53.要塞都市攻防戦③
フェンリルからの根回しにより、僕とジュウロウはこれといった妨害も無く要塞内部への侵入に成功していた。
―――しかし。
「―――ッ!?」
肌を刺した殺気に、ジュウロウとお互いの背を守りつつ剣を振るう。音も無く忍び寄っていた黒衣の男達の斬撃が、耳障りな金属音と共に弾かれた。体勢を崩した襲撃者に、僕達はすかさず追撃をしたが、"不可視の障壁"によって斬撃は危なげなく防がれてしまった。黒衣の男達はそのまま僕達から距離を取ると、背後に控えていた仲間達と合流する。……その集団の中に居た見覚えのある男の顔を、僕達は睨み付けた。
「フィークズル……!」
「久しぶりだな、ユグドラシル。北方での借りを返させてもらうぞ」
言葉とは裏腹に、感情を感じさせない声色でフィークズルは一振りの短剣を天へと翳す。彼が何をしようとしているか察した僕は、素早く魔力弾を放ってその短剣を撃ち落とそうとするも、光弾が届くよりも先にフィークズルの詠唱が完遂されてしまう。
「準結界展開。我が名は"貫く者"フィークズル。異界の魔よ、人へと堕ちよ」
宣誓と共に、フィークズルの翳した短剣が砕け散る。それと同時に、僕達の周囲の世界から"色"が抜け落ちた。放たれた筈の光弾は、湯に溶かした砂糖のように淡く消え去る。
「かかれ。姿は見えんが、狙撃手も潜んでいる筈だ。警戒を怠るな」
「了解」
フィークズルの合図と共に、黒衣の男達が襲い掛かる。その練度は精鋭と言っても過言ではない冴えだった。
「ぐぅっ!」
「数の不利に"不可視の障壁"……エルフ封じが無ければ、もうちょいマシなんだがな……っとぉ!」
ヴィーリルからの援護射撃にジュウロウとの連携で辛うじて防げてはいるが、防戦一方となった戦いに、ジワジワと体力を削られる。敵の猛攻を防ぎつつ、ジュウロウが後方からの指揮と援護に徹しているフィークズルに挑発めいた笑みを浮かべた。
「随分と後ろに引っ込んでるじゃないか大将?そんなにもう片方の腕が惜しいのかい?」
「……北方で貴様達を甘く見ていたが故の負傷だ。今度は油断しない。ここで確実に潰す」
「前回はイキって一人でやってきて返り討ちに遭った人間が言うと、説得力が有るねぇ!」
言葉を交えながらも、フィークズルから飛んでくる"不可視の斬撃"を危うい所でジュウロウが防ぐ。そして、フィークズルの斬撃に続いてベイトの剣閃がこちらに肉薄する。
「終わりだな。ジュウロウ、お前もこちらに鞍替えしたらどうだ?そこのエルフも、大人しくしていればヴォーデンも手荒には扱わんだろう」
「ハッ、前にも似た様な事を言った奴が居たが、そいつがどうなったか教えてやろうか?」
「強がるな。それとも外で巨人兵の相手をしている"聖剣"が来るまで粘れるとでも思っているのか?それはこちらを甘く見過ぎだろう?」
ベイトの言葉を裏付けるように、致命傷だけは防げてはいるが、受けきれない攻撃が増えていく。攻め時だと判断したベイトが大きくこちらへと踏み込んできた。
―――しかし。
「甘く見てる、ねえ。それはそっちなんじゃねえか?」
「―――何?」
「リア!」
「ああ、時間稼ぎご苦労様!おかげで準備は出来てるぞジュウロウ!」
攻防の最中、僕はベイトに向かって掌底を突き出す。ベイトは突然の僕の行動に僅かに戸惑いを見せるも、当然の様に"不可視の障壁"を展開して、僕の手を弾こうとした。
「―――なっ!?」
そして、硝子が砕け散るような音と共に、ベイトの"不可視の障壁"が砕け散った。
爬虫類めいた無表情を驚愕に崩したベイトに、ジュウロウがニタリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「"不可視の障壁"に"エルフ封じの結界"。馬鹿の一つ覚えみてえに、何回俺達に同じ戦法を擦ってきてるんだよ」
「君達が何をしてくるのか分かっていて、僕達が何の対策もしていないと思っているなら、"甘く見過ぎだ"」
そして、ベイトが再び"不可視の障壁"を再展開する前に、ジュウロウの刃がベイトの身体を深く斬り裂いた。
「ご、ぶ……ッ」
「あばよセンパイ。有望な後輩達に道を譲りな」
夥しい出血と、くぐもった呻き声を最後に、ベイトはその場に崩れ落ちた。その傷口が再生する様子は無い。ユーグやフィークズルの様な異常な再生能力は"ヴォーデンの使徒"に近い位階の者以外は持っていないのだろう。
「……ジュウロウ。ちょっとカッコつけすぎじゃないか?これ、ぶっつけ本番だったから、かなり危ない賭けだったぞ?」
「成功したんだからいいじゃねえか。ヴィーリルとスノウには後で礼を言っとかねえとな」
崩れ落ちたベイトの姿に、フィークズルの表情が驚愕に染まる。
「―――なんだ、それは?」
「言う必要あんのか?まあ、イカサマで楽してきたツケを払う時が来たんだろうさ」
「やるぞ、ジュウロウ。まずは周りの黒服達から片付ける」
刀を構えたジュウロウに合わせて、僕達は"不可視の障壁"の優位性が崩れたことにたじろぐ黒衣の男達へと駆け出した。




