45.斬撃・小細工・狙撃
「……その刀に黒髪。貴様、"焔守"の人間か?」
「"焔守"?何の話だってぇの、オラァッ!」
フィークズルの問い掛けに、ジュウロウは応じつつも剣閃を飛ばす。フィークズルはそれを半身で躱しつつ、背後の死角からの僕の刺突を、"不可視の斬撃"で受け止める。
「確かに。貴様の太刀筋は我流だな。"焔守"のそれでは無いな」
「"焔守"とやらが何か知らねえが、期待外れだとでも?」
「いいや、想像以上だ。貴様もエルフも。厄介だな」
言葉とは裏腹に、フィークズルは涼しげな表情で、僕とジュウロウの剣戟を躱し続ける。戦闘が始まってから寸刻。僅かな時間ではあるが、戦闘から垣間見えるフィークズルの能力を、僕とジュウロウは分析する。
「……攻撃の起点は恐らく手の先。体勢に関わらず、全方位に対応出来ている点から、剣や槍というよりは鞭――触手のようなものを操っていると考えた方が近いか」
そして、こちらの攻撃を"不可視の斬撃"で受け止めているが、奴自身に届く攻撃は、無防備に受け止めずに回避をしている。ユーグと違い、常時全方位に不可視の障壁を展開しているという訳では無さそうだ。
「――それだけに、油断がない」
本人の気質もあるのか、フィークズルにはユーグほどの"遊び"が無い。奴と違い、"不可視の斬撃"を掻い潜ればダメージを与えられるからこそ、フィークズルの身のこなしには油断が無かった。
「それじゃあ、インチキ野郎には姑息な手で攻めさせてもらうとするか?」
ジュウロウが僕へと目線を飛ばす。彼の意図を察して、僕は後方へと跳躍して、フィークズルから距離を取った。
「逃がさん」
「安心しろって。逃がさねえからよ」
ジュウロウが懐から何かを取り出すと、それをフィークズルへと投げつける。フィークズルは自分へ投擲された"何か"を"不可視の斬撃"で切り裂いた次の瞬間、凄まじい勢いでフィークズルの周囲を煙が覆った。
「おぉ、流石フェンリル特製煙玉。安物とは煙の量が違うぜ」
「……下らん。こんな目くらましで俺をどうにか出来るとでも思っているのか」
煙幕の中で、煙を引き裂くようにして"不可視の斬撃が"無軌道に振り回される。その速さと鋭さは脅威では有ったが、こちらを明確に狙っていない上に、煙の動きで斬撃の軌道が見えるならば、躱すことは難しくは無かった。
「――そして、お前はこちらの位置が分からないかもしれないが、僕達は攻撃の軌道から、お前の位置がよく分かる」
僕とジュウロウは、周囲で倒れていた黒衣の男達から、彼等が僕達の襲撃に使ったクロスボウを奪い取ると、攻撃の中心地―――フィークズルへと向かって撃ち放った。
「がぁッ!?」
「的中ってな」
「油断するなよ、ジュウロウ。彼が"ヴォーデンの使徒"と同等の力を持っているのなら、この程度の攻撃では大したダメージにはならないぞ」
煙の向こうから聞こえたフィークズルの苦悶の声。しかし、致命傷を負っても瞬時に肉体を再生させたユーグの様な前例もある。矢で貫かれた程度はダメージの内にも入らない可能性も有るだろう。
故に、僕とジュウロウは続けて次の行動に移った。
「チッ、舐めるなよ。この程度のかすり傷なんぞ……」
次の瞬間、煙幕の上部を突き抜けてフィークズルが上空へと姿を現した。恐らくは"不可視の斬撃"を地面に突き立てて伸縮させることで、空中に浮遊しているように見えているのだろう。彼が最初に僕達の前に姿を現した時も、同じような手を使ったのだろう。フィークズルは眼下を見下ろし、僕とジュウロウを薙ぎ払おうと構えた。
「―――そう来ると思っていたよ」
―――そして、その行動はフィークズルと同じく、空を飛んでいる僕の姿を見た驚愕により止まった。
「なっ……!?」
……まあ、正確には空を飛んでいるのではなく、以前の身体よりも遥かに重量が軽くなった僕を、ジュウロウが足場兼発射装置となって上空へぶん投げただけなのだが。手傷を負えば、煙を嫌ったフィークズルが上空へ退避するという読みを見事に成功させた僕の斬撃が、驚愕に動きを止めたフィークズルへと襲い掛かる。
「ハアアァァァッ!!」
「ぐ、おおおお!!」
目前に迫る白刃を、フィークズルは辛うじて"不可視の斬撃"で防ぐ。だが、その様子は明らかに集中力を欠いている。僕は"不可視の斬撃"を受けた反動を活かして、フィークズルの顔面に蹴りを叩きこんだ。
「がっ……!」
「おいおい、俺のことも忘れてんじゃねえぞ?」
頭部への衝撃に、前後不覚に陥ったフィークズルに、地上のジュウロウがクロスボウを放つ。矢はフィークズルの腹を貫いた。
「ぐあっ!こ、の程度ぉ!」
「おいおい、マジでタフだな……面倒くせえ」
フィークズルが腹部に刺さった矢を強引に引き抜くと、凄まじい勢いで傷が塞がっていく。やはり小手先の攻撃では決め手に欠けてしまうようだ。
