掛ける。
「外の巨人……たしか、ムスペルとか奴らが呼んでたか?アレも"聖剣"サマが撃退してくれたみたいだな」
「草原の異民族は?」
「仕掛けては来ていたみたいだが、ヴォーデンからの決定的な内応が無かったからな。このままでは陥せないと判断したのか、さっさと退いたみたいだ」
「ひとまず一件落着、って所か」
状況確認をしていた僕達の下へ、要塞の警備隊らしき人間が近づいてきた。
「……援護に感謝する。君達は今回の事態を察知した"上"から派遣された特殊部隊だと聞かされている。……詳しい詮索は控えろともな」
なるほど。フェンリルからの根回しか。
事情を説明出来ない罪悪感を隠しつつ、僕は警備隊の彼に当たり障りのない返事を返した。
「こちらこそ、先ほどの援護で命拾いしました。感謝します」
「気にしないでくれ。そちらにどんな事情が有ろうと、我々は戦友だ。……仲間の仇を討ってくれたこと、本当に感謝している。それだけは伝えたかったんだ。……では、我々は事後処理に向かわなければいけない。失礼させてもらう」
最後に固く握手を交わすと、彼は未だ騒然としている要塞内へと去っていった。
その背中を見送ると、ジュウロウが僕へと視線を向けた。
「……で、これからどうする?」
「すぐに撤収するべきだろうね。あまり長居していると、要塞の兵士達に要らぬ不信感を与えかねない」
「だな。エル姉にフェンリルやお前の事情を説明するのも、色々と不味い予感しかしねえし、捕まる前にさっさとトンズラするか」
方針を決めた僕達だったが、要塞都市を脱出する前に目の前の遺体―――フィークズルへと視線を向けた。
「……どうする。回収していくか?恐らくは幹部に近い人間だ。調べれば、何か分かることも……」
「現実的じゃねえな。それに、流石に襲撃犯の遺体が消えたなんて事になれば、要塞都市の人間も面子が立たねえだろ」
「……だが、ユーグの前例も有る。遺体を確保出来ないなら、気は進まないが、この場で再生不可能な状態まで遺体の破壊を……」
僕とジュウロウの物騒な会話に、ヴィーリルが割り込む。
「心配すんな。"ヴォーデンの使徒"に近い位階の人間が要塞都市に来ることは、フェンリルも想定済みだ。そこら辺は後詰の人間が上手くやるさ。奴らの襲撃を防いだ時点で、俺達はお役御免ってね」
「そういう訳だ。早い所撤収するぞ、リア」
「……ああ、分かった」
後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、僕達は当初の予定通りに要塞都市を脱出すると、自由都市への帰路につくのだった。




