43.ハニトラ要員リアちゃん
大陸北部――先の内戦が終結し戦火は消えたものの、未だに内戦の傷跡が色濃く残る大地にて。
大半の人間が疲れ果て、俯いている都市の中で、その陰気な空気にそぐわない絢爛な屋敷が一つ。地元のマフィアが所有するその邸宅の中では、日夜盛大なパーティーが催されていた。
「よう兄弟。楽しんでるか?」
「ああ、それなりにな」
振舞われる酒に、僅かに頬を上気させたマフィアの男が、たまたま前を通りがかった男に気分よく声をかけた。声をかけられた黒髪の男は、手に持ったグラスを軽く傾けると、豪勢なパーティーの様子を眺めてから、マフィアの男に問いかける。
「しかし、景気の良いことだな。外ではようやく内戦が終わって、通りを歩いている奴はどいつも青息吐息だってのに」
「その内戦のおかげでこっちは稼がせて貰ったからな。現政権と反体制派の両方に上手い具合に取り入って、両方の情報を右から左に流す簡単な仕事で馬鹿みたいに稼がせてもらったよ」
「そりゃ随分と都合よくいったもんだな。誰かに手伝ってもらったのかい?」
「さてな。内戦中に幹部に接近してきた余所者が居るって話は聞いたが……詳しい事は知らん」
「そうかい」
素っ気なく返事を返す黒髪の男に、マフィアの男は僅かに顔をしかめるが、その表情は背中に感じる柔らかな感触ですぐに弛緩した。
「あら、面白そうな話をしてるじゃないの?」
「おっと、レディに聞かせるには些か生臭い話かと思ったが、興味が有るのかい?」
「ええ、すごく。私、危なそうな話って大好きなの」
マフィアの男の背に、浅黒い肌をした妙齢の美女がしな垂れかかる。確か、目の前の黒髪の男の連れだった筈。肩越しに感じる豊満な肉体の感触に気を良くした男は、酒精の高揚感も手伝って知っている情報を気前良く吐き出した。もっとも、彼が知っている程度の情報ではファミリーは揺るがないという意識が有るからこその気の緩みであり、話せる内容も殆どが噂話の域を出なかったのだが。
「こちらのファミリーが内戦中に大儲けしたのは分かったけど、その内戦も終わったのに、こんなに派手に遊んでて財布は大丈夫なの?」
「ああ、それなら問題無いさ。新しく始めた商売で太い客が付いてね。俺みたいな中間管理職にもタダ飯を振舞える程度には景気が良いのさ」
「あら、新しい商売って?」
「流石にそれは話せないな。もっとも、ベッドの上だったら口が軽くなるかも?」
マフィアが始めた新しい商売――内戦後の治安悪化に乗じた違法奴隷の取引について、迂闊に話す程に酔いは回っていない。男が口を割らないと見ると、女は残念そうな表情を浮かべて男の背から離れた。
「あら、それは残念。時間が有れば貴方と一戦交えるのも良かったのだけど……生憎、予定が詰まってるの」
「時間だ。行くぞ、ガロガロ」
「ええ、分かったわ」
黒髪の男に促されて、女はマフィアの男に妖艶な流し目を送ると、その場を去っていった。
「――ジュウロウ、迂闊に人前で名前を呼ぶのは止めなさい。誰が聞いているか分からないのだから」
「そいつは失礼。でも、どうせ偽名だろ"ガロガロ"?」
「偽名を一つ用意するのにも、それなりに大変なのよ。偽造書類一つ用意するのに掛かる金額を考えなさい」
周囲に届かない程度の声量で男と女――ジュウロウとガロガロは会話しつつ、屋敷の庭へと足を進める。屋内程では無いが、それなりの人数のマフィアとその客達が軽食やグラスを片手に歓談している中を縫って、周囲から死角となっている敷地の片隅――合流地点へと二人は辿り着く。
「――さて、首尾は上々みたいね。リアちゃん」
「………………ガロガロか」
ガロガロの言葉に、物陰から一人の少女が姿を現す。
腰まで届く金髪を靡かせ、大胆に背中の開いた漆黒のドレスを纏った、輝くような美貌の少女――リアの背後には、縄で縛られて気を失っている一人の男が居た。
「うん、間違いないわね。そいつがヴォーデンと繋がって奴隷売買の取引を行っていた幹部よ。お手柄ね、リアちゃん」
ガロガロが縛られた男の顔を確認して、満足そうに頷く。しかし、それに反してリアの顔は苦虫を嚙み潰したような表情であった。
「………………ない」
「……ん?何か言った?」
何やら小さく呟いたリアに、ガロガロが少女へ聞き返す。すると、リアは抑え込んでいたものが破裂するように、ガロガロとジュウロウに向かって声を荒げて告げた。
「……僕はハニトラ要員じゃないっ!」
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「……僕はハニトラ要員じゃないっ!」
周囲のマフィアに声が聞こえるような叫びを上げることは流石にしなかったが、それでも腹に据えかねていたものを抑えきれず、僕は目の前のガロガロとジュウロウに苦言を呈してしまう。そんな僕の言葉に、ガロガロは困った様な微笑みを浮かべながら、縛られたマフィア幹部を指差す。
「そう言われてもねえ……こいつの趣味がロリコンだったから、私じゃあ守備範囲外だったのよ」
「ロッ……!だ、誰がロリだって!?」
「いや、ガロガロに比べたら、まあロリ寄りだろ」
「ちょっと、黙っててくれジュウロウ!」
ヴォーデンと違法奴隷の取引を行っているマフィア幹部の確保。その任務自体は別に良い。戦火に見舞われ、更に奴隷として無辜の人々が拉致されるなど、例え王国の民でなくとも見過ごす訳にはいかない。
……しかし、その為に僕が色仕掛けで、マフィア幹部に接触するというのは一体どういう判断なのだ。ラーヴァでのヤハクの時といい、いくらなんでも僕が一肌二肌脱ぐ展開が多すぎる。
「こっちだって少し複雑な気持ちなのよ?私がいくら接触しても、うんともすんとも言わなかった男が、リアちゃんを見た途端に目の色変えちゃうんだもの。美しさって罪よねえ……」
「もういいです……さっさと撤収しましょう。この男が、その、僕を部屋に連れ込む時に、しばらく部屋には誰も近づけるなと部下達に言っていましたから、発覚するまで時間はかかるとは思いますが、ゆっくりすることも無いでしょう」
僕は疲れ切った顔で、ガロガロとジュウロウに屋敷からの撤収を促す。すると、ジュウロウが彼にしては珍しい、優しげな微笑みを浮かべて僕を労ってきた。
「……リア、大変だったな。だが、お前のおかげで俺達は無事に作戦を遂行出来たんだ。そこは誇ってもいいんじゃないか?」
「ジュウロウ……」
「それで、この男にどこまでサレたんだ?」
「なんにもサレとらんわっ!!」




