48.次の戦いに向けて
「―――んがっ?ここは……ああ、そうか。ジュウロウの家だったか」
夜明け前。空が僅かに白みだした時間に、ヴィーリルは目を覚ました。彼はベッド代わりにしていたソファーから身を起こすと、灰色の長髪を掻き上げながら、大きな欠伸をする。
「くぁっ……いかんな、呑み過ぎたか。途中から記憶が吹っ飛んでやがる……ガロガロの姐さんは帰ったか?俺もジュウロウとリアちゃんに挨拶したらフェンリルに―――んっ?」
庭の方から微かに何かを打ち合うような音がヴィーリルの耳に届く。彼は立ち上がると、音の出所を確かめるべく、庭へと顔を出した。
「ハッ!やぁっ!」
「むっ、オラァッ!」
屋敷の庭では、ジュウロウとリアの二人が木剣を手に模擬戦を行っていた。その様子は、近接戦のプロフェッショナルではないヴィーリルの目から見ても、一流のそれだと認識出来る程度には流麗な動きであった。
「いやあ、大したもんだ」
「―――ん、ヴィーリル?起こしてしまったかい?」
手を打ち鳴らして、二人の稽古を称賛するヴィーリルに、リアは額の汗を拭いながら彼に近づいた。
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「いいもん見せてもらったよ。ジュウロウもリアちゃんも剣の腕なら、並のフェンリルエージェントよりレベル高いじゃないか」
「はは、ありがとう。―――そういえば、聞きたかったんだが、ヴィーリルの専門は魔術ってことでいいのかい?」
「ん、まあそうだな。研究とかの学者畑じゃなくて、武術としての魔術に詳しいだけだがな」
こちらの質問にそう答えるヴィーリルに、僕は北部での戦闘から考えていた言葉を口にする。
「ヴィーリル、もし良ければ僕に魔術の稽古を付けてくれないか?」
「ん?そりゃあ構わないが……北部での戦闘で見たが、リアちゃんは"あのレベル"で魔術が使えるんだろ?俺が教えることなんて無いと思うが……」
ヴィーリルは"エルフ封じの結界"が切れた後や、北部脱出の際にマフィアとの交戦で使った魔術の事を言っているのだろう。……だが、この先"ヴォーデンの使徒"と交戦することを考えると、それでは駄目なのだ。
「……僕の魔術は少し特殊でね。出来れば普通の魔術を使えるようになりたいんだ」
「特殊?それはどういう……」
「……おい、リア」
「分かっているさ、ジュウロウ。ちゃんとレイズさんに許可は取る」
ここから先の話をするには、僕の身体に関する説明が必要になるだろう。機密に関する話である以上、僕の独断で話を進める訳にはいかない。
「―――という訳で、少し事情ありでね。レイズさんに話を通す必要がある。すまないが、少し付き合ってくれるかいヴィーリル?」
「もちろん。美女の頼みとあらば喜んで」
「いつまでその軽口が叩けるか楽しみだなオイ」
ヴィーリルの態度に、ジュウロウが何とも言えない表情を浮かべながら、そんなことを呟いた。
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「―――という訳だ。言うまでもないことだが、ここで知った事は口外を禁ずる。いいな?」
「りょーかい。"ヴォーデンの使徒"に近い位階の奴が、何で態々北部くんだりまで出向いてきたのかとは思っていたが、"エルフ"なんて厄ネタ狙いだったとはねえ」
フェンリルの執務室にて。レイズさんに事情を説明した僕は、彼女からヴィーリルとの魔術訓練に対する了承を取り、必然的に僕が今の身体になった経緯も、彼に説明する流れとなった。
「さーてと……それじゃあ、早速トレーニングと行こうかリアちゃん?エルフの美少女に付きっ切りでコーチ役なんて、こっちに居る間の楽しみが一つ増えたってもんだ」
そう告げながら、僕の肩に手を回してくるヴィーリルに、僕は苦笑いを浮かべる。
「……ヴィーリル、レイズさんの話を聞いたなら分かっているだろうが、僕は男だぞ?」
「安心しろ。俺は今の見た目以外は何も気にしない男だ」
真顔でそう告げるヴィーリルの後頭部を、ジュウロウが勢いよく張り倒した。
「何一つ安心出来ねえわ!リア、魔術の指南役が欲しいなら、ガロガロとかでもいいだろう。それかスノウにでも頼んで……いや、あの女は駄目だな」
ジュウロウの言葉に、レイズさんが執務机の書類を捲りながら口を開く。
「ガロガロは既にフゥリィと別件で動いている。スノウには一応連絡しておくが、やはり戦闘で活かせるような技術指南という話ならば、先達に聞くのが一番効率的だろう」
「そういうこと。……というか、ジュウロウが横から口を出す理由が分からねえな。別にリアちゃんが恋人でも何でもないなら、俺がアプローチかけようと自由だろう?」
「……親友が見境の無い色情魔に狙われてたら、警戒するのが普通だろうが」
「"親友"ねぇ」
……僕は溜息を一つ吐くと、ニヤニヤと露骨に面白がっている表情のヴィーリルの頬を軽く引っ張った。
「ふがっ?」
「それぐらいにしてくれ、ヴィーリル。ジュウロウもだ。こんなの、ただの悪ふざけなんだから、程々に流せよ」
「あ~~……、分かったよ」
「いや、俺は割とマジに口説いて―――」
「ヴィーリル?」
「あだだだっ!分かった分かった!揶揄うのはこれぐらいにしとくって!」
僕はヴィーリルの頬をつねっていた指を離すと、レイズさんに向かって軽く敬礼をする。
「お騒がせしました」
「構わんよ。エージェント同士が険悪でいるよりは、じゃれ合っているぐらいの方が有難いというものだ。ところで、訓練は何処で行うつもりだ?」
「こちらの訓練場を使わせてもらおうかと。エルフ魔術ではない、通常魔術の訓練ですし、以前の訓練で魔力を暴走させないコツは掴んでいるので、問題無いかと」
「承知した。北部での一件からも、今後もヴォーデンの使徒が君を狙って動く可能性は高い。成果を期待しているぞ」
「はっ。それでは失礼します。行こうか、ヴィーリル。ジュウロウ」
僕に続いて、ジュウロウとヴィーリルもレイズさんに敬礼をすると、執務室を後にした。3人で向かう先は、同施設内の訓練場である。
「―――ジュウロウも来るのか?」
「……何か問題でも有るのかよ?いいだろ、別に。冒険者ギルドに行っても依頼なんざ無えんだし」
「いや、僕は別に構わないんだが」
当然の様に付いて来るジュウロウと、彼に怪訝な表情を浮かべる僕を、ヴィーリルが心底愉快そうに眺めていた。




