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38.リアママ

 



 陽射しも届かない鬱蒼と茂った森林の中で、一人の男―――フェンリルの"元"戦士であるベイトは馬を駆けさせながら思案に耽る。



「さて、これからどうしたものか…………む」

「やあ、ベイト君。お疲れ様」



 待ち伏せていたかのように、前方に現れた男にベイトは僅かに顔をしかめる。彼の前に立ちふさがったのは、ベイトとジョブに買収を持ち掛けたヴォーデンの男―――"改革派"と呼ばれる派閥のフェルグと名乗る男だった。



「あんたの事だ。俺が記憶結晶の回収に失敗したのは既にご存知なんだろう?」

「そうだね。ジョブ君が一緒でない所を見ると、彼はフェンリルに捕まったかな?まあ、こちらの情報は大して渡していないから別に構わんがね。君だけでも脱出出来て良かったよ」

「―――で、仕事をトチった俺は消されるのかい?」



 片腕が使えない状況で、ヴォーデンの使徒を相手に逃げ切れるかは分からないが、無抵抗で死ぬつもりもない。そんなベイトの空気を察したのか、フェルグは犯罪組織の幹部とは思えない晴れやかさで、破顔してベイトに声をかける。



「おいおい、『失態には死を』なんて今時流行らないぞ?我々は合理的な組織だ。フェンリルの元エージェントなんて有能な人材を、一回の失敗で切り捨てるほど凝り固まった組織ではないとも。それに、記憶結晶が無くても君には色々と使い道がある。まずは我々の下で傷を治療するといい。後のことはそれから話そう」



 ベイトに背を向けて歩き出したフェルグに、ベイトが疑問を投げかける。



「撤退するのか?今、研究所は混乱している。アンタが乗り込めば簡単に制圧出来るだろう」

「流石にフェンリルもそこまで無策ではないさ。詳しく話すと長くなるが、あそこも"使徒対策"がされている。だから、ベイト君達に内部から切り崩して欲しかったんだが……まあ、いいさ。今回は大人しく引き下がろう」

「……ま、アンタがそう言うなら構わないさ。指示に従うよ」

「素直で助かるよ。改めて、ようこそヴォーデンへ。歓迎するよベイト君」



 話がまとまると、二人の男は闇の中へと姿を消していった。




 **********




「―――以上が今回の顛末です」



 フェンリルの自由都市支部にて、レイズがフゥリィの報告を受けて、頭痛を堪えるように眉間に指を当てる。



「……ご苦労だったフゥリィ。裏切り者をよこした東部の連中は、私がキッチリと締め上げておく。傷の具合はどうだ?」

療術師(ヒーラー)のおかげで、もう殆ど完治していますよ。まあ流石に飛んだり跳ねたりする仕事はしばらくご遠慮願いたいですが」

「そうか……無事で良かった」

「おや、随分とお優しい。何かありましたか部長?」

「茶化すな。右腕が死んでもおかしくなかったんだ。私だって安堵ぐらいするさ」



 レイズはそこで言葉を切ると、ティーカップを傾けて唇を湿らせる。少しばかり間を開けてから、フゥリィに再び問いを投げかける。



「……鼠はまだ居ると思うか?」

「居るでしょうねえ。良くも悪くも我々は反ヴォーデンの最大勢力です。組織が大きければ、どれだけ上手くやっていても綻びは出るでしょう。まあ、今回の件でこれだけの騒ぎを起こしたんです。他の鼠はしばらくは大人しくしているでしょう」

「そうだな……とりあえず、現第三支部は破棄、移転だな。スノウ達は移転先が整うまで、第二支部にでも預けておくか」



 今回の騒動で生き残った、研究機関第三支部に所属するスタッフ達の書類を眺めつつ、レイズはふと思い出したようにフゥリィに尋ねた。



「そういえば、記憶結晶―――いや、"例の少女"の様子は?」

「ああ、彼女ならリアさんとジュウロウさんによく懐いていますよ。幻視のイヤリングの予備が有って助かりましたねえ」

「記憶結晶から生まれた新たなエルフ、か……」



 レイズは呟きながら、第三支部からリア達が連れ帰ってきた、黒髪の少女の処遇について思考を巡らせる。



「出来る事なら、施設内で万全の態勢で保護をしておきたい所だが……」

「まあ、無理でしょうね。リアさん達から彼女を引き剥がそうとした時の惨状は覚えているでしょう?小さくてもエルフですよ彼女は」



 身体検査や質疑の為に、黒髪の少女をリア達から引き取ろうとした時は酷い事になった。泣き喚くついでとばかりに、エルフ特有の膨大な魔力を暴走させた彼女のおかげで、危うく自由都市支部は壊滅するところだったのだ。リアとジュウロウが少女を宥めることで、最悪の事態は無事に回避出来たのだが、二人からエルフを引き取るにしても可能になるのは当分先の事になるだろう。



