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51.要塞都市攻防戦①

 



 夕焼けに赤く染まる要塞都市。

 その一角が、陽の色とは異なる紅と轟音に彩られていた。



「くぅっ!ヴォーデンめ……こんなに早く行動に移すとは……!」



 リア達に先行して、要塞都市に潜入していたフェンリルエージェントの男が歯噛みをしながら、市街を駆ける。その後方には、彼を追う黒衣の男達が居た。



「ベイト隊長、指示を」

「二人残れ。フェンリルの駒を仕留める。残りは予定通り、要塞内のかく乱と防衛隊を潰せ。俺は頃合いを見て巨人兵(ムスペル)を突撃させる」

「了解」



 ベイトの指示を受けると、二人を残して黒衣の男達――ヴォーデンの実行部隊は散開する。追跡者達の動きが乱れた僅かな隙を突いて、フェンリルの男は後方にクロスボウを放つ。しかし、空気を切り裂いて飛翔した矢は、標的を貫く寸前で見えない壁に弾かれて、あらぬ方向へと飛んでいく。



「消せ」

「了解」

「クソッ……!」



 そして、とうとう黒衣の男達の刃が、フェンリルエージェントを射程距離に捉える。エージェントの男が苦し紛れに繰り出した刃すら、"不可視の障壁"に弾かれると、エージェントは無念の呟きを零して"死"を覚悟した。


 しかし―――



「ごぁっ……!」



 エージェントに刃を振り下ろそうとした黒衣の男の胸を、何処からか放たれた光線が貫く。くぐもった悲鳴と共に、崩れ落ちる仲間の姿に、もう一人の黒衣の男の動きが一瞬止まる。



「止まるな阿呆ッ!」



 ベイトが迂闊すぎる男に怒号を飛ばすも、相手はそれを許す程甘くは無かった。地を這うように黄金の輝きが、迅雷の動きで黒衣の男の足元に飛び込む。

 ―――それは金色の長髪を靡かせた、美しい少女(リア)の姿をしていた。



「ハァッ!」

「ぐ、おぁっ!?」



 足元から男に向けて繰り出された刺突を、男はギリギリのところで"不可視の障壁"で弾く。しかし、少女の攻撃はその程度では止まらない。少女の剣を持たない平手が男に向けられるのと同時に、そこから怒涛の如く魔力の光弾が連射される。刺突を止めていた"不可視の障壁"を再展開する間もなく、無数の光弾を胴体に打ち込まれた男は、血反吐を吐きながら上空に吹き飛ばされると、市街の防壁まで吹き飛ばされて、そのまま意識を手放した。



「き、君は……?」

「遅くなりました。フェンリル自由都市支部からの偵察部隊です。北西の外壁に僕達の仲間が待機しています。そこまで後退出来ますか?」

「ぐっ、すまない……後方から君達の援護に回らせてもらう」



 リアは負傷していたエージェントを、ヴィーリルが待機している狙撃ポイントまで後退させると、一人残ったヴォーデンの実行部隊―――裏切りの戦士であるベイトと対峙した。



「チッ……やはり来たか。エルフの女」

「お前は……ベイトか!今度こそ逃がさないぞ!」

「お誘いは嬉しいが、遠慮しておこう。そして、お前が来ているという事は―――」



 ベイトは目の前の少女から目を逸らさずに、背後に"不可視の障壁"を展開した。それと同時に、ベイトの背後から刀を抜き放っていたジュウロウの斬撃が、障壁によって弾かれる。



