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05.新たな旅立ち

 





「すまない。今はこれで許してくれ……」



 (リアルド)は仲間達の亡骸の死に顔を軽く整えてから黙祷を捧げる。


 本来ならば、もっと丁重に弔いたかったのだが、この身体(・・・・)では皆の遺体を最低限整えるだけで精一杯だった。




 悪い夢ならば覚めて欲しかったが、どうやら僕の身体は完全に女性に―――少なくとも外見は、あのエルフの少女と同じものに変化してしまっているようだった。ピンと尖った耳の先を撫でながら、僕は眉間に皺を寄せて嘆息する。



「……これからどうするか……」



 誰に聞かせるでもない独り言を呟く。自分の喉から発声しているのに、他人の声のように聞こえるそれに僅かに眩暈を感じながら、僕は思考を巡らせる。



 王国へ戻り、騎士団に事情を説明するか?


 護送任務の最中に正体不明の敵に襲われたが、エルフの少女に助けられて自分は一命をとりとめるも、代わりに女性の身体になってしまった、と。



 ……駄目だ。到底信じてもらえるとは思えない。良くて門前払い。悪ければ鉄格子の付いた病院か、襲撃犯の仲間と疑われて牢獄送りだ。



 それに、あの黒衣の男……僕は片隅で上下二つに別たれた骸を晒している壮年の男を睨み付ける。念の為に遺体を探ってみたが、素性が分かるような物は持っていなかった。しかし、奴に僕達の襲撃を指示した人間がいる筈だ。



 今回の任務が初めから失敗するように仕向けられていたのは恐らく間違いないだろう。

 ならば、箱に詰められたエルフの護送などというキナ臭い任務を発令し、王国の象徴である聖騎士団から数名の生贄を捧げることが出来る権力を持った存在が黒幕だとするのならば、その人間は王国の上層部か……考えたくはないが、騎士団内部に居る可能性がある。



 そいつがいつまで経っても戻ってこない黒衣の男を訝しんで、聖騎士団に探りを入れてくる可能性は十分に有る。無策で王国へ戻るのは危険だと考えた方がいいだろう。



 聖騎士団は頼れない。

 ならば、僕が最も信頼出来る人間は―――



「自由都市、か……」



 黒髪黒瞳の幼馴染(ジュウロウ)が拠点としている都市が存在する方角を眺めて、僕は小さく呟いた。







 **********




「……よし、行くか」



 この華奢な身体では、聖騎士の鎧を身に着けたまま動くことは不可能だと判断した僕は、白銀の鎧を脱ぎ捨てて肌着に外套だけを羽織って歩き出す。季節が冬でなくて助かった。


 剣も持っていこうかと思ったが、この細腕で扱える自信が無かった為、代わりに投擲用の短剣を腰に巻いたベルトに括りつける。獣程度ならばともかく、野盗に襲われる可能性を考えると護身用としてはかなり頼りないが、無いよりはマシだろう。


 自由都市までは徒歩なら概ね三日程度……いや、今の身体なら更にかかるかもしれない。馬車を利用すればもっと短期間で到着出来るだろうが、生憎と手持ちの路銀が心許無い。先行きが不透明な現状では極力出費を抑えておきたいし、今の僕の容姿は些か以上に人目を惹いてしまう。無用なトラブルを避ける為にも、出来るだけ人との接触は避けるべきだろう。


 僕は外套を頭まで被って、特徴的な尖った長耳を隠す。これでも十分怪しい見た目だが、何もしないよりはマシだ。


 まずは、ここから一番近い街へ向かおう。そこで最低限の必要な食糧を入手してから自由都市へ向かう。訓練で頭に叩き込まれた王国周辺の地図を頭に浮かべながら、僕は朝焼けに白みだした空の下を歩き始めた。




 **********




 幸いなことに野生の獣や盗賊に襲われることもなく、昼頃に僕は最寄りの街へと辿り着くことが出来た。


 その街は殊更栄えている訳ではないが、寂れているという程でもない。そんな平凡な街なのだが……



(……やっぱり目立ってしまうな)



 吹雪でもないのに、街中で全身を外套で覆い隠している僕の姿を、道行く人々が訝しそうに見ているのを感じる。入口に憲兵が立っているような規模の街でなくて助かった。


 流石にこのままでは不味いと、僕は立ち寄った雑貨屋で食糧と一緒に耳当ての付いた帽子を購入して装備する。出来れば服も買っておきたかったが、そこまで予算に余裕は無かったので首から下は引き続き外套で隠すことにしよう。




(…………やっぱり目立ってしまうな)




 素顔を晒したリアルドは、今度は先程とは違った意味で人々の視線を集めてしまう。

 今の彼は、あのエルフの少女と同じ顔をしているのだ。突如、街中に"美"という概念をかき集めた女神の如き容姿の少女が現れたら、立ち止まって見つめてしまう人間が居るのも仕方ないというものだろう。その少女が安っぽい耳当て帽に薄汚れた外套という、欠片も彼女に似つかわしくない装備を身に着けていれば猶更だ。


 とりあえず、自由都市までの旅路に必要な物資は入手出来たのだ。長居して何か面倒事に巻き込まれる前に街を離れよう。そう決めたリアルドは好奇の視線を振り払うように歩き出す。



「―――えっ?」



 街の出口へと向かう途中、視界に映った人物にリアルドは思わず間抜けな声を出してしまう。



「ジュウロウ……?」



 今の彼が唯一、頼れる相手として訪ねようとしていた黒髪黒瞳の剣士が、今まさに街角の酒場へと入っていくのが見えた。




次回更新は9/14の12:00頃予定です。

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