34.支部長スノウ
「―――ええと、つまり貴女は僕が研究所に来るのが楽しみすぎて、徹夜で入口待機していたら、眠気で気絶していたと?」
「まあ、大体そんな感じ。何はともあれ、フェンリル研究機関第三支部へようこそ。私はここの支部長をやってるスノウよ。よろしくね、リアちゃんとそのオマケの方々」
僕はそんなスノウさんの挨拶に、曖昧な笑みを浮かべて応じていると、ジュウロウが渋面を浮かべてフゥリィに質問する。
「……レイズといい、フェンリルの上層部にはこんな奴しか居ねえのか?」
「それは流石にレイズ部長に失礼ですよ。まあ、スノウさんが変人だという点は否定しませんが」
「その発言は、スノウさんに失礼なのでは?」
どうやらスノウさんの奇行は日常茶飯事らしく、支部長が入口で爆睡してようが、他の研究所スタッフは大して気にしていないようだった。まあ、変に注目を集めないで済むのは、こちらとしてはありがたいのだが……
「レイズさんから、記憶結晶の解析に僕の協力が必要だと伺いましたが」
「ええ、そうなの。着いて早々で悪いけど、一緒に来てもらえるかしら?」
「俺とフゥリィも付いて行って問題ないか?」
「ご自由にどうぞ~。私はリアちゃんさえ居れば、後はどうでもいいから」
「こいつは……」
眉間に皺を寄せるジュウロウを宥めつつ、僕はスノウさんに先導されて研究所の通路を進む。進むのだが……
「……あの、スノウさん。歩き難いので少し離れて貰えると」
「はぁ~~……顔面が天才。人族とは造形レベルが違うわぁ……」
スノウさんが僕の腕に、自分の匂いを付けるように全身を絡めてくる。ダブついた白衣に隠された意外と豊満な感触に、僕は気まずさを感じつつ、彼女に確認する。
「……おほん。あの、スノウさんはレイズさんから既に聞いていると思いますが、僕はこれでも一応男なんですが」
「ん、知ってるけど?今、何か関係あるのソレ?」
「……女性が初対面の男性に、あまり過度な触れ合いをするべきでは無いかと」
「やだ、超紳士。ちょっと仮眠室で休憩しない?1時間……いや、2時間だけ」
「おい、フゥリィ。この女は殴っても大丈夫な奴か?」
「直接危害を加えようとしてくるまでは我慢してください。あれでも一応ここのトップなので」
ジュウロウが、やや険悪な空気を醸し出しつつも、僕達は記憶結晶が保管されている部屋へと辿り着いた。
「この宝石―――記憶結晶からは常に微弱な魔力が発せられているの」
部屋の中央で、見たことも無い器具に囲まれた真紅の宝石を、スノウさんは手に取ると話を続けた。
「"魔力"とは何か?様々な見解が有るけど、極限まで分解していくと"振動"であるというのが私の持論。生体が持つ固有の振動が大気中で微弱な振動を発している"魔力"と呼称される何かに干渉することで、炎や氷の生成、あるいはもっと超自然的な現象を引き起こすというのが魔術の本質であり―――」
「スノウさん。すいませんが、結論だけ話してもらって良いですか?」
話が長くなりそうな空気を察したのか、フゥリィがスノウさんに「要点だけ話せ」と促した。正直助かる。スノウさんは若干不服そうな表情を浮かべるも、フゥリィの提案を受け入れる。
「む、じゃあ結論だけ。この記憶結晶は、人間の手では何をしても干渉が出来ないという事。そこでエルフ固有の魔力を持つリアちゃんなら、何かしらの反応を引き出す事が出来ると思って、今回は研究所に来てもらったという訳」
「話は分かりましたが、以前に僕が記憶結晶を手に取った時は、何も起こらなかったですよ?」
ラーヴァでユグドラシルから記憶結晶を受け取った時の事を思い出して話すが、スノウさんは首を横に振る。
「その時、リアちゃんは記憶結晶に魔力を流し込んだかしら?」
「む、それはしていませんが……ですが、記憶結晶を僕に譲渡したエルフは、エルフならば特別な手続きを踏まなくとも、記憶結晶を作動させる事が出来るような口ぶりでしたが……」
「ふむ、君が純粋なエルフではない事が要因の一つかな……?でも、君がコレに魔力を流し込めば、何かしらの反応が有る可能性は高いと私は考えているわ」
「その根拠は?」
「以前、君達がこの周辺で魔術の訓練をしていたのは聞いているわ。恐らく、君が魔術を発動したタイミングかしら……それまで何も反応を示さなかった記憶結晶が、微弱ながら反応を示していたのよ」
「あの時か……」
以前にジュウロウを連れて、この地で魔術訓練をした事を思い出す。あの時は自分の限界を探る為に、かなり限界まで魔力を振り絞っていた。その余波がこの場所にまで届いていたという事だろうか。
「分かりました。それじゃあ早速始めましょう。記憶結晶に魔力を流し込めばいいんですね?」
「あ、始める前に服を全部脱いでくれるかしら?」
「………………は?」
突然、スノウさんから全裸を命じられた。
「フゥリィ、これは有罪判定でいいよな?」
「まあまあジュウロウさん。一応弁解ぐらいは聞いてあげましょうよ」
「落ち着けジュウロウ……えーっと、スノウさん。一応、理由を聞いてもいいでしょうか?流石に突然全裸になれと言われて『はい、分かりました』という訳には……」
僕の言葉に、スノウさんは「そんな事も分からないのか」と言わんばかりのキョトンとした顔で応じる。
「ん?さっき魔力は"振動"だという話はしたわよね?余計な装飾が有ると、振動にノイズが混じって正確なデータが取れなくなるわ。純粋なエルフじゃないリアちゃんなら尚の事、ノイズは極限まで少なくした方がいいの。―――だから脱いで」
「………………まあ、一応理屈は分かりました」
元々、僕は魔術や魔力に関する事は専門外だ。専門家が理屈を付けて説明したなら、それに従わざるを得ない。
僕は渋面を浮かべながら、ジュウロウとフゥリィを退室させると、溜息と共に衣服を脱ぎ始めた。
「……下着もですか?」
「下着もよ」
スノウさんはデータの確認の為と言って、室内に居残る。……僕の裸体を見つめる視線に、やや邪なものを感じるのは、僕の気のせいであってほしいと願うばかりである。
次回更新は10/9の12:00頃予定です。




