42.幕間:リアちゃんのファッション事情
番外編です。
時系列的には、リアとジュウロウの二人が、フェンリルに入隊した辺りを想定しています。
時間軸がフワッとしているので、ドラ〇ンボールの映画みたいな感じで矛盾が有っても、適当に脳内補完してください。
「……ちょっと待て、リア。どう考えても、お前はそっちじゃねえだろ」
「……逆に聞くが、ジュウロウは僕がこっちに入ることに疑問を感じないのか?」
フェンリル自由都市支部の地下施設にて。
トレーニングを終えた僕とジュウロウは、汗を流す為に、支部内のシャワールームへと入ろうとしたのだが……
「言ってる事は分からなくはないが、お前のガワを考えたら、そっちのシャワールームに入るのは不味いだろ」
「……これでも僕は男だ。フェンリル内部でも、事情を知っている人間が限られているとはいえ、こっちのシャワールームを使うのは、後々の事を考えると気まずいのは分かるだろう、ジュウロウ」
中身は男性、外側は女性の自分が、こういった設備を利用する場合は、どちらを選択するのが正しいのか。廊下でそんな事をジュウロウと議論していると、通路の向こうからスーツを着こなした妙齢の美女――レイズさんが僕達の前へと歩いてきた。
「二人ともこんな所で一体どうした?何か問題でも有ったのか?」
「あー、いや、大した話じゃないんだが……」
ジュウロウはバツが悪そうに頭を掻きながら、レイズさんに経緯を説明した。
「ふむ、成程。話は理解した。だが、何も悩む必要は無かろう。君はこっちだ」
そう告げると、レイズさんは女性用のシャワールームを指差した。
「見た目が女性の人間が男性用の設備を使うのと、女性用の設備を使うのでは、どちらが問題かなど考えるまでも無いだろう?」
「いえ、それはその通りなんですが……」
「煮え切らん奴だな。性差による羞恥心なんて、元軍人ならば気にすることでもなかろう」
「任務で必要ならばそういう事もあります。ですが、そうでない状況ならば男女の領分は弁えるべきでしょう?」
「弁えるというならば、それこそ周囲の男性の心情も考えてやれ。もしも、君とジュウロウが逆の立場だったなら、見目麗しい少女の姿をした親友が、男に素肌を晒すような行いを推奨したか?」
「うぐっ……」
丁寧に逃げ道を潰された僕が思わず唸ると、レイズさんが僕の肩をガッと掴んだ。
「丁度良い。私もシャワーを浴びるところだ。君も付き合え」
「は?えっ、ちょ、レイズさん?」
「今後も似た様な状況なんていくらでも有るんだ。その度に君が躊躇していたら、周囲から要らぬ疑心を向けられるだろう。私で少し慣れておけ」
「いや、待っ!ジュ、ジュウロウ!助け……!」
「そんじゃ、また後でなー」
「ジュウロウーーッ!?」
叫びも虚しく、僕はレイズさんに引き摺られるように、女性用のシャワールームへと放り込まれるのだった。
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「やれやれ、女性の肌を見るのが初めてという訳でもなかろうに。少し気にし過ぎではないか?」
「……レイズさんは少しは気にしてください」
タイムを競うように、高速でシャワーを済ませた僕は、下着姿で仁王立ちしているレイズさんから目を逸らしつつ、自身も肌着を身に付けようとする。
「………………」
「……あの、レイズさん。あまり凝視されると、非常に居心地が悪いのですが」
「そんな事はどうでもいい。リア、なんだその下着は?」
「どうでも良くはないですが、何かおかしな所でも?」
言いながら、僕は室内に設置されている姿見で、自身の様子を確認する。
染み一つ無い透き通るような白い肌を、丈の短いシャツの様な飾り気が一切無い胸当てと、これまた装飾の一切無いショートパンツの様な下履きが包んでいた。
「何だその実用性以外の総てを投げ捨てたような下着は。私が贈った下着はどうした?」
「……トレーニングをするのに、何故フリルやリボンで花束みたいになっている下着を付ける必要が?」
……まあ、そうでなくともレイズさんから贈られた美術品みたいな下着を付ける予定は無いのだが。そんな僕の内心を見透かしたのか、レイズさんがガッと僕の細い肩を掴んできた。
「リア、何か誤解しているようだが、私は何も趣味だけで君にドレスや下着を贈っている訳ではない」
「あ、やっぱり趣味も有ったんですね」
「非公式の軍事組織というフェンリルの性質上、君達には諜報員としての性質を含んだ任務に従事してもらう事もある。腕っぷしだけの暴力装置を我々は必要としていない」
お互いに下着姿のまま、唐突に始まった真面目な話に、僕はやや困惑しつつも頷くと、レイズさんに話の続きを促す。
「故にだ。リアのような見目麗しい少女が、その美貌に不似合いな男のような野暮ったい服装や下着を身に着けていては、周囲や任務の対象から不審に思われてしまいかねん。つまり任務に支障をきたす可能性があるという訳だ」
「まあ、分からない話では無いですが……」
レイズさんの理屈に僕が頷くと、彼女はシャワールームのロッカーから色とりどりの華美な下着を並べだした。
「――という訳で、良い機会だ。こういった下着にも慣れておけ。どれが良い?」
「なんで僕の下着がシャワールームに常備してあるのか聞いてもいいでしょうか?」
レイズさんは僕の言葉を無視して、ピンク色の可愛らしい下着のセットを僕に差し出した。
「ちなみに、フゥリィに調べさせたが、ジュウロウはこういう下着が趣味らしい。どうだ?」
「……その発言に僕はどうコメントしろと?」
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「――で、一体何が有ったらそうなるんだ?」
「……フェンリルのエージェントとして必要な事だったんだ。……多分」
トレーニング時のシンプルな服装から打って変わって、水色の清楚なドレスワンピースを着込んで、シャワールームから出てきた僕を、ジュウロウが怪訝な表情で見つめる。彼の可哀想な生き物を見るような視線に耐えられず、僕は身を小さくしていると、隣のレイズさんが自慢するように、ジュウロウに告げる。
「どうだ。似合っていると思わないか?」
「なんでアンタが自慢げなんだよ……まあ、似合ってはいるんじゃねえの?」
「そうだろうそうだろう。しかも下着はお前好みのピンクの可愛い奴だ」
ジュウロウは吹き出した。