「<岩>!」
「ぬぅッ!?」
聞きなれた声による詠唱と共に、隆起した岩盤が上空のフィークズルに襲い掛かる。フィークズルは"不可視の斬撃"で岩盤を切り裂くが、僕達に反撃する余裕は無いのか、そのまま上空を移動して距離を取った。
「ガロガロ!」
「遅れてごめんね。二人とも怪我はない?それと空飛んでるアイツは?」
「俺もリアも大きなダメージは無い。上のアイツは推定"準・ヴォーデンの使徒"クラス。視認出来ない長距離斬撃と馬鹿みてえな再生能力持ちだ」
僕達は合流したガロガロに手短に状況を説明する。敵が"ヴォーデンの使徒"クラスという発言を聞いて、ガロガロは露骨に顔をしかめた。
「ラーヴァの時といい……あんた達は厄ネタを引き寄せるのが好きみたいね……」
「知るかよ。それよりも、戻ってきたって事は北方支部の連中は無事に離脱出来たんだな?」
「ええ……とりあえず、足場は私に任せなさい」
言葉と共に、ガロガロが上空のフィークズル周辺に向けて岩盤を隆起させる。攻撃目的ではなく、僕達の足場を構築することが目的の魔術だ。
(……結界内で使用出来ないのはエルフの魔術だけか。なら、何かしらの"抜け道"を見出せば、僕も結界内で魔術を使えるのか?……いや、今はこの戦いに集中しなければ)
「ボーっとしてんなよリア!さっさとあの野郎をぶった切るぞ!」
「ああ、分かっている!」
上空のフィークズルへと続く、隆起した岩盤の道を僕とジュウロウが駆ける。無論、フィークズルも黙って見ている筈はなく、"不可視の斬撃"で足場となっている岩盤を切り刻むが、僕らは気にせず不安定な足場を駆け抜けてフィークズルへと肉薄した。
「チィッ!仲間が一人増えた程度で、この俺をやれるとでも……!」
「ハッ!そのイカサマ染みた再生能力が無ければ、とっくにくたばってるってのに粋がるなよ!」
「ヴォーデン!君達には聞かなければならない事が山ほど有るんだ。話してもらうぞ!」
「な、めるなぁっ!」
叫びと共に、フィークズルの"不可視の斬撃"が周囲を凄まじい勢いで薙ぎ払う。堪らず、僕とジュウロウは後方に跳躍して距離を取った。
「おっとぉ!勢いで押し切れる相手じゃねえか」
「流石に手強い……!これが使徒と同等の力という奴か。良い経験になったんじゃないか、ジュウロウ?」
「アイツが自分の実力をサバ読んで無ければな。……だが、これ以上相手すんのはちっとばかし難儀だな」
こちらは致命傷こそ負っていないが、小さなダメージは既にいくつも受けている上、フィークズルは脅威的な再生能力を持っている。長期戦になればなる程、こちらの状況は不利になっていくだろう。
「―――だから、ここいらで決めてくれよ。御同輩?」
ジュウロウが上空に刀を放り投げた。
突然の不可解な行動に、フィークズルが困惑と警戒の意識をこちらへ向ける。
「お前、ギャンブル下手だろ?」
「何を―――?」
―――次の瞬間、フィークズルの意識の外。遥か後方から放たれた一条の光芒が、彼の片腕を消し飛ばした。
「ギッ……!?な、何だと……ッ!?」
突然、片腕を吹き飛ばされたダメージに、フィークズルが驚愕と苦悶の声を上げるのを尻目に、ジュウロウは放り投げた刀を器用にキャッチすると告げる。
「こんな何の意味も無いハッタリに引っかかるぐらいだ。読み合いが必要な博打は止めといた方が良いぜ?」
「ジュウロウ、畳み掛けるぞ!」
「おうよ!」
ガロガロが連れてきてくれた増援―――フェンリルの戦士からの援護を受けた僕達は、千載一遇の好機とばかりにフィークズルへトドメを刺そうと駆け出す。それと同時に周囲の景色が色を取り戻した。
「これは……エルフ封じの結界が解けた?」
「……潮時か。ここは退くが、次は必ず仕留める」
「逃がすかっ!―――って、速ぁっ!?」
形勢が不利と判断するや否や、"不可視の斬撃"を利用した高速機動でフィークズルが後方へと離れていく。その間もフェンリルの戦士からの援護である光線と、僕の魔力弾がフィークズルを狙うが、奴はその全てを回避、或いは"不可視の斬撃"で弾くと、瞬く間に視界から消えてしまった。
「……クソッ、逃がしたか」
「あの感じだと、また近い内に会うことになりそうだがな」
僕とジュウロウはお互いに溜息を一つ吐くと、ガロガロと彼女が連れてきたフェンリルの戦士に視線を向ける。
「とりあえずは、初弾で野郎の頭を消し飛ばさなかったヘッポコ狙撃手に挨拶でもしておくか」
「仕留めきれなかったのはお互い様だろう。……それに、フィークズルに知覚されない距離から、あの精度で超威力の狙撃が出来るんだ。相当な腕利きだぞ」
僕とジュウロウは気を引き締め直すと、ガロガロ達の下へと歩き出した。