「よう、センパイ。また会えて嬉しいぜ」

「俺はそうでもないな後輩。こう言っては何だが、俺とお前達の相性は最悪だ。さっさと退かせてもらうよ」



 話しながらも、ベイトに向けてヴィーリルの狙撃が飛ぶが、ベイトはそれを障壁で弾き飛ばす。



「来ると分かっていれば、どれだけ強力な攻撃だろうと"不可視の障壁"を貫くことは不可能だ。初手で俺を撃っておくべきだったなスナイパー」

「ハッ、フかすじゃねえか。3対1で勝てるとでも思ってるのか?」

「いいや?俺の任務はお前達の殲滅ではない。言った筈だぞ。さっさと退かせてもらう、と」



 追い詰められた状況ながら、爬虫類めいた無表情を崩さずにベイトは指を鳴らした。


 ―――次の瞬間、上空に巨大な圧力を感じたジュウロウとリアは、己の直感を信じて素早く後方へと跳躍する。


 轟音。


 周囲に瓦礫を撒き散らして、地に突き刺さった巨大な鉄の拳に、ジュウロウとリアは襲撃者の正体を悟る。



「巨人……!?ラーヴァで戦ったアイツかっ!」

「ああ、お前達が巨人兵(ムスペル)と戦うのは二度目だったか。まあ精々時間をかけてくれ。じゃあな」



 どこに潜んでいたのか、ラーヴァの時と同じく突如として一騎の巨兵が虚空から姿を現すと、その威容に紛れるようにベイトは姿を消した。

 かつて苦戦を強いられた敵との再会に、ジュウロウとリアが思わず顔を顰める。しかし、事態の悪化はそれだけでは終わらなかった。



『―――ジュウロウ、リアちゃん。ちっとばかし不味いことになった』



 二人の胸元に身に付けられたアミュレット―――短距離の通信を可能とする魔導具(マジックアイテム)からヴィーリルの声が響く。その内容に、二人は臓腑を絞り上げられたような錯覚を覚えた。



『要塞都市の外縁に、リアちゃん達の目の前にいるのと同じデカブツが二体現れた。まっすぐ要塞都市に向かってるなこりゃあ。……それと、要塞内でヴォーデンの黒服共が暴れてやがる。こっちも狙撃で牽制してはいるが、数が多すぎて抑えきれねえ。外の巨人が要塞都市に接触するまでは、まだ猶予が有る。ジュウロウかリアちゃんか、どっちか片方でいい。何とか黒服共の撃退に回れないか?』



 ヴィーリルの苦々しい声に、ジュウロウは巨人の鉄拳を回避しながら悪態を吐く。



「無茶言いやがる。このデカブツは、一人で相手するには荷が勝ちすぎるぜ」

「……だが、巨人もヴォーデンの戦闘員も、どちらも無視出来る相手じゃないぞ。……後先考えなければ、一撃の火力は僕の魔術の方が上だ。巨人の足止めは僕がする。ジュウロウは要塞内で暴れているヴォーデンを頼む」



 リアの提案に、ジュウロウは険しい表情を浮かべる。



「馬鹿野郎。あのデカブツに通じるレベルの魔術を使ったら、お前感度100倍になって使い物にならなくなるだろうが」

「言い方っ!!……最大出力の魔術はあくまで最終手段だ。ヴィーリルの援護も有る。何とか上手くやってみせるさ。こうやって口論している時間も惜しい。さあ、早く行ってくれ!」

「……クソッ!すぐに戻る!死ぬんじゃ―――」



 リアからの急かす言葉に、ジュウロウは相棒を一人残すという苦渋の決断を下そうとした。その瞬間だった。



「―――えっ?」

「―――は?」



 キンッ、という甲高い音が一瞬鳴り響いたかと思うと、目の前の鋼鉄の巨人が正中線を境に、左半身と右半身に別たれて崩れ落ちた。突然の事態に、間抜けな声を上げたリアとジュウロウの視線は、巨人が立っていた足元へと吸い寄せられる。



 そこに立っていたのは、白銀のフルプレートアーマーを身に着け、グレートヘルムで顔まで隠した一人の騎士であった。



「うげっ……あ、アレは……」

「……あ、ああ。あの甲冑―――間違いない。あの人(・・・)だ……」



 逼迫した状況にも関わらず、ジュウロウが心底嫌そうに呻く。そんな彼の呟きを肯定するように、リアの脳裏に"彼女"の異名がいくつも浮かび上がる。




 ―――聖騎士序列第一位。


 ―――世界最強。


 ―――超越者。


 ―――理外の剣を操る者。




「………………む、そこの君。そう、私と絶対に目線を合わせようとしない、そこの黒髪の男の子」



 がちゃり、と甲冑が擦れる音を響かせながら、彼女の視線がリアとジュウロウの方向へと向けられた。




 ―――理外のトラブルメーカー。


 ―――聖騎士団団長を心労でハゲさせた女。


 ―――歩く外交問題。


 ―――乳児の方がまだ話が通じる。


 ―――"強い"以外に良い所が何もない女。




「ああ、やっぱり!ジューローじゃないか!私だ。君の頼れる先輩のエルセルクだ!」




 ―――"聖剣"。


 白銀に全身を包んだ女性が、嬉しそうに声を弾ませながら、ジュウロウとリアに向かって駆け出した。




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[一言] 聖剣さんの強さぶっ飛んでて笑っちゃった
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