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29.二人の距離

 



「―――ん、くぁ……」



 早朝、聖騎士時代からの習慣で、未だ日が昇りきらない時間に(リア)は起床をする。顔を洗い、動きやすい服装に着替えると、木剣を携えて屋敷の庭へと出る。



「おはよう、ジュウロウ」

「おう、起きたか。そんじゃ、今日も始めるか」

「ああ、頼む」



 一足先に庭で鍛錬をしていたジュウロウに木剣を構える。早朝の稽古は自由都市で生活を始めてからの僕達の日課の一つである。住居として与えられた屋敷がそこそこ広く、都市の中心部から離れていることもあって、人目を気にせずに訓練が出来るのは有難いことである。



「―――フッ!」

「おっ、大分いい感じになったじゃねえか」

「……その上から目線、気に入らない、なっ!!」

「まあ、体格的に目線が今のお前より上だしな―――っと!」



 結局、以前()の頃の戦型を今の身体で使いこなすことを諦めた僕は、今の身体の体躯と柔軟性を活かして、低い姿勢から相手の死角を突くスタイルへと転向することにした。真っ当な剣術とは言えないが、ハマれば格上を食い破るこの手の邪剣は、筋肉量など純粋な身体能力で男性に劣る今の僕に向いていることは否定出来ない。



「―――ハァッ!!」

「むっ!ぐっ……オラァッ!!」

「―――クッ!?うわっ!!」



 僕の至近での突きを、頬に掠める紙一重で躱したジュウロウが、そのまま肘を使って僕の身体を抑え込む。単純な体力差から、僕は敢え無くジュウロウに押し倒されてしまった。



「はぁっ、はぁっ……あーあ。今日はいけると思ったんだけどな」



 こうして地面に押し倒されてしまうと、ウェイト差からどうやっても僕はジュウロウに抵抗することが出来ない。僕は鼻先に迫ったジュウロウの顔に、悔しさを隠すように苦笑を浮かべると降参を告げた。



 ……前の身体だったら、もっと良い勝負が出来たのだろうか。



 ジュウロウが聖騎士を辞めてから、お互いにこうして手合わせをする機会は無かったのだが、少なくとも今の様な指南役とその生徒のような形になってしまう程に力量の差は無かった筈だ。

 お互いに頼れる親友であり、競い合う同格のライバルだと思っていた自分としては、今の状況には些か以上に複雑なものを感じてしまう。



「……クソッ、悔しいなぁ」



 抑えきれなかった感情が思わず口から零れてしまう。……不味い。口にしたら何だか泣けてきてしまった。潤んできてしまった瞳を隠そうと、立ち上がろうとしたのだが―――



「……あの、ジュウロウ?そろそろ退いてくれないか?」



 何故か、僕を組み伏せたまま固まっていたジュウロウに、僕は怪訝な表情で彼に声をかけた。



「―――ん、あ、ああ、悪い」



 僕の言葉に、ジュウロウが我に返ったかのような反応をしてから、そそくさと僕から離れる。僕は自由になった両手でサッと涙を拭うと、誤魔化すように明るい声でジュウロウに話しかけた。



「その、すまない。変な所を見せたね」

「……は?い、いや、気にすんな。……あ~、もういい時間だし、今朝の稽古はこれぐらいにしとくか」

「そ、そうだね。すまないが、ギルドに行く前に汗を流したいから先に浴室を使わせてもらうよ。朝食は先に食べててくれ」

「お、おう。分かった」



 いい歳した男が目の前で泣き出すなんて、無様な姿を見せてしまった気まずさから、若干ジュウロウに対して余所余所しい態度を取ってしまう。余談だが、この屋敷は()貴族の邸宅らしく、なんと個人用の浴室が備わっているのだ。一般的な庶民は入浴の為に風呂屋を利用している中で、色々と気を遣わなければいけない身体(エルフ)の持ち主としては、人目を気にせずに入浴出来るのは非常にありがたい。

 そんな益体も無い思考で湧き上がる羞恥心を誤魔化しながら、僕はそそくさとジュウロウの前を後にした。



「………ぐあぁ~~~、何してんだよ俺は………」



 去り際に背後でジュウロウが何かを呻いていたような気がしたが、それを確認する余裕は僕には無かった。




 **********




「―――はい、確認しました。こちら依頼報酬と早期達成の追加手当になります。お確かめください」

「は、はいっ!」



 ギルドの受付にて、初々しい風体の狼級冒険者の少年に微笑ましいものを感じつつ報酬を手渡す。

 一応、僕はジュウロウの専属職員ではあるが、彼に仕事が無い時―――むしろジュウロウの翼竜級冒険者という肩書は、フェンリルの私兵であることの隠れ蓑なので、冒険者としては暇なことの方が多い為、必然的に専属職員としての僕の仕事も手透きになることが多い訳で。こうして一般職員としての仕事をこなす事も最近は増えていたのだった。



「最近頑張っていますね、ノイマン君。仕事が丁寧で早いと依頼主の方達からも評価されていますよ」

「あ……ありがとうございます!リアさんにそう言ってもらえて、その、嬉しいです!」

「ふふ、言っているのは私じゃなくて依頼主の方ですよ?まあ、ノイマン君が将来有望なのは私も同感ですが」



 実際に彼―――ノイマン君の戦いを直接見た訳ではないが、達成している依頼の内容から、彼が狼級冒険者の中でも上位に属する戦闘能力を持っているのは推察出来る。まだ若いのに大したものだと僕も感心していたのだ。それに擦れた人間が多い冒険者の中で、彼の真っすぐな人柄は中々好感が持てる。何というか可愛がりたくなる後輩キャラをしているのだ。そういった事情もあって、彼のちょっとした相談に乗ったりもしている内に、それなりに親しい間柄となっていたのだった。



「……あ、あの、リアさん。今夜って何かご予定は有ったりしますか?」

「え?いえ、特にはありませんが……」



 強いて言えば、今日は僕が夕食を作る当番ではあったが、まあこれは予定の内には入らないだろう。



「そ、それじゃあ、一緒に夕食でも如何でしょうか?」

「……え?」

「二番通りの踊る水竜亭で待ってます!その、もし嫌でしたら来られなくても構わないので!そ、それじゃあ!」

「えっ?ちょ……ノイマン君?」



 こちらの返事を待たずに、ノイマン君は足早にギルドを後にしてしまう。追いかけようにも仕事を放棄する訳にもいかず、僕は何とも言えない表情でノイマン君の背中を見送るしかなかったのだった。




次回更新は10/2の0:00頃予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 罪なのは、自分が美少女としての回りへの影響力の大きさに自覚が無いところだろうか
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