16.翼竜級
レイズはジュウロウを執務室へ引きずり込むと、"表"―――自由都市での、ジュウロウの今後の活動について説明を行った。
「―――という訳で、君には表向きは今まで通り自由都市の冒険者という肩書で動いてもらう。但し、今後の活動を考えて、住居に関してはこちらで用意した物件に越してもらうことになる」
「構わねえよ。元々冒険者稼業で留守にしがちだったし、寝る為だけの部屋だったからな」
「それともう一つ。以前の様にフリーランスの冒険者として自由気ままに動かれては、有事の際に支障をきたす。そこで……」
レイズが懐から一つの徽章を取り出すと、ジュウロウに差し出した。
「これは……"翼竜"級冒険者の徽章じゃないか」
「ああ、無論本物だ。自由都市の冒険者ギルドを通して正式に発行させた」
冒険者には大きく分けて三つの階級がギルドから与えられている。
"狼"
最も数が多く、そして入れ替わりの激しい階級。
野生動物や魔物の駆除、隊商の護衛、果ては薬草の採集といったような雑用まで何でもやる。
一般的に"冒険者"と呼ばれる者の大半はこの狼級冒険者である。
"獅子"
狼級の中でも実力の抜きん出た気鋭の冒険者や、経験と実績を積み重ねたベテランに与えられる階級。
賞金首の討伐、遺跡や迷宮の調査、狼級では手に負えない依頼全般を引き受ける実力派の冒険者達であり、ジュウロウもこの獅子級冒険者である。
"竜"
大陸全土でも数十人しか存在しない最上位階級。
ギルドを通して国家からの重要任務を請け負うことが多い。その性質上、実力は勿論の事だが人格等も求めらる冒険者達の頂点である。
―――そして、この三つに含まれない例外。飼いならされた竜。"翼竜"。
冒険者達は階級を問わず、全ての人間が依頼を選ぶ権利を持っているが、この"翼竜"級だけは別である。
"竜"に劣らぬ待遇と報酬の代償として、彼らは自由に依頼を受諾する事も出来なければ、持ち込まれる依頼に対する"拒否権を持たない"。
竜級の実力を持ちながらも、様々な事情から"竜"になれない冒険者を、貴族や豪商が金銭、或いは何かしらの報酬で囲い込んだ冒険者達がこの"翼竜"級である。
「要はアンタ達の飼い犬になれってことか」
「翼竜級ならば、ヴォーデンを追って国外で動く際にも色々と融通が利く。本当ならば竜級が望ましかったのだが、流石に私達の一存で最高位冒険者を増やす事は出来ないからな。不服かね?」
「いいや、俺は自分の意志でフェンリルに入隊したんだ。それで後から文句を言うなんてダサ過ぎるだろ」
ジュウロウはレイズから翼竜が描かれた徽章を受け取ると、胸元に身に着けた。
「アイツの為なら翼竜級だろうが飼い犬だろうが、何だってやり切ってやるさ」
「ふっ、純愛だな」
「……気持ち悪い勘違いはマジで止めてくれ。アイツは親友だ。そういうのじゃない」
ジュウロウはげんなりした顔をしながら、レイズの下世話な勘繰りを躱そうとする。
「……そういえば、リアも表で生活させるんだろう?護衛だの監視だのはどうするつもりだ?」
「ああ、その点については万全の態勢を整えている。何も心配は無いから安心するといい」
「……何だろう。何故かすげえ不安になるんだが」
自信満々にハッキリと言い切るレイズに、ジュウロウは逆に奇妙な不安感を抱いてしまった。
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「―――で、お前も明日から自由都市で活動開始って訳か」
「ああ、ジュウロウの方は今まで通り冒険者稼業みたいだね」
僕は自室でジュウロウとお互いの今後について話していた。翼竜が描かれた徽章を指先で弄りながらジュウロウは苦笑する。
「今まで通りって訳でもねえけどな。冒険者なのは肩書だけで実質、完全にフェンリルの私兵だからな」
「……すまない」
「ああ、いや、悪い。愚痴ってる訳でも責めてる訳でもねえよ。俺がやりたくてやってる事なんだから。……それに、フェンリルの金払いは中々悪くないぜ?これまでの倍以上は稼げそうだ」
暗くなりそうな空気を誤魔化すように、ジュウロウが軽口を叩く。彼の気遣いを無下にしないように、僕も努めて明るい声を出した。
「……そうだね。僕もレイズさんから給金を聞かされた時は驚いたよ。聖騎士団も割と高給取りだったけど、フェンリルはそれ以上だったからね」
