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12.フェンリル

 



 (リア)は薄手のネグリジェを脱ぎ捨てると、慣れない女性服を四苦八苦しながら身に着けて、尖った長耳を隠すように耳当て帽を深く被る。



「すまない、待たせたなジュウロウ」

「おう、それじゃあ行くか」



 部屋の外で待っていたジュウロウに声をかけると、彼は僕を先導するように前を歩き出した。

 ジュウロウの後を付いていきながら、僕は周囲の様子を観察する。部屋の外には石造りの無骨な通路が続いていた。雰囲気としては騎士団の駐屯地に近いだろうか。



「お待ちしておりましたよ、ジュウロウさん」



 通路の先、なにやら仰々しい扉の前で一人の男が立っていた。

 狐の様に細いつり目を楽しそうに歪める男を、訝し気に見る僕の視線を察して、ジュウロウが僕に説明をする。



「こいつは俺が贔屓にしている情報屋……いや、なんちゃって(・・・・・・)情報屋だ」

「フゥリィと申します。以後お見知りおきを。それとジュウロウさん、"なんちゃって"は余計ですよ?情報屋をやってるの()本当ですから」



 ジュウロウと"フゥリィ"と名乗る男の説明になっているのか微妙な紹介を受けて、僕は曖昧に挨拶を返す。



「リアと言います。……正直なところ、目覚めたばかりで現状を把握出来ていないのですが、フゥリィ殿が僕達を助けて頂いたと察しますが」

「呼び捨てで結構ですよ、リアさん。まあ大体そんな感じですが、礼は不要です。こちらも下心があってのことなので」



 にこやかに微笑みながらも、堂々と二心を抱いていることを伝えてくる狐目の男に、僕は頬をヒクつかせてしまう。……なるほど、こういうタイプの人間か。



「悪いなリア。本当だったら、こんな胡散臭い奴の手は借りたくなかったんだが、お前はぶっ倒れるし、黒服の追手には襲われるしで他に選択肢が無かったんだ」

「一応は命の恩人に対して酷いことを仰る」

「タダより高いものは無いってな。リアも起きたんだから、早い所その"下心"とやらを聞かせて貰おうか」



 フゥリィは突っかかって来るジュウロウを、心底面白そうに眺めた後で背後の扉に手をかけた。



「それについては、私ではなく"上司殿"からご説明させていただきます。ささっ、どうぞ中へ」



 開かれた扉の中へ、僕とジュウロウは僅かに警戒しながら入室する。(もっと)も、僕らを害する気だったのなら、こんな回りくどいことをする必要が無い筈なので、取り越し苦労だとは思うが。

 室内は華美になり過ぎない程度にアンティークや花が飾られており、座り心地の良さそうなソファとテーブル、そして奥には執務机で書類を眺める女性が居た。



「レイズ部長、二人をお連れしました」



 僕達に続いて入室したフゥリィが、執務机の女性に声をかける。



「ご苦労だったフゥリィ。下がってよろしい、後は私が引き継ごう」

「いえいえ、こちらのジュウロウ氏と私は親密な仲ですので、私も同席した方が何かと都合がよろしいかと」

「……好きにしろ」



 レイズと呼ばれた妙齢の女性はフゥリィを睨み付けるも、なんら気にした様子を見せない狐目の男(フゥリィ)に、溜息を一つ吐いて同席を許可した。



「"フェンリル"中央情報部のレイズだ。少々強引な面会となってしまったが、気を悪くしないでもらえると助かる」



 "フェンリル"……?


 聞いた事の無い組織名に、僕はジュウロウに尋ねるような視線を向けるが、彼も詳しい事は知らないようで首を横に振った。


 レイズさんは執務机から立ち上がり僕達の前まで歩いてくると、片手を差し出した。

 僕達は順番にその手を握ると、彼女に言葉を返す。



「ジュウロウだ。助けてもらったのはこっちの方なんだから、気にしないでくれ」

「リアです。隣の彼と同じく、まずは僕達を救援してくれた事への感謝を」

「うむ。そう言ってもらえると、こちらとしても助かる」



 肩上で切り揃えたショートヘアを靡かせて、スラリとした長身に濃紺のスーツを纏ったその姿は、美女ではあるものの、何だか迫力のある人だった。



「さて、早速だが本題に……いや、その前に一ついいだろうか?」



 レイズさんから、ギラリと鋭い視線が僕に突き刺さる。


 ……僕に何か有るのだろうか?もしや、この身体(エルフの身体)の危険性について危惧しているのだろうか。

 僕の身体がエルフのそれであることは、服を脱がされてベッドに寝かされていた状況から察するに、既に向こうに知られているだろう。

 "エルフ"という存在が世界からどういう目で見られているか知らない訳では無いし、ましてや僕の身体は本人の意志を無視して敵を攻撃する爆弾の様な代物だ。彼女(レイズ)がこの場で僕に拘束等の何らかの措置を求めてきても文句は言えないだろう。



「………………ふむ」



 レイズさんは僕の爪先(つまさき)から頭まで舐める様に視線を這わせると、凛とした美声で僕に告げた。



「リア。君は何故、着替えているのだ?」

「………………は?」



 彼女が何を言っているのか、よく分からなかった僕は間抜けな声を発してしまう。……"人は何故、服を着替えるのか"というような哲学的なニュアンスの質問だろうか?違った。



「君には私が自ら選んだ、その美貌を最も引き立てる最高のネグリジェを着せていた筈だ。何故、そんな野暮ったい服に着替えているのだ。……もしや、かわいい系ではなくセクシー系が好みだったのか?それは……解釈不一致だな」

「………………」



 さっきまで彼女から感じていた迫力とは別種の"凄み"を感じる。隣に視線をやると、ジュウロウが今までに見たことの無い"虚無"の顔をしていた。



「面白いでしょ?ウチの上司殿」



 フゥリィが楽しげにそんな事を言うのを僕達は遠い目をしながら聞くしかなかった。




次回更新は9/17の21:00頃予定です。

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