25.予期せぬ再会
「はっはっは。いやあ、お見事。まさか巨人兵があんな風にやられるとはねぇ」
流砂に沈む巨人を見て、フェルグが愉快そうに手を叩く。
「しかし、こうも行動パターンが単純なのは問題だな。いっその事、自律操作は捨てて人間が乗り込んで操縦する様式にするか?……おっと、いかんいかん。考え込むのは"開発部"に戻ってからにするとしよう」
「……待て、フェルグ。巨人兵をそのままにしていくつもりか?」
ブツブツと独り言を呟きながら、その場を後にしようとするフェルグを、黒猫が慌てて呼び止める。
「―――おっと、そうだった。後片付けはキチンとしないとな」
フェルグが懐から小さな細工を取り出すと、細工に組み込まれたボタンを押し込んだ。
「それじゃ、俺は帰るよ。エッダちゃんによろしくね、ヴィパル君」
「……エッダ様の名を気安く呼ぶんじゃない。殺すぞ」
「そいつは失敬。俺はこれでも仲間意識が強くてね。同じ"ヴォーデンの使徒"同士、みんなと仲良くしたいと思ってるんだぜ?」
轟音。
彼方で巨人兵が証拠隠滅の自爆装置を発動させた音を聞きながら、フェルグは夜の砂原を後にした。
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「―――と。まあ、こんな所ね」
ヤハク邸での騒動から数日後、僕とジュウロウはラーヴァ市街の宿屋で、ガロガロから今回の任務の顛末を聞いていた。
「ヤハクは例の巨人の大暴れに巻き込まれて死亡。奴からヴォーデンに関して尋問する予定はパァか」
「その巨人も流砂で行動不能になった途端に自爆。狙いがヤハクだったのか、リアちゃんだったのかは分からないけれど、アレはヴォーデンが差し向けた兵器で間違いなさそうね。一応、残骸から何か探れないか調べてはいるけど……あまり期待は出来なそうな感じね」
「後手に回ってんなあ」
やれやれと溜息を吐くジュウロウとガロガロに、僕はラーヴァの市場で購入したお茶を差し出す。
「でも、ラーヴァに食い込んでいたヴォーデンは排除出来たんだろう?ベストな結果では無かったかもしれないけど、そこは喜んでもいいんじゃないかな」
「まあ、そういう事にしておくか」
「そういえば、ガロガロもラーヴァでの任務はこれで終わったんだろう?この後はどうする予定なんだい?」
僕に水を向けられたガロガロが、お茶で軽く唇を湿らせると言葉を続ける。
「私はもうしばらくの間、こっちで今回の件の後始末ね。ラーヴァの協力者とフェンリルの仲介とか色々とやる事が有るのよ」
「それじゃあ、ここでお別れだな。俺とリアは明日には帰りの砂上船だ」
「そういう事。また会いましょうね。ジュウロウ、リアちゃん」
そう言ってカップに残ったお茶を飲み干すと、ガロガロは僕達の部屋を後にした。
「まっ、オチに少しばかりケチは付いたが、初任務は無事成功って所だろう。お疲れ、リア」
「ああ、ジュウロウもお疲れ様」
そう言うと、僕とジュウロウはお互いに少し疲れたような苦笑を浮かべつつ、拳を突き合わせた。
「……ふふっ」
「何だよ急に?」
「いや、聖騎士時代にも任務が終わったら、よくこうしていたと思い出してね。何だか嬉しくなって」
望んでいた形とは少し違うが、こうして聖騎士時代の様に親友とパートナーとして過ごせていることに、懐かしさと嬉しさが込み上げた僕はジュウロウに微笑みを浮かべる。
「――――――」
「……ジュウロウ?どうかしたかい?」
「あー、いや。何でもねえよ」
「……そうか?ならいいんだけど……」
突然、真顔になって此方を見つめてきたジュウロウに、僕は怪訝な顔を浮かべる。しかし、何でもないと手を振る彼に、それ以上追及する理由も特に無かったので、「そうか」と僕は話を打ち切った。
「さて、明日の荷造りも済んだし、迎えの船が来るまでどうしようか、ジュウロウ?」
「打ち上げ……は、自由都市でやるか。二日酔いで船に揺られたくはねえからな。何処か行きたい所が有るなら付き合うぜ。大丈夫だとは思うが、お前を狙っているヴォーデンがまだラーヴァに残っている可能性もゼロでは無いしな」
「いや、僕も特に用事が有る訳でもないし、部屋でゆっくりしているよ。ジュウロウこそ、何か用事が有れば―――」
―――次の瞬間、世界が凍り付いた。
「ぁぐッ!?な、なんだ……これは……!?」
一瞬、灼けるような頭痛を感じた直後、風に靡いていたカーテンが動きを止め、外から聞こえていた街の喧騒は耳が痛い程の静寂に変わる。
「この感覚は―――まさか、エルフ封じの結界かっ!?」
以前の―――ユーグと戦闘した時とは異なる現象ではあったが、それに近い感覚を覚えた僕の背筋に寒気が走る。"ヴォーデンの使徒"が僕達に攻撃を仕掛けているのかもしれない。
「ジュウロウッ!ヴォーデンの襲撃かもしれない。警戒を―――ッ」
突然の異常事態に、僕はベッドに腰かけていたジュウロウに目線を向けたが、彼の身体は何かで固定されているかのようにピクリとも動かなかった。こちらの言葉に反応せず、瞬きも呼吸もしていない相棒の姿は、まるで時間の流れを止められたかのようであった。
「……動けるのは僕だけか?ヴォーデンの攻撃……いや、それなら僕だけが動きを止められていないのは何故……」
窓から街の様子を覗き見る。通りを行き交う人々も動物も、水の流れすらも皆一様に動きを止めている異様な光景に、薄ら寒いものを感じながら、事態の把握に思考を巡らせる。
「ふむ。息災なようだな、小僧」
「―――ッ!?」
凍てついた世界で、僕の背後から鈴を転がすような美しい女性の声が響く。反射的に剣を構えて振り返ると、目に映る見慣れた少女の姿に僕は目を見開いて絶句する。
腰まで届く流れるような美しく光沢のある金髪。
柔らかさと瑞々しさを感じさせる陶器のように白い肌。
触れれば壊れてしまいそうな、繊細な芸術品の様に華奢な身体。
「くくっ、これは愉快だ。私と同じ顔をした者が、これほど間抜けな姿を晒すとは。その道化ぶりに免じて、剣を向けた無礼は許そう」
汚れ一つ無い純白のローブを纏った、今の僕と同じ顔をしたエルフの少女―――ユグドラシルが不敵な笑みを浮かべていた。
次回更新は9/28の12:00頃予定です。