「だろ?とりあえず初任給を貰ったら盛大に飲もうぜ。お前はそのイヤリングで長耳を隠せるようになったし、ここ半月はこの地下に籠りっぱなしだったからな。自由都市の美味い酒場に連れてってやるから、パーッと行こうぜ」
「あはは、そうだね。この身体がどれくらい酒に強いか興味も有るし、そうしようか」
お互いに笑みを浮かべて、そんな約束を交わす。
「そういえば」と、ジュウロウがふと思い出したように僕に尋ねた。
「お前の職場は冒険者ギルドの職員だったか。なら部屋はギルドの寮になるのか?」
「いや、フェンリル関係者とルームシェアをするらしい。護衛と監視というなら、まあ妥当な所じゃないかな」
「なるほどね。同居人が美人だったら紹介してくれよ?」
「はいはい、考えておくよ」
そんなやり取りを最後に、僕とジュウロウは一通りの情報交換を終えるのだった。
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翌日、僕はフゥリィに連れられて、フェンリルの協力者である自由都市冒険者ギルドのマスターと顔合わせをしていた。
「レイズから既に話は聞いている。フェンリルからの指示が無い限り、君にはギルドの職員として働いてもらう事になるだろう。よろしく頼むぞ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いの紹介が終わると、フゥリィはにこやかに微笑みながら手を叩いた。
「さてさて、それではリアさんに住居の案内もしなければならないので、今日のところはこれぐらいで」
「ああ、仕事に関しては明日からで構わない。詳しい業務の内容については、その時に改めて教育しよう」
「ええ、そのように。それじゃ、行きましょうかリアさん」
ギルドマスターの部屋を後にすると、先を行くフゥリィに僕は新しい住居について尋ねる。
「フゥリィ、僕はフェンリルの関係者と同居すると聞いているんだが、相手は一体どんな人なのか知っているかい?」
「ええ、勿論。腕は立つし、人間的にも信用出来る方ですよ。貴方の事情についても御存知ですので、エルフである事を隠す必要もありません」
「そうか。上手くやって行けるといいんだけどね」
そんな僕の言葉を聞いて、フゥリィは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「大丈夫でしょう。貴方の容姿なら、大抵の男性は好意的に接してくれますよ」
「……ちょっと待ってくれ。同居人は男性なのか?」
「おや、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない」
……まあ、確かに僕の内面を考えたら、同居人は女性よりも男性の方が落ち着くのかもしれないが……
「着きましたよ、リアさん」
フゥリィの声に僕は我に返る。
自分の性別について悶々と頭を悩ませている間に、気が付けば目的地へと到着していたようだった。
「結構大きいですね」
「ええ、古くなって不要になった貴族の邸宅をフェンリルが買い取ったらしいですよ。作りはシッカリしていますし、広さも十分でしょう」
目の前の少し古びた白い邸宅がこれから僕と同居人の暮らす物件のようである。
「はい、これが家の鍵です。権利書とかは同居人の方に渡してあるので。……それじゃ、私はこれで」
「えっ?フゥリィは?」
「いやあ、私はちょっと別件がありまして。同居人の方は先に来ている筈なので、リアさん一人でも問題無いでしょう」
「はあ、分かりました」
僕がそう言うと、フゥリィは足早に僕の前から去っていった。
「……怪しい」
露骨に含みを感じさせるフゥリィの態度を不審に思うも、そのまま往来に突っ立っている訳にもいかず、僕は邸宅の扉に付いている呼び鈴を鳴らす。
少ししてから、扉の向こうから足音が近づいて来るのが聞こえた。
「おう、待ってたぜ。フェンリルから同居人が居るって話は聞いて……って」
「……あー、まあ正直ちょっと予想はしていたが……」
扉の向こうから現れたのは、僕が最も信頼している親友の顔だった。
「えーっと……とりあえず、これからよろしく。ジュウロウ」
「マジかよ…………」
頭痛を堪えるように手で顔を覆うジュウロウに、僕は苦笑を浮かべるしか出来なかった。
次回更新は9/19の21:00頃予定です。




