31.宣誓
「―――うげっ!?」
「ぐぐ……ち、畜生……」
踊る水竜亭の床に、覆面を引っぺがされた強盗達が転がされる。
「……まあ、こんな所だろう。後は任せてもいいかフゥリィ?」
「はい、適当にギルドと口裏を合わせておくので、皆さんは巻き込まれない内に移動をお願いします」
ジュウロウは手際よく強盗達をロープで縛りつけると、後処理をフゥリィに任せてその場を後にする。
「そんじゃ、面倒なことになる前に行くぞ。リア、ノイマン」
「あ、ああ……ノイマン君、すまないが一緒に来てくれるかい?」
「は……はい。分かりました」
騒然とする店内を、三人―――ジュウロウ、リア、ノイマンが混乱に乗じてひっそりと抜け出す。
「―――それで、ジュウロウ。何で君はフゥリィとあんな所に居たんだ?」
ある程度、踊る水竜亭から離れた所で、僕はジュウロウに疑問を投げかける。
踊る水竜亭を襲撃した強盗達は、何故かその場に居たジュウロウによって、アッサリと返り討ちに遭い、瞬く間に鎮圧されてしまったのだ。その中で店内に居た一般人とノイマン君を守る為に、僕も少しばかり大立ち回りをしてしまった為、衆目を避けるのとノイマン君への口止めをする為にこうして三人で踊る水竜亭を抜け出したのだが―――
「あ~……それはだな……」
ジュウロウが言い難そうに言葉を濁しながらノイマン君に視線を向ける。……もしやフェンリルの機密に関する理由なのだろうか?それならば、ノイマン君が居るこの場で話す訳にはいかないか。僕は溜息を一つ吐くと、隣で困惑している様子のノイマン君に向き直る。
「ノイマン君。急な話で申し訳ないが、今夜のことは内密にしてくれないか?」
「えっ?それはどういう……」
「……詳しい事情は離せないが、僕は理由有ってあまり目立つ訳にはいかないんだ。だから、その……君の前で少しばかり暴れてしまった事は、あまり他人に話さないで欲しいんだ。……駄目だろうか?」
僕は懇願するように彼の顔を覗き込む。すると彼は「そんなことか」と言うように快諾してくれた。
「ええ、分かりました。そういうことなら詳しい事情は聞きません」
「すまない、助かるよ。今日は食事に誘ってもらったのに、僕の都合ばかり押し付けて申し訳ない。この埋め合わせは必ず」
ノイマン君の性格なら、僕が頼み込めば無用な口外はしないだろうという多少の打算は有ったが、それでも彼の善良な人柄に付け込んだようで罪悪感は感じてしまう。そんな気持ちが表情に出ていたのか、彼は優しげな微笑みを浮かべて、僕の肩に手を置いた。
「あまり気にしないでください。……まあ、せっかく二人きりの食事があんな事になったのは少し残念ですが……リアさんは別に何も悪くないじゃないですか」
「だが……」
「……それじゃあ、俺から一つお願いが。リアさんの喋り方って、多分そっちが"素"ですよね?」
「ん?…………あっ」
そういえば、強盗の襲撃から取り繕う余裕が無かったのか、いつの間にか猫が剥がれてしまっていたようだ。
「これからは、俺にも"そっち"のリアさんで話してくれると嬉しいです。……ジュウロウさんみたいに、ね」
「…………」
ノイマン君は言葉を切ると、僕の背後に立つジュウロウに視線を向けた。……確かに、僕とノイマン君の仲だ。こうして"裏の顔"の一部を見られた以上、彼に対して外面を取り繕うのは余りにも他人行儀というものだろう。
「ああ、そんな事で良ければ。こういうのも変だが、改めてよろしく。ノイマン君」
「はい、よろしくお願いします。リアさん」
少しくすぐったいものを感じつつ、僕はノイマン君と軽く握手を交わす。すると、痺れを切らしたのかジュウロウが僕とノイマン君の間に横から割って入ってきた。
「……おい、そろそろ行くぞ。リア」
「ああ、待たせてすまない。それじゃあ、ノイマン君。僕とジュウロウはここで失礼させてもらうよ」
「ええ、おやすみなさい。リアさん、ジュウロウさん」
「おう、じゃあなノイマン。一応、気を付けて帰れよ」
ジュウロウの背中を追うように、僕もノイマン君に背を向けて歩き出す。
「…………ジュウロウさん」
―――が、数歩進んだところでノイマン君がジュウロウを呼び止めた。
「……俺は諦めませんからね?」
「……何を勘違いしてんのか知らねえが、こいつはそういうのじゃねえよ」
「?」
ノイマン君の言葉の意図が分からず、僕は首を傾げたがジュウロウは特に言及することなく再び歩き出した。ジュウロウとノイマン君は、僕を通して一応面識は有るが、そこまで親しい間柄では無かった筈。二人にだけ通じ合う"何か"が気になった僕は、ジュウロウに会話の意図を尋ねようとした。
「なあ、ジュウロウ。さっきのは……」
「……さっさと帰るぞ。今日は要らん仕事をして疲れた」
「む……はぁ、分かったよ」
……これは話したくない奴だな。
ジュウロウとは長い付き合いだ。こういうちょっとした機微ぐらいは顔を見れば察せる。こういう時に無理に突っ込むと大体話が拗れて厄介なことになる。僕は渋々、といった表情を出しつつ、これ以上その話には突っ込まないという態度を分かりやすく示してやった。
「……わり」
「別にいいさ。……だけど、踊る水竜亭に君とフゥリィが居たことについてだけは説明してもらうぞ?」
「うっ、あー……それはだな……」
**********
ジュウロウさんとリアさんを見送った後、俺は今日の出来事を回想しながら帰路を歩いていた。
踊る水竜亭を襲撃した強盗達を、不意を突いたとはいえ瞬く間に撃退したのは、自身の想い人でもあるリアさんの専属冒険者であるジュウロウさん。目の前で見た翼竜級冒険者である彼の実力は、周囲から準獅子級と呼ばれ、少なからず浮かれていた自分の鼻っ柱をへし折るには十分だった。
「……でも」
だが、それ以上に衝撃的だったのはリアさんだった。
強盗達の凶刃から彼女を護ろうと俺が立ち上がる前に、リアさんはジュウロウさんの背中へ駆け寄り、熟練の連携を思わせるコンビネーションで強盗達を薙ぎ払ったのだ。
『大丈夫か!?ノイマン君っ!』
翼竜級であるジュウロウさんにも引けを取らない体術。彼女を護るどころか、リアさんは俺のことを庇護対象として見ていたのだ。それが恥ずかしくもあり、悔しくもあった。
「―――だからって、諦めませんよ。俺は必ず、ジュウロウさん以上に貴女に相応しい男になってみせます」
挫折や敗北など、冒険者をしていれば日常茶飯事だ。そんな事で打ちひしがれている贅沢などしている暇は無い。
「まずは獅子級への昇級だな。そして次は竜級!やってみせるさ!」
決意を新たに、天へと拳を向ける少年の顔には熱い意志が漲っていた。
次回更新は10/4の7:00頃予定です。




