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50.要塞都市へ

 



「ごめんね、ノルン。また寂しい思いをさせてしまって……」

「ううん、お仕事なら仕方ないよ。頑張ってね!ママ、パパ!」



 先日、(リア)とジュウロウの要塞都市への偵察任務の参加が正式に決定された。

 自ら志願したとは言え、ノルンを自由都市に一人残してしまう事実に、僕は胸を痛めるが、当の本人(ノルン)は笑顔を浮かべて僕の腰に抱き着いている。

 ……ノルンと一緒に暮らし始めた当初は、トイレなんかで僕と離れることすら愚図っていたのだが、その変わりように僕は少し違和感を覚えた。



「……ママ、私はお留守番してるけど、代わりに私がプレゼントしたネックレスは連れて行ってあげてね?」

「あ、ああ。もちろん」



 僕はノルンの言葉に応えながら、胸元から細い鎖で繋がれた紅い宝石―――先日、ノルンがプレゼントしてくれたネックレスを取り出した。



「……あの、ノルン。やっぱり、これって何か特別な宝石なのかい?」

「……うふふ、秘密!」



 出所不明なアクセサリに、僕は少しだけ不気味なものを感じながらノルンに尋ねるも、彼女は笑顔を浮かべて答えをはぐらかす。

 ……まさか、盗品だとは思わないが(そもそも、見た限りここまで上等な宝石を扱っている宝石商は、自由都市に存在していない)、このネックレスを受け取ってから、妙にノルンの聞き分けが良くなったのは間違いないのだ。



「―――おい、そろそろ行くぞリア」



 そんな僕の思考は、ジュウロウからの呼びかけで打ち切られた。

 ……ネックレスについては気になるが、今は目の前の任務に集中しよう。


「……分かっている。それじゃあ行って来るよ、ノルン。レイズさんの言う事を聞いて、良い子にしているんだぞ?」

「うん!パパ、ママ、いってらっしゃい!」

「おう、すぐに終わらせて迎えに行くから、ちっとだけ待ってろ」



 最後にノルンの小さな身体をギュッと抱きしめると、名残を振り払って、僕とジュウロウは自由都市を発つのだった。




 **********




「―――フィークズル。今回の作戦、どこまで本気なんだ?」

「無論、全てだ。あのエルフが釣れたなら良し。そうでなくとも、要塞都市を落として草原の異民族(ステップ)どもと王国の戦争が始まれば、ヴォーデンの利になる」



 人気の無い室内で、二人の男―――フィークズルと、フェンリルからヴォーデンへと寝返った戦士であるベイトが言葉を交わす。



「出来るのかい?前回は随分と手酷くやられたみたいだが」



 ベイトはフィークズルの片腕―――彼等との戦闘で消し飛ばされ、今は"不可視の斬撃"で形成している義手を見ながら、軽く嘲笑を浮かべる。しかし、フィークズルは気にした様子も見せずに、軽く鼻を鳴らす。



「奴らを甘く見ていたのは否定しない。だから、今回は何があろうと確実に潰す準備をしている」

(油断さえしなければ、負ける筈が無いってか。そういうのを油断と言うんだがね……)



 なまじ"ヴォーデンの使徒"に次ぐ実力を持っているが故のフィークズルの慢心に、ベイトは内心で苦笑を浮かべる。まあ、今回の自分の目的はフェルグの使いだ。彼がしくじった時の巻き添えを食わないように、精々距離感には気を付けておこう。



「要望通り、不可視の権能をそれなり以上に使いこなせる兵隊を10人。要塞都市の外には迷彩結界を効かせた巨人兵(ムスペル)を三騎ほど待機させている。小国の首都程度なら一夜で堕とせる戦力だな」

「十分だ。あとは草原の異民族(ステップ)どもの準備が整い次第、こちらも動く。お前はどうする?」

「作戦の結果を見届けるように、フェルグから指示されている。新入りらしく、先輩の手伝いでもさせてもらうさ」



 大袈裟に肩を竦めながら、ベイトはフィークズルの指揮下に入ることを伝えると、要塞都市で交戦するであろうフェンリルのエージェントについて思いを馳せる。



(……さて、自由都市方面で襲撃の情報を掴ませた以上、あのエルフ達が来る可能性はそれなりに高い。奴らとはもう関わり合いになりたくは無かったんだが……上司(フェルグ)の指示の手前、そういう訳にもいかないか)



