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15.新生活へ向けて

 



「……まあ、元々切った張ったを磨く場所(訓練場)だ。多少の損害には目を瞑ろう。だが、今後は気を付ける様に」

「申し訳ありませんでした……」



 僕は訓練場に開けた大穴について、レイズさんに深く頭を下げて謝罪すると、執務室から立ち去ろうとする。



「ああ、待ちたまえリア。君に渡すものがある」

「……レイズさん。その、気持ちはありがたいのですが、もう下着もドレスも十分ですので……」

「違う。今日はそういうのじゃない」



 純粋な厚意なのか彼女の趣味(性癖)なのか、レイズさんは事あるごとに、僕に可愛らしい下着やらドレスやらをプレゼントしてくるのだ。

 その殆どがフェンリル施設内で与えられた僕の自室で袖を通されることなく眠っているので、若干申し訳なく思っていたのだが、今日はどうやら違うらしい。



「……イヤリング?」

「念の為、動作を確認しておきたい。着けてみてくれないか?」

「……はあ」



 レイズさんから渡された小箱を開けると、中には銀製のシンプルなイヤリングが収められていた。僕は彼女に促されるままに、それ(イヤリング)を耳朶に挟み込む。



「……ふむ、問題ないようだな」

「あの、これは一体?」

「それは"幻視"の術を籠めたイヤリングだ」

「幻視?」



 彼女が言うには、このイヤリングを付けている間は、僕のエルフ特有の長耳が周囲からは普通の人族の耳に見えているらしい。



「……これって凄い貴重品なのでは?」

「君専用の特注品だからな。"数が少ない"という意味では貴重品かもしれんが、それ自体の価値はそう大したものでは無い。完全に姿を消したり、顔を別人に変えるような術ならともかく、耳の先を少し変える程度の幻視の付与ならば、魔術に覚えが有る人間であれば、そう難しいことでは無い」

「成程……」

「とは言っても、あくまで"そういう風に見えている"だけだ。実際に触れば君の耳はエルフの長耳のままだから、注意は必要だが……君が"表"で生活するには必需品だろう」

「"表"?」



 僕の言葉にレイズさんが柔らかく微笑む。



「勧誘の時に言っただろう?"普通の人間と変わりない生活が送れるように尽力する"と。入隊訓練についても一通り終えた所だ。君もジュウロウも"表"―――自由都市での生活を始めるには良い頃合いだろう」



 レイズさんはそう言うと、執務机から数枚の書類を取り出した。どうやら、僕に関する書類のようだ。



「リアには"表向き"は自由都市冒険者ギルドの職員として働いてもらうことになる。有事の際には、ギルドを通してこちらから指示を出すので、それに従ってくれ。逆に我々と連絡が取りたい場合はギルド内の我々(フェンリル)の協力者か、そこら辺をうろついてるフゥリィを通せばいい。……それと、言うまでも無いとは思うが、フェンリルに関する事柄については一切の口外を禁じさせてもらう」



 レイズさんから渡された書類の中には、僕が新しく暮らす場所の住所も記されていた。……些か手厚すぎる対応に、僕は感謝と若干の申し訳なさを感じてしまう。



「ありがとうございます、レイズさん。……その、与えられたものに報いる事が出来るように尽力致します!」

「うむ、期待しているぞ」



 僕はレイズさんに一礼すると、執務室を後にする。すると、扉の外にはジュウロウが待っていた。



「ジュウロウもレイズさんに用事かい?」

「おう、フゥリィの野郎に呼ばれてな。どうやら俺達をそろそろ"表"に返すらしい」

「ああ、僕もその話をされたよ。詳しいことは君の話が終わった後にでも話そう」



 立ち話もそこそこに、僕はその場から立ち去ろうとしたのだが……



「……あー、ジュウロウ」

「ん?どうした」

「"これ"、どう思う?」



 ほんの少し、イタズラ心が湧いた僕は髪をかき上げると、ジュウロウに"幻視"のイヤリングが付いた耳を見せつけた。普通の人族の耳になっている僕を見て、彼が驚く顔を見てみたくなったのだ。



「あぁ?……ん、あー、その……なんだ」



 …………ん?


 ジュウロウが何やら気まずそうに僕から目を逸らす。何だか思っていた反応と違った僕は怪訝な顔を浮かべてしまう。



「……まあ、似合ってるんじゃねえの?イヤリング」

「………………はあ?」

「な、何だよ、その顔は。俺だって、お前とはいえ(めか)し込んでたら褒めることぐらい……」

「……いや、そうじゃなくて耳の先を見てくれジュウロウ」

「あぁ?耳の先ぃ?何を言って………んんっ?」



 ジュウロウはようやく、僕の耳が普通の人族のソレになっていることに気づいたようだった。



「僕の長耳を偽装するイヤリングをレイズさんから貰ったから、ジュウロウが見たら驚くかと思って……」

「………………」



 ジュウロウの顔が今まで見た事の無いような顔になる。居た堪れない沈黙に耐えきれなくなったのは僕が先だった。



「あー、その、なんだ………………褒めてくれてありがとう」

「ぐわあああああっ!!」

「騒がしいぞ!執務室の前で何をやっているか貴様らっ!」



 執務室から現れたレイズさんが、ジュウロウの耳を引っ張ると室内へと引きずり込んだ。……正直助かった。僕もジュウロウも。




次回更新は9/19の13:00頃予定です。

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