27.帰還
砂原での巨人との戦いから数日後。
僕とジュウロウはラーヴァから自由都市へと帰還し、フェンリルの地下施設にてレイズさんに任務の顛末と、その中で出会ったエルフの少女―――ユグドラシルとの接触について報告していた。
「ふむ……君をその身体にしたエルフのユグドラシル。それに君が人間に戻る方法が記されているという記憶結晶か……」
レイズさんが紅い宝石―――記憶結晶を手に取り、細部まで観察をする。
「―――分かった。エルフに関する情報はヴォーデンの動向を探る上で、我々フェンリルにも無関係では無い。この記憶結晶は我々の研究機関で調査させよう」
「ありがとうございます。レイズさん」
「構わないさ。それよりも、ガロガロから話は聞いている。ラーヴァでは想定外の敵戦力を君達だけで撃退したそうじゃないか。初任務から見事な戦果だ。流石は聖騎士だな」
「そいつはどーも。……だが、次からはもう少し念入りに事前調査をしといて欲しいもんだな。どう考えてもあの巨人は3人で対処する相手じゃねえぞ」
「おい、ジュウロウ!」
ジュウロウの不満を隠さない態度に、僕は慌てて彼を窘めようとするが、レイズさんは片手を上げて、それを制止する。
「その点については本当にすまなかったと思っている。言い訳にしかならないが、ヴォーデンがラーヴァにそこまで力を注ぎ込むとは想定していなかったんだ」
「彼等にとってラーヴァはそこまで重要では無かったと?」
「というよりは、別のエリアでヴォーデンが大規模に介入している戦場が有ってな。あの時点で状況が安定していたラーヴァに、奴らが大きな戦力を割くメリットが有るとは思わなかったんだ」
そう言うと、レイズさんは壁に貼られた大陸の地図の一点を指した。
「王国の外―――大陸北部の内戦か。それにヴォーデンが噛んでいたのか?」
「ああ、対立している両勢力に武器と傭兵の供給、果ては要人の暗殺等も仕組んで内戦を泥沼状態にしていた。奴らの大きな稼ぎ場所の一つだな」
王国内での任務が主である聖騎士では、直接関わる事が無かった案件だが、そんなものですら裏でヴォーデンの息がかかっていたという事実に、僕は顔を顰めた。
「だが、君達がラーヴァに赴いている間に、フェンリルで大規模な作戦が実行されてな。対立していた両勢力内の親ヴォーデンの人物と、裏で暗躍していたヴォーデンの人間を排除することに成功した。ヴォーデンというスポンサーを失った以上、近い内に北部の内戦もけりが付くだろう」
「成程。そっちでヴォーデンが派手に動いていたからラーヴァの―――俺達みたいな新入りを派遣するような小さい仕事には、そこまで大きな危険は無いと踏んでいた訳か」
「ああ、だが情報収集とバックアップが不足だった事への言い訳にはなるまい。今回の任務に対する報酬には色を付けるし、今後同様の事例が起きないよう再発防止に努めることを約束しよう。今はそれで納得してはくれまいか?」
レイズさんの真摯な表情と言葉に、ジュウロウはバツが悪そうに頭を掻いた。
「……いや、すまない。仮にも上官に対する態度じゃ無かった。こちらこそ許してほしい」
「構わんよ。一応は上司と部下の関係ではあるが、我々は正式な軍隊ではない。堅苦しい礼儀は不要だし、疑問や不満は組織健全化の為にもハッキリと言ってくれた方が助かる。……無論、組織である以上、理不尽であろうと上からの命令には従ってもらう事も有るがね」
殊勝なジュウロウの態度に、レイズさんは苦笑を浮かべながら告げる。
「……それに、君がそこまで腹を立てていたのは、リアが危ない目に遭ったのが理由だろう?そんな可愛らしい想いに腹を立てる程、私は無粋な女ではないつもりだが?」