 面倒な事になりそうな空気に、ベイトは爬虫類めいた無表情を僅かに歪ませるのだった。




 **********




「―――はぁ~~~……リアちゃん、要塞都市まで後どれくらいだ?」

「さっき同じ質問をされてから、まだ30分も経ってないよヴィーリル。日が暮れる前には着くから我慢してくれ」



 自由都市から列車に揺られること数時間。

 そこから更に馬に揺られること数時間。

 荒涼とした殺風景な景色の中を、(リア)とジュウロウとヴィーリルの3人は進む。代わり映えのしない景色に、ヴィーリルが愚痴をこぼす気持ちも分からなくはない僕は、苦笑を浮かべて彼を宥めた。



「ちぇっ、こんな事なら列車を降りた街で酒でも買っておけば良かったぜ」

「酔っ払いの狙撃手とか笑えねえよ。先に潜入してるエージェントに恥ずかしくて紹介出来ねえわ」

「行けども行けども見えるのは岩と枯草ばかり。愚痴の一つも言いたくなるっての。これでリアちゃんとの二人旅ってんなら、もう少しピクニック気分で楽しめたんだがな」

「ピクニックならもう少し、気の利いた場所を選びますよ。ほら、ヴィーリルは先輩なんだからシャンとする!」

「へ~~い」




 **********




「―――ジュウロウって、好きな子とかいる?」

「お前はくだらない事を喋ってないと死ぬのか?」



 陽の光に赤みが増してきた頃合いに始まった、唐突なヴィーリルの雑談にジュウロウは呆れた表情を浮かべる。



「そう言うなよ。無言でひたすら移動とか間が持たないし、なにより時間が勿体ないだろう?同僚として相互理解を深めるのは悪い事じゃないだろ?」

「ふむ、一理あるかも」

「ねえよ。流されんなリア」

「―――で、ジュウロウは好きな子いる?恥ずかしかったら、どんな娘がタイプとかでもいいからさ」



 ヴィーリルの言葉を仏頂面で黙殺しているジュウロウに、僕は苦笑を浮かべながら口を挟む。



「好いている相手が居るかはともかく、ジュウロウの好みのタイプなら知ってるよ」

「ばっ……!リア、お前!」

「おっ、イイネ!聞かせてよリアちゃん」



 実は退屈していたのは僕も同じだったので、ジュウロウには話題の種として犠牲になってもらおう。子供の頃からの付き合いなのだ。直接口には出さずとも、彼の性癖ぐらいは心得ている。



「まずは豊満な女性よりも、スラッとした細身な女性の方が好きで―――」

「ほぉ~、巨乳はタイプじゃないと」

「髪はショートよりもロングが好み。金髪なら尚良し」

「ああ、分かるわ。短いのも良いが、腰まで届くような長い髪の女性はソソるよなぁ。……金髪?」

「あとは、あまりお淑やかなタイプよりも、活発な女性の方が好きらしい。剣術が出来る美人、なんて小説の登場人物みたいな女性が理想みたいだけど、そんな人いる訳無いから諦めた方がいいぞ、ジュウロウ?」

「ハハハ、つまりまとめると『スレンダー』で『ロングの金髪』で『剣術の出来る美人』がジュウロウの理想かぁ。わははは。―――おい、ジュウロウ。お前マジか?」



 ヴィーリルが、僕の頭からつま先まで一通り眺めた後で、何故か真顔でジュウロウに尋ねた。ジュウロウは両手で顔を覆っている。



「いや、マジで違うから……絶対、誤解されるから言いたく無かったんだっての」

「誤解も何も答え出ちゃってるじゃん。模範解答がそこに居るじゃん」

「ん?二人とも何を話して―――」



 次の瞬間、遠く前方―――要塞都市の方角から、轟音が響いた。



「ジュウロウ!ヴィーリル!」

「ああ、分かってる!急ぐぞ!」



 弛緩した空気を一瞬で霧散させた僕達は、手綱を強く握ると馬を駆けさせた。





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― 新着の感想 ―
[一言] だから、ジュロの理想の女の子はリアに似ています....ハハハ。
[一言] リアが母親のようになるのが好きです...
[一言] ある日親友が自分の性癖ど真ん中エルフになって、同棲したり疑似夫婦になったり ジュウロウ・・・
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