21.潜入
夜の暗闇に逆らうように、魔力の灯が人混みを照らすラーヴァの繁華街。
その一角の酒場―――フェンリルの諜報員との待ち合わせ場所である"三日月亭"に僕とジュウロウは訪れていた。
「蜂蜜酒とリンゴ酒。それと芋のグリルにハーブとチーズをかけてくれ。あと同じものを二階のファッケにこちらの払いで頼む」
ジュウロウの注文に、ウェイトレスが一瞬怪訝な顔を浮かべたが、すぐに愛想笑いで覆い隠すと厨房へと消えていく。
「……さて、どんな奴が来るのかねぇ」
"暗号"を通したジュウロウが、目立たない程度に周囲に目を配る。僕も彼に同調して周囲を観察する。
「この場にそれらしい人間はいないな。暗号が伝われば後からやって来るんだろうか」
「まあ、気長に待つとしようぜ。暗号文の代金はこっちの払いだしな」
「うーん……僕、蜂蜜酒もリンゴ酒も苦手なんだけどな……」
「全員動くなっ!逆らう者は容赦なく斬り捨てるぞ!」
しかし、僕達の前に現れたのはフェンリルの諜報員でも、料理を運んできたウェイトレスでも無かった。
甲冑を纏った兵士達の姿に、俄かに店内がどよめく。
兵士は僕達の顔を見やると、真っすぐにこちらへと向かって歩いて来た。
「……ジュウロウ、どうする?」
「……ゴロツキ相手ならノシて押し通るが、あの鎧はラーヴァの正規兵だ。とりあえずは大人しくしとこう」
お互いにだけ届く声量で短く言葉を交わすと、方針を決めた僕達を兵士達が威圧的な態度で包囲する。
「貴様達には、間諜の容疑がかけられている。大人しく我々に付いて来てもらおうか」
「人違いじゃねえのか?俺達は今日、この国に着いたばっかだぜ?疑うなら冒険者ギルドに確認を取ってもらっても構わない」
「弁解を聞くのは我々の仕事ではない。申し開きが有るのなら尋問官に言え」
取り付く島もない兵士の様子に、彼等にとって僕達を捕らえることは決定事項となっていることを悟る。小国とはいえ、ラーヴァは国際的に認められている国家だ。正規兵を相手に無茶は出来ないか。
(……それに、このタイミングでの有無を言わさぬ強引な拘束。恐らくは―――)
「……分かりました。そちらに従いましょう。ジュウロウも構わないな?」
「ああ、昼に水浴びを済ませといて良かったぜ」
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「おいおい、一体何処へ連れていく気だ?取り調べをするような場所には見えないぞ」
「黙って歩け。無駄口を叩くな」
兵士達に馬車に詰め込まれてから半時程度。僕達が連れていかれた先は、ラーヴァの市街地から離れた場所に構えられた大きな邸宅だった。
高級そうな絨毯が敷かれた通路を踏みしめながら歩いた先は、この館の主人と思わしき肥満体の中年男が待ち構えた豪奢な部屋だった。
「ヤハク様。ご指示通り、件の二人連れを捕らえました」
「うむ。貴様達は下がれ」
「……は?し、しかし……女の方はともかく、男は冒険者のようですので、手枷を付けているとはいえ危険が……」
「ワシの命令が聞けんのか?」
「め、滅相も無い!失礼しますっ!」
ヤハクと呼ばれた男の言葉に、兵士達は慌てて部屋を後にする。室内は僕達とヤハクの3人だけとなった。
「……さて、ガロガロ。お前の言っていたネズミはこいつ等なのか?」
「ハッ、間違いありません。ヤハク様」
ヤハクが部屋の隅に声をかけると、いつからそこに居たのか、浅黒い肌をした妙齢の女性がヤハクの隣に現れた。
「この者達こそ、我ら"ヴォーデン"に噛みつく身の程知らず達の一味です。何処からかヤハク様の話を聞きつけて、嗅ぎまわっていたのでしょう」
「そうかそうか。ククク……手段は問わん。こいつ等に情報を吐かせろ。仲間の数、基地の場所、協力者の名前。その情報を手土産にワシもヴォーデンの正規メンバーに……」
不意にヤハクの視線が僕に向けられる。足元から頭まで、舐め回すように僕の身体に視線を這わせると、ヤハクはガロガロと呼ばれた女性に指示する。
「ガロガロ。そっちの女の尋問はワシが直接やる。身綺麗にさせたら、ワシの寝室へ連れてこい」
「……承知しました。ついて来い。無駄な抵抗はするなよ」
ガロガロに促されて、僕達はヤハクの部屋を後にする。部屋の外で待機していた兵士達が、ガロガロに同行しようとするが、彼女はそれを拒否した。
「お前達はここでヤハク様を警護しろ。可能性は低いが、こいつ等の仲間が救出に屋敷を襲撃するかもしれん」
「しかし、ガロガロ様お一人では、そいつ等が暴れた時に……」
「その時は私が制圧する。むしろ、お前達が居る方が邪魔だ。万が一こいつ等に盾にでもされるようなら、その時は貴様達ごと殺すが、それでもついて来るか?」
「い、いえっ。お気をつけて……」
ガロガロから向けられた殺気に、兵士達は青い顔で敬礼をする。
……かなり出来るな。
彼女の歩く姿を見ただけでも、ガロガロが相当な達人であることは想像に難くない。
少なくとも手枷をされた今の状態では、僕とジュウロウの二人がかりでも、彼女を無力化するのは容易では無いだろう。
「入れ」
彼女に見張られながら、僕達は簡素な椅子と机だけが置かれた石造りの地下室に入れられる。
「この地下室は尋問用でな。中の音が外に漏れることはない。余計な邪魔が入らないように、私が許可するまで誰も来ないように指示もした」
その言葉を聞いて、ジュウロウが溜息を吐きながら椅子に腰かけた。
「じゃあ、もう大根芝居はやらなくてもいいって事かい?諜報員さんよ」
「――あら、もうバレていたの?」
ジュウロウの言葉を聞いて、ガロガロから先程まで纏っていた殺気のような気配が霧散していく。
……どうやら、ジュウロウもガロガロが僕達と合流する予定だったフェンリルの諜報員であることに気づいていたようだ。
「僕達が酒場で合言葉を通して、すぐに兵士達がやって来ましたからね。偶然にしては、流石にタイミングが良すぎます」
「中々察しが良いじゃない。あのデブはアレで警戒心が中々強くてね。貴方達を内部に案内するには、これが手っ取り早かったのよ」
僕達と話しながら、ガロガロは懐から一枚の紙を取り出すと、僕達に見えるように机に広げる。どうやら、この屋敷の間取図のようだ。
「それじゃあ、あまり時間も無いことだし、お仕事の話を始めましょうか?」
次回更新は9/24の19:00頃予定です。




