30.リアちゃんおでかけコーデ
「―――という訳で、すまないが食事はそっちで何とかしてくれ。今度、ジュウロウが当番の時に僕が代わるから」
「いや、それはいいんだけどよ……」
私服に着替えて出かける準備をしている僕を、ジュウロウが何とも言えない表情で見つめてくる。
「……気合入れすぎじゃないか?ただの食事だろ?」
「ノイマン君が誘ってくれた踊る水竜亭、二番通りということはかなりの高級店だぞ?普通の服だと本当に入店拒否をされかねない。幸い、レイズさんから貰ってる服は、そういうドレスコードに合わせられそうな服ばかりだから、そこは問題無いけど」
華美になり過ぎない程度にレースがあしらわれた濃紺のワンピースを纏ったリアの姿に、ジュウロウはここ最近よく見せる何とも形容しがたい表情を浮かべる。
「お前、ノイマンの奴がどういうつもりで食事に誘ったか分かってるのか?」
「ああ、まあ何となく予想はついてる」
ただ僕を食事に誘うだけなら、そんな高級店で無くとも、それこそ以前に僕とジュウロウが行ったような大衆的な酒場でも構わない筈だ。それを態々踊る水竜亭のような高級店に誘うということは……
(きっと、何か深刻な相談が有るに違いない……)
これまでも何回か彼に様々な相談を持ち掛けられたことは有ったが、態々ギルドの外で話す程の内容だ。心してかからなければ。
「それじゃあ行って来る。一応そんなに遅くならないつもりだが、中々帰らないようなら先に寝ててくれ」
「あっ、おい―――」
あまりノイマン君を待たせては悪い。僕は軽く髪を整えると屋敷を後にするのだった。
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「……あいつ、絶対分かってねえだろ……」
リアの背中を見送りつつ、ジュウロウは額に手を当てて溜息を吐く。客観的に見て、リアがノイマンにどう思われているかなど、火を見るよりも明らかな筈なのだが……
「おや、浮かない顔をされて。何か有ったのですかジュウロウさん?」
「……フゥリィ。てめえ、何処から湧いて出やがった?」
リアを見送ったジュウロウが玄関から居間へ戻ると、いつの間にか狐のような顔をした胡散臭い男―――フゥリィがくつろいでいた。
「そこはほら、これでもフェンリルの諜報員なんで。ちょっと本気出せばリアさんに夢中なジュウロウさんの隙を突いて侵入するぐらいは」
「今すぐ自分で出ていくか、俺に叩き出されるか好きな方を選びな」
木剣を突きつけられたフゥリィが大仰に肩を竦ませる。
「ええ、すぐに出ていきますとも。ただし、ジュウロウさんも一緒です」
「はぁ?何言ってやがる?」
「困りますねえ。一応ジュウロウさんは彼女の護衛兼監視役も兼ねているのですから。キチンと仕事をしていただかないと」
フゥリィはそう言うと、何処からかタキシードを取り出してジュウロウに尋ねた。
「右と左、どっちがいいです?私としては左の方がジュウロウさんの黒髪と合うと思うんですが」
「……何の真似だ?」
「普段のジュウロウさんの格好じゃ踊る水竜亭に入れませんよ?あそこは豪商や貴族も使うような店なんで。うん、やっぱりこっちの方がジュウロウさんに似合いますね。はい決定~。ささっ、着替えて着替えて」
「だから!なんで俺がリアのケツを付け回すような真似しないといけねえんだよっ!」
タキシードを押し付けてくるフゥリィに、ジュウロウは声を荒げるが、フゥリィは気にせず諭すような声色でジュウロウに語り掛ける。
「聞き分けの無いこと言わないでくださいよ。リアさんの身の安全のためです」
「……なに?」
「ジュウロウさんが思っている以上に、彼女の日常は危ういバランスの上で成り立っているんですよ?無論、フェンリルの情報工作は万全ですが、今日のお食事相手のノイマン君が100%安全な相手だという保証は有るのですか?」
「それは……」
フゥリィの切れ長の目から覗く真剣な光に、ジュウロウは一つ深呼吸をすると改めて彼に問いかけた。
「………………で、本音は?」
「こんな面白……いえ、面白……いえ、面白……いえ、面白そうな状況を見過ごすなんて出来ませんよ」
「言い直せてねえぞ」
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二番通り、踊る水竜亭。
豪奢でありながらも落ち着きを感じさせる上品なレストランの店内には、その客層も余裕を感じさせる落ち着いた空気を纏った富裕層の人間が多かった。
「今日はお誘いありがとうございます、ノイマン君」
「い、いえっ。リアさんには色々とお世話になっているので、たまには恩返しをさせてください」
そして、その中でも一際目を惹く男女が一組。
こういった場に慣れていない空気を漂わせる微笑ましい姿の少年―――ノイマンと、その向かいに座る輝くような金髪を靡かせ、濃紺のワンピースを優雅に着こなした美女―――リアであった。
「ふふ、気持ちは嬉しいですけど無理はしないでくださいね?こう見えて、私も結構稼いでいるので。こういうお店でもノイマン君に御馳走するぐらいは平気なんですよ?」
「よ、よしてくださいよ。自分から誘っておいて女性に支払いを任せるなんて、男として立つ瀬が無いじゃないですか。リアさんが何と言おうと、ここは俺が払いますからね?」
ノイマンの言葉に、リアの端正な顔がほんの僅かに歪んだが、憧れの女性を食事に誘えたという状況に、多少なりとも浮かれていたノイマンがそれに気づくことは無かった。
(……それにしても、リアさんって謎が多いよな。貴族が使っていた屋敷に住んでるって噂だけど、どうしてそんな人がギルドの職員なんてやっているんだろう?お金に困っているようには見えないし……)
優雅にグラスを傾ける姿は、それこそ貴族の令嬢と言われても納得出来る程に様になっていた。自分の付け焼刃のテーブルマナーとは違う洗練された仕草と、その美貌に失礼だと分かっていても視線を注ぐのを止めることが出来ない。
(……ふぅ、聖騎士時代に叩き込まれた礼儀作法を、まさかこんな状況で使うことになるとは……何が幸いするか分からないものだな)
そんなことを考えながら、リアは食事と歓談を進める。―――が、いつまで経っても本題を切り出そうとしないノイマンに痺れを切らしたリアは、彼が話しやすいように水を向けた。
「―――ところで、ノイマン君。今日はどうして私を食事に誘ってくれたんですか?それもこんな立派なレストランに」
「……え?それは、色々とお世話になっているリアさんに、日頃のお礼がしたくて……」
「本当にそれだけ?……私に何か話したいことが有るんじゃないですか?こう言っては何ですが、今の君はソワソワと落ち着きが無いように見えます」
「そ、それは……っ」
(この狼狽え方、やっぱり何か悩みごとが有るんだな……)
ノイマンの様子に、リアは自分の推測が正解であることを確信すると、彼を安心させるように微笑む。
「話してもらえませんか?―――大丈夫、ノイマン君が何を言っても、私は受け入れますよ」
「リアさん……お、俺は―――!」
「全員動くなッ!おっと悲鳴も禁止だ。あとは……まあ、とにかく俺達に不都合なことをしようとした奴は漏れなく天国へご招待だ。分かったら金目の物を全部吐き出しな!」
ノイマンが何かを決心した顔で、リアに胸の内を打ち明けようとした次の瞬間の出来事であった。
粗末な覆面を被った武装した男達が、踊る水竜亭の中へと流れ込んだ。
次回更新は10/3の16:00頃予定です。




