49.火種
「―――ぐあっ!?」
陽の届かぬスラム街の一画に、男の苦悶の声が響く。腕から血を流し蹲る男に、ジュウロウは刀を向けながら、つまらなそうに告げる。
「一丁上がりってな。おたくの仲間も粗方伸したし、無駄な抵抗はするんじゃねえぞ?」
周囲で呻き声を上げて倒れている仲間達の姿に、男は一瞬苦い表情を浮かべたが、傷の痛みを誤魔化すように、ニタリと笑みを浮かべる。
「……ハッ、それなら無駄じゃねえ抵抗を―――」
男は片手を上げて、廃屋に潜んでいる仲間へと狙撃の合図をする。合図を受けた仲間が、ジュウロウの頭部にクロスボウを放つが―――
「―――なっ!?」
「チッ、遊んでんじゃねえぞヴィーリル」
放たれた矢は、ジュウロウに届く直前で一条の光線に貫かれる。その光景に男が驚愕している間に、続けて放たれた光線が、矢の発射元である廃屋へと吸い込まれると、狙撃手のくぐもった悲鳴が、男とジュウロウの耳に届いた。
「お疲れ様です。ジュウロウさん」
「フゥリィ。そっちは片付いたのか?」
「ええ、ガロガロさんとリアさんは、先に彼等とヴォーデンの繋がりを示す書類を探しています。私達も彼等を拘束したら合流しましょうか」
暗がりから音も無く現れた狐目の胡散臭い男―――フゥリィにジュウロウは頷くと、事態を呑み込めていない男の首筋に、軽く峰打ちを行い、その意識を刈り取った。
「その必要は無いわよ。もう粗方探り終わったから」
「ガロガロ、リア。成果は?」
程なくして現れた二人の女性に、ジュウロウは問いかけるが、内心では色好い返事は期待していなかった。
ここ最近のフェンリルの任務でよく有るのは、ヴォーデンが支援していると思われる犯罪組織の殲滅なのだが、フェンリルに尻尾を掴ませるような手合いは、大体が使い捨ての駒―――大した情報も渡されずに、金や武器だけを支給されているチンピラのような集団が殆どだった。
故に、今回もそうした手合いだろうとジュウロウは高を括っていたのだが、彼の相棒からの返事は予想外のものであった。
「……大物が釣れたぞジュウロウ。あまり、嬉しくは無いがね」
苦々しい表情を浮かべながら、リアは悪漢達の根城で発見した紙束をジュウロウに手渡す。そこに記された内容を見て、ジュウロウもリアと同じような表情を浮かべた。
「草原の異民族と王国の戦争、だと……?」
ジュウロウが思わず呟いた言葉に、フゥリィがその細い目を見開いた。
**********
―――草原の異民族。
大陸東部の大草原を支配圏とする巨大民族であり、王国との小競り合いが絶えず、小規模な武力衝突が頻繁に発生している。王国との国境線上に存在する山脈と、王国の頑強な要塞都市が両者を隔てているおかげで、近年に大規模な戦闘は行われていなかったのだが……
「……草原の異民族の防波堤となっている王国東部の要塞都市。そこで暴動を起こして、草原の異民族達を引き込み、王国と衝突させる、か……」
僕達が持ち帰った情報に、レイズさんは眉間に指を当てながら深い溜息を吐いた。その様子を見て、フゥリィが苦笑を浮かべながら、大げさに肩を竦める。
「北部内戦市場の代わり、ですかねぇ。あちらの方々は新規開拓に余念が無いようで」
「働き者の犯罪者なぞ、笑い話にもならんな。……で、フゥリィはどう見る」
「まあ、罠の可能性は高いでしょうね。ロクに尻尾を掴ませなかった彼等が、急にこんな隙を見せるなんて。ですが―――」
「無視するには、あまりに物騒過ぎる」
「その通り。これが実現された場合の被害の規模が洒落になりません。我々の支援者は世界各国に存在しますが、やはり一番大きいのは王国所属の方々からの支援ですから。フェンリルの活動にも支障が出ます。……というか既に出ています」
フゥリィが苦笑いを浮かべながら、レイズさんの執務机に書類を追加する。内容はフェンリルの支援者である王国貴族及び豪商からの、戦争回避に向けての行動の催促だ。
「どこから我々の情報を仕入れているのやら。ウチも一枚岩とは言えませんが、子飼いの人間を潜り込ませていることを隠す気も無いとは」
「……なんにせよ、静観するという選択肢は無いということだな。とりあえず、全員ご苦労だった。今日の所は解散してくれて構わない」
レイズさんの言葉に、僕達は敬礼を返すと執務室を後にする。フゥリィとガロガロは、レイズさんと詰める所が有るようなので、僕とジュウロウとヴィーリルの三人は、通路を歩きながら言葉を交わす。
「難しい顔しちゃって。美人が台無しだぜ?」
「……ヴィーリル。すまないが、今は君の軽口に付き合えるような気分じゃあ……」
「まあ、ヴィーリルのつまらんジョークはともかく、あまり考えすぎるのは止めときな。意味がねえ」
「ジュウロウ……君は王国が焼かれそうになっていることに、何も思わないのか?」
思わず険の有る言い方をしてしまったことに、内心で自己嫌悪に陥っていると、ジュウロウは僕の頭に手を置いて、乱暴に僕の髪を搔き乱した。
「フェンリルは間違いなく要塞都市の偵察に動く。その任務に志願すりゃあいいだけの話だろ?んで、俺達の手でくだらねえ事を考えてる奴らを一人残らずぶっ飛ばせばいい。もし、任務への参加が認められなかったら、俺とお前で勝手に抜け出して要塞都市に行けばいい」
「ジュウロウ……その、すまない。ありがとう」
「おう」
当然の様に、僕の意志を尊重しようとしてくれるジュウロウの言葉に、僕は申し訳なさと感謝が綯い交ぜになった笑みを浮かべた。そんな僕達の様子に、ヴィーリルが悪童めいた笑みを浮かべながら、僕とジュウロウの肩に腕を回す。
「おいおい、先輩をハブんなよ。そん時は俺も混ぜてくれよな。もしもの時は始末書の書き方と、上司への頭の下げ方も教えてやっからさ」
「くだらねぇ事ばっか詳しいみてえだなセンパイ?」
「ははっ、ヴィーリルもありがとう。……ところで、手の位置が結構怪しいんだが……?」
……肩に回されたヴィーリルの手のひらが、微かに僕の胸を撫でるような動きをしていた。微妙に鼻の下を伸ばしている彼の顔を見て、有罪判定を下したジュウロウから、彼の顔面に裏拳が飛ぶまでに時間はかからなかった。




