55.要塞都市攻防戦⑤
「カアアアァァァァッッ!!」
要塞内にフィークズルの"不可視の斬撃"による破壊の嵐が吹き荒れる。風の流れや塵の動きから、ギリギリの所で斬撃を弾きながら僕は悪態を吐いた。
「クソッ!やはり手強い……!」
「徹底的に俺達を近づけない気だな。目くらましを使おうにも場所も悪い」
戦いの最中、いつの間にか戦場は一本道の通路にその舞台を移していた。偶然というよりは、フィークズルに誘導されたという方が正しいだろう。"不可視の障壁"に最も有効な手段である意識の外からの不意打ちも、この場面では難しい。
「……どうするジュウロウ?外のエルセルクさんが来るまで、時間稼ぎに専念するか?」
「冗談だろ。女を当てにして亀みたいに縮こまるなんて、ダサ過ぎるっての」
「同感だ―――やるぞ、ヴィーリル!」
僕は胸元のアミュレットを通じて、今も後方からフィークズルに狙撃をしているヴィーリルに呼びかける。
『おうよ!この手が使えるのは一回だけだぞ。決めてくれよ!』
ヴィーリルからの返事に、僕とジュウロウはアイコンタクトを交わすと、フィークズルへ突撃を仕掛けた。
「馬鹿め!玉砕覚悟の突撃か!」
「とことんこっちを甘く見てくれてるようで何よりだよ―――ジュウロウッ!」
「分かってる!」
僕とジュウロウは強引に動きのベクトルを側方に転ずると同時、後方から数発の光線が伸びる。
「来ると分かっている狙撃なんぞ……ッ!?」
"不可視の斬撃"で狙撃を弾き落そうと構えるフィークズルだったが、光線は彼を狙わずに、その周囲の壁や天井を砕いた。
瓦礫と煙でフィークズルの視界が僅かに遮られるが、フィークズルはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん、懲りずに目くらましか。俺が何故、ここを戦場に選んだと思っている!」
今、リア達が戦っている場所は、決して広くはない一本道の通路だ。
たとえ視界が塞がれようと、前方の全てを"不可視の斬撃"でカバーすることは、フィークズルにとって決して難しくはない。
それを証明するように、フィークズルの斬撃が前方の通路を塞ぐように、格子状に降り注ぐ―――
「―――いや、そっちか!」
次期"ヴォーデンの使徒"として、いくつもの戦場を潜り抜けたフィークズルの直感が、前方への攻撃の密度を下げさせて、背後に"不可視の障壁"を張り巡らせた。
次の瞬間、彼の背中を貫こうとしてた光線が弾き飛ばされた。
「げっ!今のを防ぐのかよっ!?」
光線の発射点で、灰色の長髪を靡かせた美丈夫―――ヴィーリルが驚愕に表情を歪める。
遠隔操作による時間差の置き狙撃。
ヴィーリルの奥の手を見破ったフィークズルだったが、策を破られた当の狙撃手は、軽薄な笑みを浮かべると、身を隠すこともなく光線を連射し始めた。
「まあ、仕留めそこなったら仕方ねえわな。こっからはゴリ押しだぞ二人とも!」
「ああ!一気に押し込む!」
防御に意識を割いた分、僅かに密度が薄くなった攻撃を掻い潜ったジュウロウとリアが、フィークズルに肉薄する。
「チィッ!舐めるなよ。エルフの女さえ近づけなければ、俺に攻撃を通すのは不可能だ!」
その言葉の通り、フィークズルは僕への攻撃を優先しつつ、単体では有効打を持たないジュウロウとヴィーリルの攻撃を捌いていく。
「ぐっ!クソッ!近づけない……!」
「終わりだ!フェンリルども!たった3人でこの俺を討ち取れるとでも思ったか!」
あと一歩。
あと一手。
そんなギリギリの所では有ったが、僕達の手はフィークズルに届かない。
「ああ、そこは素直に認めるよ。フかすだけの実力はあるみてえだな。俺達だけじゃあ、ギリギリだが届かねえ」
ジュウロウが致命傷を避けつつも、刀で"不可視の斬撃"を弾きながら応える。
「だから、足りない一手は、お前の間抜けで埋めさせてもらうわ」
「なに―――?」
「目標、6番通路の黒衣の男!撃てぇっ!!」
「―――ッ!?」
次の瞬間、僕達との激戦で崩れていた外壁から、矢と魔術の射撃がフィークズルへと殺到する。
「お仲間と一緒に、随分と要塞内で暴れてくれたみたいじゃねえか。やられっぱなしで黙っていられるほど、王国の国境警備兵はヌルくねえぞ」
フィークズルが自らの特性に合わせて戦場を誘導したように、僕達も要塞内の兵士達が援護をしやすい場所へと彼を誘導していたのだ。
「ぐっ!こ、んなもので、俺がやれるかァッ!!」
無論、何の変哲もない通常魔術と矢群ではフィークズルに負傷を与えることは出来ない。
―――それでも意識の外からの攻撃にフィークズルの動きが僅かにブレる。
「―――獲ったぞ!」
そのブレは"足りない一手"を埋めるには十分だった。
僕の伸ばした拳が、硝子が砕け散るような音と共に、フィークズルの"不可視の障壁"を砕いた。
「しまっ―――!?」
「ジュウロウッ!!」
阿吽の呼吸。
僕の動きに合わせて僅かな遅れも無く、ジュウロウの白刃がフィークズルの首を斬り飛ばした。
「ば、かな……俺が、こんな辺境で……」
地面に落ちたフィークズルの頭部が、僅かに言葉を遺す。
しかし、それも長くは続かず、彼の瞳から光が消えた。




