14.訓練
僕とジュウロウがフェンリルに所属してから半月が経過した。
その間、僕達はフェンリルの地下施設に籠って入隊訓練……とは言っても、僕もジュウロウも王国の最精鋭部隊である"聖騎士団"に所属していたのだ。肉体的な訓練は勿論、精神的な訓練も殆ど不要だった為、専らフェンリル構成員としての知識や心構えといった座学が主な訓練内容となった。
「ぬあ~~~……聖騎士団に入団したての頃を思い出すぜ……」
フェンリル地下施設の一室。
ジュウロウが机に突っ伏して唸っているのを見て、僕は苦笑しながら彼の頭を撫でるも、すげなく手を払われてしまう。
「ジュウロウは座学が苦手……という程ではないけど、どちらかと言えば身体を動かす方が好きだったからね」
「語学と地理はまあ、それなりだけど歴史方面はマジで勘弁してほしいぜ。宗教観とか何処も似たような体系の癖に、地域ごとの地雷が多すぎんだよ」
僕達はフェンリルの"戦士"―――概ね腕っぷしを期待されている人員ではあるが、秘密組織の構成員である以上、ある程度の諜報員としての技能も求められている。聖騎士以上に国外の知識を学ぶ必要があった。
「……聖騎士団は、今頃どうなっているだろうか……」
僕は小さくそんなことを呟く。
護送していた重要物資は失われ、任務に従事していた聖騎士達は全滅。オマケに僕の死体だけは見つからず………普通に考えたら、襲撃犯の内通者に仕立て上げられている可能性が高いだろう。
フェンリルへの勧誘を承諾した当初、どうしても聖騎士団内部の情報を知りたかった僕は、フゥリィに頼んで王都の様子を探って貰ったのだが……
『王都で特にこれといった動きはありませんでしたねぇ。聖騎士団も少し探ってみましたが、貴方がお尋ね者として扱われている様子はありませんでした。状況から考えて、誰かがリアさんを疑いの目から庇っているのかもしれませんね』
フゥリィの言葉を思い出しながら、僕は顎に指先を添える。
(この状況で僕を庇ってくれる人物。思い当たるのは団長と……"彼女"ぐらいか……)
聖騎士団で最も僕とジュウロウを買ってくれていた女性の姿が脳裏を過る。
聖騎士序列第1位。
"聖剣"の称号を与えられた聖騎士団の歴史上唯一の女騎士―――
「おい、何か辛気臭い面してんぞ」
「……ひゅうほう、はなひぇ」
物思いに耽っていた僕の頬を、うにょりと引っ張るジュウロウの手を払う。
「大方、聖騎士団のことでも考えてたんだろう?気持ちは分かるが、悩んだって今の俺達に出来ることなんて無いだろ」
「……分かっているさ」
「全く分かってねえ顔しやがって。そういう時はとりあえず身体を動かすもんだ。ちょっと模擬戦に付き合えよ。お前も今の身体に動きを慣らしたいって言ってただろ」
ジュウロウはそう言うと、半ば強引に僕を訓練場へと連れていく。
……気を遣わせてしまっているな。
彼の不器用な思いやりに、僕は小さく苦笑を浮かべた。
「……ありがとう、ジュウロウ」
「あ?何か言ったか?」
「いいや、何も。……さて、そろそろこの身体でもジュウロウから一本取れる程度にはならないとな」
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「―――ハァッ!!」
「甘いっ!」
僕が突き出した木剣が、ジュウロウに切り払われて宙を舞う。
「ぐっ、参り、ました……」
「また前の身体の感覚で動いたな?突きが浅い。単純にリーチの長さが違うんだ。以前よりも更に一歩踏み込まないと当ててもカウンター貰うぞ」
ジュウロウの助言を聞きながら、僕は荒い呼吸を整える。
それなりに動けるようにはなったが、やはり以前の身体よりも戦闘能力は数段劣っている。格下相手ならばともかく、同格以上を相手にするには些か以上に問題だ。
「その身体、柔軟性は上がってるし、細いが貧弱って訳じゃない。無理に前と同じ戦い方に近づけようとするよりは、新しい戦闘スタイルを模索した方がいいと思うぜ。まあ、難しいとは思うがな」
「はぁ、はぁ……そう言われてもな……」
「何か無いのか?エルフ特有の超技術的な奴。いっその事、近接戦は捨てて魔術主体のスタイルに転向したらどうだ?」
「魔術か……以前も使っていなかった訳では無いが、僕が使えるのは牽制の魔力弾を飛ばすぐらいだぞ?複雑な魔術は適正が無かったから、今から学ぶにしても使い物になるのは大分先に……」
話しながら、僕は訓練場の隅に立っている木偶人形に人差し指を向けて魔力弾を放つ。
通常、遠距離攻撃が目的の魔力弾ならば、魔力を火球や氷塊に変換して放つのが一般的だが、僕には魔術の適正が無かったらしく、変換前の魔力そのものを光弾として放つことしか出来ない(もっとも、今の身体の魔術適性に関しては未知数だが)。
光弾の射撃速度は投石とそう変わらないが、その威力は軽い平手打ち程度。目くらましぐらいにしか―――
光弾は木偶人形を粉々に粉砕すると、背後の石壁に大穴を開けていた。
「「………………は?」」
僕とジュウロウはその光景を見て、馬鹿みたいに呆けてしまった。
僕が撃ったのは、決して全身全霊の一撃ではなく、牽制程度の軽い魔力を籠めた射撃の筈なのだが……
「……お前、それ絶対に俺に向けるなよ?」
「あ、ああ。これまで迂闊に使わなくて良かったよ……」
……魔力が以前よりも格段に強くなっている?
僕は調子を確かめるように、光弾を放った手のひらを握りしめる。
扱いを間違えれば危険だが、上手く使いこなせれば失ってしまった戦闘能力を補うことが出来るかもしれない。
「……とりあえず、レイズさんに謝りに行かないとな」
戦闘スタイルについては光明が見えたが、その代償だと言わんばかりの壁に穿たれた大穴を見て、僕は溜息を吐くしかなかった。
次回更新は9/18の21:00頃予定です。




