32.魔術訓練
「君の魔術の訓練が出来る場所、か」
「はい。何処か心当たりは無いでしょうか?レイズさん」
フェンリルの執務室にて、定期報告に訪れていた僕はそんな事をレイズさんに尋ねていた。
訝しむレイズさんに、僕はラーヴァでの巨人討伐の際に陥った、身体の制御を奪われるような奇妙な感覚について説明をした。
「今後も任務の中で、最大出力での魔術を行使しなければいけない場面は出てくると思います。なので今の内に身体を慣らしておきたいのですが……何せ牽制程度の出力でも石壁に穴を開ける威力なので、全力での訓練となると迂闊な場所では試せないので……」
「なるほど……分かった。私の方で幾つかそういった場所に心当たりが有る。準備に多少の時間が掛かるから、後日に改めて此方から連絡をしよう」
予想外にすんなりと進んだ話に、僕はレイズさんにお礼を言うと、執務室を後にする。
「……今度は不覚は取らない。何としても、この力を使いこなしてみせる」
ラーヴァでの巨人討伐で、自分が魔術を使いこなせなかったばかりに、ジュウロウを危険な目に遭わせた事を思い出した僕は、己の不甲斐なさに歯を食いしばった。
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「すまない、ジュウロウ。君まで付き合わせてしまって」
「別に構わねえよ。今は冒険者の仕事も殆どねえし、訓練するなら何処でやっても一緒だからな」
レイズさんに魔術訓練の件を打診してから数日後。僕とジュウロウは自由都市から馬車で数時間ほど揺られていた。
「ジュウロウさん、リアさん。着きましたよ~」
御者席で手綱を握るフゥリィの声に、僕は前方の景色に視線を向ける。辿り着いた場所はフェンリルの私有地であるという、森に囲まれた湖だった。
「周辺には農村もありませんし、人払いと迷彩の結界も張られているので、多少派手に暴れても問題ありませんよ。思う存分にどうぞ」
「そりゃあ結構だが、フェンリルは何でこんなもんを所有してるんだ?」
「フェンリルのエージェントの中には、こういう場所じゃないと訓練出来ないような火力過多な方が、リアさん以外にも居るということです。まあ彼等には機会が有れば会う事もあるでしょう」
ジュウロウの疑問に答えつつ、フゥリィは再び馬を走らせようとする。
「ん?お前は何処行くんだ?」
「私は別件で用事がありまして。まあ、この場所がキチンとメンテナンスされているかの確認のようなものです。夕暮れ前には戻ってきますのでご心配なく。では~」
そう言うと、フゥリィは森の奥へと馬車を走らせていった。……誤射とか大丈夫なんだろうか。まあ、事前に僕の魔術訓練が目的だと伝えているし、流石にその辺りは向こうも対策済みだとは思うが……
「そんじゃ、俺は勝手にそこら辺でトレーニングしてるから、リアも好きにやりな。何か協力して欲しい事が有ったら声を掛けてくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
さて……。僕はジュウロウに背を向けると、正面の湖に向かって手をかざす。
まずは、大して魔力を籠めていない牽制の魔力弾。手のひら程度の大きさの光弾を、数十発程度連射をしてみたが、これは特に身体に影響は感じなかった。
「すぅ―――」
深く息を吸い込み、精神を集中させる。体内の熱が手のひらに集まるような感覚と共に、自身の体躯を越えるような巨大な光弾が生成される。ラーヴァの巨人相手に使った魔力弾はこのぐらいだったか。しかし、僕はそこで魔力弾を放たずに更に魔力を籠めて光弾を巨大化させる。
「―――ふっ、くぅっ!」
―――来た。例の感覚だ。
意識が飛びそうになる程の快感と強烈な脱力感に、膝がガクガクと震えだす。僕は魔力が暴発する前に、慌てて光弾を散逸させると、その場に座り込んだ。
「ぐっ……はぁっ、はぁっ……」
「おいっ!大丈夫か!?」
「あ、ああ……大丈、夫……」
息も絶え絶えな僕の様子に、ジュウロウが慌てて此方へ駆け寄って来る。
「本当に大丈夫なのかよ。顔が真っ赤になってるぞ。少し休んだ方が―――」
ジュウロウが眉間に皺を寄せて、気遣わしげに僕の背中を摩ろうとしたのだが―――
「―――んぎゅっ!?」
「おわっ!?な、ど、どうしたっ!?」
「あっ、かはっ……!?ジュ、ジュウロウ。さ、触る、な……!」
「は?お、おう。わ、分かった……」
ジュウロウに触れられた部分から、失神しそうな程の快感が走る。何なんだこれは?巨人との戦いでジュウロウに触れられた時は、こんな状態にはならなかった筈だが……。僕は飛びそうになる意識を何とか繋ぎとめて、彼に僕から離れるように促す。
「はぁー、はぁー……」
「……落ち着いたか?」
「……ああ、すまない。もう大丈夫だ」
どうにか呼吸を整えると、僕は先程の状況を分析する。
ラーヴァでの状況も含めて考えると、身体から一定以上の魔力が抜けると、先ほどの様な状態になるのか?……ならば、そのラインは何処だ?回復するまでに掛かる時間は?調べなければいけない事は山ほど有るようだ。
僕がそんな思考を巡らせていると、ジュウロウが何やら申し訳なさそうな顔をしていた。どうしたのだろうか?
「……悪かった。痛むか?」
「……ん?何の話だい?」
「いや、お前がどんな状態だったのか詳しくは知らないが、俺が触った所が痛んだんじゃないのか?」
「あ~……いや、それは……」
……成程。外からはそういう風に見えているのか。
不安げな顔をしたジュウロウに、僕はしどろもどろになって答える。
「い、いや、痛む訳じゃないんだ。むしろ逆というか、少し感覚が敏感になっていたというかだな……」
「……あ?悪いが、もうちょい分かりやすく言ってくれ。……これでも一応お前の相棒だからな。ちゃんと把握してないと、ラーヴァの時みたいにカバーに回る事も出来なくなる」
「うぐっ……」
確かに。
ここで変に誤魔化して、いざという時に認識の齟齬から大事に至っては目も当てられない。……だから、これは必要な事なのだ。僕は己を無理やり言い包めると、ジュウロウに分かりやすく真実を伝える。
「………………その、気持ちよかったんだ」
「……は?」
「……だ、だからっ!君に触られた所が凄く気持ちよかったんだ!変な意味でっ!どうやら、この身体は魔力を一定以上消耗すると、感覚がそういった方面に鋭敏になるらしい!そういう訳なので、今後似た様な事態になった場合はジュウロウにも出来るだけ配慮して貰えると助かるので、よろしくお願いしますっ!!」
「………………」
僕の怒涛の早口に、ジュウロウがぽかんと口を開けて固まった。少しして意味が理解出来たのか、ジュウロウが何とも言えないような表情を浮かべて、僕に尋ねた。
「……つまり、なんだ。さっきのは俺に触れられてよがっていたって事か?」
「配慮ォッ!!!」
ジュウロウのあんまりな言い方に、僕は思わず魔術の訓練を放棄して、彼に殴りかかってしまった。
次回更新は10/5の12:00頃予定です。




