46.腐金を創る者
「―――で、こちらの彼がフェンリルでも有数の魔術射手のヴィーリルよ」
ガロガロは隣に立つフェンリルの戦士――北風に灰色の長髪を靡かせている美丈夫を紹介した。僕は長身の彼の顔を見上げながら片手を差し出す。
「僕はリア。こっちの彼は相棒のジュウロウだ。先程は助かった。改めてお礼を言わせて欲しい」
すると、ヴィーリルは人懐っこい笑顔を浮かべながら、僕の差し出した手を無視して、こちらの肩に手を回した。
「ヴィーリルだ。礼なら要らねえよ。君みたいな美しい女性の助けになれたなら、男冥利に尽きるってものさ」
「あ、ああ……ありがとう……」
「……まあ、見ての通りの性格よ。腕は確かだから、多少の不快行為は目を瞑ってあげて」
ヴィーリルの口説き文句にやや引いている僕を見て、ガロガロが溜息を吐きながら告げる。するとヴィーリルは不服そうな表情を浮かべて、彼女に抗議をした。
「随分な言い様じゃないか姐さん。アンタやリアちゃんみたいな美人に声を掛けない方が、道理に反するってもんさ。そこのアンタもそう思わないかい?えーっと……ダイゴロウだっけ?」
「喧嘩売ってんのか?」
「おぉっと、軽い冗談じゃねえか?自分の女に粉かけられたからって、余裕が無い男は嫌われるぜ?」
「誰が誰の女だって!?」
刀に手をかけかねないジュウロウの様子に、僕は二人の間に入って仲裁をする。
「よせジュウロウ。それにヴィーリルも、彼を挑発するのは止めてくれ。……あと、僕は別にジュウロウの女とかじゃない」
「え、マジ?」
というか、そもそも女じゃない。と内心で付け加える。
「はいはい、あっという間に仲良くなってくれて助かるけど、そろそろ今後の話をしましょう?」
「ああ、可愛い後輩とのコミュニケーションはこれぐらいにしとくか。それじゃ、現状の説明を頼むぜ姐さん」
ヴィーリルの言葉に、ガロガロは頷くと、大陸北部が描かれた地図を広げた。
「ヴォーデンと繋がっていたマフィア幹部の移送自体は既に完了したから、後は私達が北部を脱出するだけ……と言いたい所なんだけど、ヴォーデンの横槍で色々と面倒なことになってるわ」
「あのフィークズルとかいう奴の襲撃で、大分時間を取られたからな。大方、マフィアの連中が血眼で俺達を追っているって所か?」
「それと、マフィアと癒着してた一部の貴族やら豪商やらの私兵もね。芋づる式で自分たちに累が及ぶ前に、こちらを捕らえて口封じって所でしょう。手遅れだけど」
ガロガロとジュウロウの言葉に、僕は顎に手を当てて考えを巡らせる。
「なら、待ち伏せされているであろう正規ルートの国境付近を無策で行くのは危険か……ガロガロ、他に脱出ルートは?」
「海路が一番早いけど、いざという時に逃げ場が無いから今回は無し。ここから南西の山岳部を通りましょう。少し遠回りだけど、道中に人目が無いから最悪、私達が暴れても隠蔽がしやすいわ」
「りょーかい。それじゃ、行こうぜリアちゃん」
言うなり、ヴィーリルが僕の腰に手を回してこようとしたが、ジュウロウが彼の背中を蹴り飛ばすことで、それを阻止した。
「遊んでねえで、さっさと行くぞ。……リアもちょっとは拒否しろ」
「いや、まあ別に減るものでもないし、僕は特に気にしてないんだが……」
「おいおい女神かよ。それじゃあ、無事に北部を脱出したら一緒に食事でもどうだい?」
僕達のやり取りを眺めながら、ガロガロが深い溜息を一つ吐いた。
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「これはまた、随分と手酷くやられたみたいだねぇ」
「ああ、奴らを甘く見ていた。言い訳はしない。ユーグがやられたのは偶然では無かったようだな」
北部にいくつか点在する、内戦により廃墟となった村の一つ。その廃屋の中で"ヴォーデンの使徒"フェルグは、片腕を失ったフィークズルの姿を見て、困った様な微笑を浮かべた。
「流石に消し炭にされた腕の再生は難しいかな。義手でも用意しようか?安くしとくよ」
「不要だ。俺の能力は知っているだろう」
言うや否や、廃屋の片隅にあった布切れが、フィークズルの失われた片腕の部分に巻き付くと、腕の形に固定されていく。"不可視の斬撃"を腕代わりにしているのだろう様子を見て、フェルグは手を叩く。
「いやあ、やっぱり便利だねぇ君の技。――それで、この後はどうするつもりだい?彼女達を追う?」
「いや、今回は退く。奴らを確実に潰す準備が必要だ。薬物強化でようやく"不可視の障壁"を瞬間発動出来るだけの雑兵では駄目だな。もっとまともな駒を用意する」
「おお、やる気満々じゃないの。それじゃあ、意欲ある若者におじさんからサービスだ」
そう言うと、フェルグが懐から一振りの短剣を取り出し、フィークズルの頭部へと投げつける。短剣が眼球を貫く直前で、フィークズルはその短剣を指先で挟むようにして受け止めた。
「量産品のエルフ封じか……奴らとの戦いで使った時も思ったが、デッドコピーにも程があるぞ」
「貰いものにケチつけるんじゃないの。エルフの魔術を封じるのが護剣の主目的なんだから、オリジナルに付いている次元封鎖なんて再現する必要は無いだろう。……まあ、"開発部"でも再現出来なかっただけなんだが」
誤魔化すように呟くフェルグに、フィークズルは小さく鼻を鳴らすと、立ち上がって背を向ける。そんな彼の背に、フェルグは苦笑しつつ声をかける。
「まあ、頑張っておくれよ。バルヴェルさんは君に期待しているみたいだからね」
「ふん、あの人はユーグの空席を埋めたいだけだろう。言われずとも、やるべき事はやるさ」
フィークズルは会話を打ち切ると、廃屋を後にする。一人残されたフェルグは顎に手を当てて物思いに耽る。
(――しかし、これはいよいよ妙な話になってきたな。フィークズルはまだ気付いていないようだが、あのエルフ……本当に"ユグドラシル"か?先のフィークズルとの戦闘、やり方が手ぬる過ぎる)
明確な言葉には出来ない違和感に、フェルグは思考を巡らせる。
(さて、これはバルヴェルさんに伝えるべきか?それは、俺の利益に繋がるか?)
ヴォーデンは組織ではあるが、その構成員達の仲間意識は薄い。皆が皆、自分の目的や欲望を叶える為に、都合が良いから集まった逸脱者の集団に過ぎないからだ。そして、そんな組織の頂点である"ヴォーデンの使徒"達が考えるのは常に、如何にして自分が満たされるかである。
「――よし、決めた。彼は"生贄"だ」
そして、ヴォーデンの使徒"腐金を創る者"フェルグは薄っすらと笑みを浮かべて決断する。最も己の欲望を満たす選択を。