「……なあ、フゥリィ。実は薄々考えていたのだが、もしやあの二人ってとんでもないトラブルメーカーではなかろうか?」

「おや、今頃お気づきで?」



 フゥリィの言葉に、レイズは渋面を浮かべつつ、ティーカップの中身を一息に飲み干した。




 **********




「リアちゃん、まだ上がらないの?」

「ストラ先輩。ええ、あとはこの帳簿をまとめたら終わりなんで、そこだけ仕上げたら上がろうかと」



 自由都市の冒険者ギルドにて、事務室で業務に取り組んでいた(リア)の手元を、同じくギルド職員のストラ先輩が覗き込んできた。



「ふむふむ、あとちょっとじゃない。これなら残りは私が引き継ぐから、リアちゃんはもう帰っていいわよ」

「いえ、先輩にそんな仕事を押し付けるなんて……」

「いーのいーの、リアちゃんには私の仕事もよく手伝ってもらってるし、早くノルンちゃん(・・・・・・)を迎えに行ってあげなさいな」

「それは……はい、すいません。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

「うん、ジュウロウ君にもよろしくね~」



 若干の心苦しさと、感謝の念を伝えつつ、僕は事務室を後にすると、上階―――ギルドマスター室の扉をノックする。



「失礼します」

「おう、入れ」



 短い入室許可の返事に、僕はお辞儀をしつつギルドマスターの部屋へと足を踏み入れる。すると、部屋の隅にちょこんと座って本を読んでいた黒髪の少女―――記憶結晶から生まれたエルフである"ノルン"がぱぁっと笑顔を浮かべて、僕の足元に抱き着いてきた。



「ママっ!」

「マッ…………まあ、いいか……ノルン、良い子にしてたかい?」

「うん!」



 僕はノルンの頭を優しく撫でつつ、ギルドマスターに感謝を告げる。



「すいません。いつもノルンを預かってもらって……」

「気にするな。レイズから事情は聞いている。それにノルンだって大人しくて良い子だしな」



 どういう訳か、僕を母親と慕ってくるこのエルフの少女は、僕と引き離されそうになると、エルフの持つ膨大な魔力を暴走させて手あたり次第に破壊行為を行いかねないのだ。本来ならばフェンリルの施設内で安全に保護をしたい所なのだが、肝心の保護施設を崩壊させてしまっては元も子もない。レイズさん達と悩んだ末に捻りだした応急措置が、僕とジュウロウで彼女を保護するという結論だった。



「ママ、あのね、おじ様から飴を貰ったの」

「そう、良かったですね。ちゃんとお礼は言いましたか?」

「うんっ!」

「マスター、本当にすいません。その、ご迷惑だったら言ってくださいね?レイズさんと他の方法を考えますから」

「む……いや、まあ気にするな。俺もノルンの事は嫌いじゃないからな」

「おじ様、またねー」

「……ああ」



 照れ臭そうにノルンに手を振るマスターに、意外な一面を見出しつつ僕はノルンと手を繋いでギルドを後にする。



「それじゃあ、外でトレーニングをしているジュウロウを迎えに行ってから、一緒に夕食の買い出しをしようか」

「うん!パパとお買い物する!」

「………………ノルン。その、僕の事を"ママ"と呼ぶのは百歩譲って諦めよう。だけど、ジュウロウの事を"パパ"と呼ぶのだけは何とかならないだろうか?」

「えっ、でも、ジュウロウはパパだもん……ジュウロウ、パパじゃないの……?」

「う゛っ………………」



 僕の顔を見つめて、ウルウルと瞳を滲ませるノルンの姿に、僕は凄まじい罪悪感に苛まれた。




「………………パパデス」



 すまない、ジュウロウ。聖騎士は無垢な少女の涙に弱いのだ。




次回更新は10/18の17:00頃予定です。

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