「おう上官殿。アンタの頭の中の薄気味悪い妄想は、何回言えば改めてくれるんスかねえ?」
ニチャリと意地の悪い笑みを浮かべたレイズさんに、ジュウロウは一瞬で殊勝な態度を投げ捨てて、額に青筋を浮かべながら彼女を睨み付けた。
「さて、初心な坊やをからかうのはこれぐらいにしておこう。二人とも報告ご苦労。しばらくは君達に任務を与える予定は無い。何か有ればフゥリィ辺りを使いに送るから、それまでは平時と同じようにジュウロウは冒険者、リアはギルドの職員として生活してくれ」
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「―――やれやれ、北部はこれで店仕舞いか」
「なに、こういう事もあるさ。惜しい気はするが、既に投資分は稼がせてもらっただろう。失った人員も替えが利くレベルの人間だ。それよりも次の商売の話だ」
暗闇に声が響く。
ただの暗闇ではないのか、室内の様子は薄っすらと確認出来るものの、その場に居る人間達の顔は靄がかかった様にハッキリと識別することが出来ない。
「その前に"開発部"から質問が。北部の内戦に試作の巨人兵を5機投入したそうですが、全滅したと聞きましたが?」
「あー……その件だが、完全にこちらの作戦ミスだ。申し訳ないフェルグ。開発部にはちゃんと相応の補填をしよう」
「いえ、所詮は試作機ですし、既に必要なデータの収集は済んでいるので、損失自体は構わないんですがね。未完成とはいえ巨人兵を5機も潰せる戦力があの組織に有ったのかと疑問に思いましてね」
「……いや、巨人兵を潰したのは"聖剣"だ」
老人と思わしき男の苦々しい声に"開発部"の男―――フェルグは驚いた様子で声を上げる。
「"聖剣"―――聖騎士序列第1位が?なんでまた彼女が北部に?」
「知らん。フェンリルと協調していた訳では無かろうが……あの"歩く外交問題"が何を考えているのか王国でも把握してないだろうさ。聖騎士団にはこちらの内通者も潜り込ませているが、アレが相手では役に立たんだろう」
大袈裟に溜息を吐く老人に、フェルグは曖昧な笑みを浮かべる。
「まあ、アレは自然災害と同じに考えた方が良いでしょう。真面目に相手をしようとするだけ損ですし、いくら超越した武力を持っていようが所詮は一兵士。大勢に影響を与えることは無いでしょう」
「あの女は下手に手を出す方が損害が大きいからな。……まあ、奴の話はもういいだろう。それよりも北部へ割くリソースが浮いたんだ。次は草原の異民族でも煽って王国と小競り合いでもさせるか?」
「いや、折角内戦で北部の治安が悪化しているんだ。今なら人間が何人か居なくなっても不思議ではなかろう?ここいらで奴隷の頭数を確保しておこうじゃないか」
闇の中で欲望に満ちた者達の議論が続く。そして、それを冷めた目で見つめる少女が一人。ヴォーデン"保守派"の首魁エッダである。
(フェルグは彼女の確保に失敗―――いや、そもそも改革派の主流はエルフ確保にそこまで執心では無いようね。さて、これが私達にとってプラスとなるか、それとも―――)
「……エッダ様。急ぎお伝えしたい事が」
「なあに、ヴィパル?」
他の者に聞こえない程度の小声で、こちらに話しかけてきた側近である黒猫の言葉に、少女は今後の保守派の方針について思考を巡らせながらも、彼に続きを促す。
「フェンリルに潜り込ませていた内通者から連絡が。ラーヴァから帰還した彼女達の手によって"記憶結晶"と思わしき物品がフェンリルに持ち込まれたそうです」
「………………ほう」
黒猫の言葉に、凄絶な笑みを浮かべた少女の顔を見た者は、暗闇の中には誰一人として居なかった。
次回更新は9/30の17:00頃予定です。




