19.私の後輩がイケメンすぎる
「ストラ先輩、頼まれていた商人ギルドと職人ギルドの依頼書の整理終わりましたよ」
「ありがとうリアちゃん。定時過ぎてるのに、遅くまでごめんね」
自由都市の冒険者ギルドに勤め始めてから三年。
先日、私にとても可愛い後輩が出来た。
「気にしないでください。僕……おほん、私もここで人を待っていたので。ボーっとしているよりは何かしていた方が気が紛れますから」
そういって後輩―――リアちゃんは私に向かって優しく微笑んだ。
同性の私でも、思わず見惚れてしまうような可憐な笑顔に、残業の疲れが溶けていくような気持ちになってしまう。
「……ストラ先輩?どうかしましたか?」
「い、いえ。何でも無いわ。それよりも、待っている人って、もしかしてジュウロウ君?」
彼女の笑顔に見惚れていたことを誤魔化すように、私は話題を変える。彼女が専属している冒険者―――ジュウロウ君は私も面識がある。少しぶっきらぼうで粗野な印象が有る男性冒険者だが、中々の美形なのでリアちゃんと並んだ姿は美男美女でとても絵になる。
「ああ、いえ。今日はジュウロウではなく、フゥリィという情報屋と待ち合わせをしていまして」
「あら、浮気?ジュウロウ君が知ったら嫉妬しちゃうわよ?」
「……ストラ先輩、私とジュウロウはそういうのじゃないですから」
「でも、同棲してるのよね?」
「それは、まあ、そうですが、そこは色々と事情が……」
リアちゃんの困っている顔を見るのが楽しくなってきた私は、ニヤニヤと我ながら意地の悪い笑みを浮かべると彼女とジュウロウ君の関係性を追求しようとした。
「あぁ!?俺がギルド追放ってのはどういうことだっ!?」
事務室まで響く男の怒声に、私達の雑談は断ち切られた。
何事かと私とリアちゃんは事務室から受付へと顔を出すと、一人の男が受付の職員に詰め寄っていた。
「で、ですから説明した通りです。護衛任務の道中でギルドを通さない不当な追加料金の要求。貴方に対して同様の苦情が既に何件も来ているんです。ギルドマスターは悪質な契約違反者として、貴方から冒険者の資格を剥奪すると決定を……」
「テメエじゃ話にならねえ!マスターを呼びやがれ!それともここで暴れてやろうか!」
……概ねの状況を理解した私は、リアちゃんに対応を指示する。
「……リアちゃん。私が間に入って場を繋いでおくから、裏から用心棒の人を……」
冒険者には腕っぷし自慢の荒くれ者も少なくない。得意という訳では無いが、こういうトラブルに慣れていた私はリアちゃんを後ろに下がらせようとしたのだが……
「いえ、危険です。私が止めますので、ストラ先輩が裏から人を呼んでください」
「えっ、ちょっとリアちゃん……!」
私が止める間もなく、彼女は職員と気炎を吐く男の間に割って入った。
「あぁ?なんだガキ、邪魔すんじゃねえ!」
「すいません。ギルドマスターからの資格剥奪の決定に間違いはありませんね?」
リアちゃんは男を無視して、受付の職員に問いかけると、職員は慌てた様子で首を縦に振った。
「は、はい。既に各都市のギルドにも正式に通達されている決定事項です」
「分かりました。……聞いての通り、貴方の除籍は既に決定事項です。お引き取りを」
「あぁ!?ふざけんじゃ…………よく見たら中々の上玉じゃねえか。ギルドマスターが来ないって言うなら、代わりにお前に話を聞いてもらおうかぁ?」
目の前の少女の美貌に目が眩んだのか、男は怒りを鎮めると代わりに下卑た笑みを浮かべた。
その毛深い腕が彼女の胸元に伸びて、自らの下へと抱き寄せようとした瞬間―――
「ひひひ、退職金代わりに嬢ちゃんが一晩相手してくれるなら―――ぐぎゅっ!?」
少女の細く伸びた足が、中空に大きく弧を描く。
スカートを翻して描かれた軌跡が男の顎を掠めると、男はそのまま無言で地面に倒れ伏してしまった。
「…………えっ?」
「ふぅ。ストラ先輩、こういう人はこの後、どうすればいいんですか?」
事も無げにそんな事を言うリアちゃんに、私は思わず固まってしまう。
「え、えっと……今回の場合だと詰所に連絡して、衛兵に引き渡す感じかしら……」
「なるほど。それじゃあ大丈夫だと思いますけど、私はこの人を縄で縛っておくので、誰か衛兵を……」
テキパキと男を拘束するリアちゃんの言葉に、固まっていた受付の職員が我を取り戻して動き出す。
「そ、それじゃあ私が衛兵を呼んできますね!」
「あっ、はい。お願いしますね」
男を縛り終えると、一仕事終えたみたいな雰囲気を出しているリアちゃんに、私は恐る恐る話しかけた。
「す、凄いねリアちゃん……もしかして、前は冒険者だったり、とか?」
「ああ、いえ。そういう訳じゃないんですけど……まあ、荒事には多少覚えがありまして」
「そ、そう……女の子なのに大変だったんだね……」
何やら壮絶な過去を匂わせるリアちゃんに、私は何と言えば良いのか分からずに、そんな曖昧な返事をしてしまう。
―――すると、リアちゃんは柔らかく微笑みかけて、私の髪を軽く撫でた。
「あはは。まあ色々と苦労をすることもありましたけど、そのおかげで今日はストラ先輩を危ない目に遭わせずに済みましたから結果オーライです」
……やだっ、私の後輩がイケメンすぎる。
「ご歓談中に失礼しますよ~。リアさん、お迎えに上がりましたので、準備をして頂けますか?」
「遅いですよフゥリィ。まあ、今回は遅れてくれて良かったけど」
私がリアちゃんに対して、開けてはいけない扉を開きそうになっていると、いつの間にかギルドの待合室にキツネみたいな顔をした胡散臭い男が現れていた。
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フゥリィに先導された僕が辿り着いたのは、自由都市の外れにある寂れた酒場―――の地下室。
酒樽の合間をすり抜けて、何の変哲もない壁の一部をフゥリィが押し込むと、石壁が音も無くスライドして隠し扉が現れた。こういったフェンリルの地下施設に通じる隠し通路は、自由都市近辺に複数用意されているらしい。
「失礼します。リアさんをお連れしました」
「ああ、入りたまえ」
地下通路の先にあった会議室の様な部屋の中では、レイズさんとジュウロウが既に待機していた。
「揃ったようだな。では、ジュウロウ、リア。君達にフェンリルの戦士としての"任務"を与える」
次回更新は9/22の12:00頃予定です。




