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11.蠢く闇

 



 王都郊外の保養地の一角。


 豪奢な外観では無いが、落ち着いた品の良い屋敷の一室。安楽椅子に揺られて微睡む老人が一人。



「おじい様?……もうっ、またこんな所で居眠りなんてされて。今日は暖かいとはいえ、お身体に障りますよ?」



 老人の孫娘だろうか。10歳程度の年齢の少女が可愛らしく頬を膨らませながら、老人の身体に毛布をかけると、老人は眠りに落ちかけていた意識を覚醒させた。



「……んむ、ああ、すまんな。陽射しが気持ちよくて、ついつい」

「御歳を考えてくださいな。お休みになられるんだったら、きちんとベッドで―――」



 不意に、少女の足元に黒猫がすり寄っていた。



「にゃあ」

「あら、お屋敷の中に入って来るなんて悪い子。おじい様、この子を外に放してきますね」



 少女は黒猫を両手で抱えると、屋敷の外へと向かって歩き出した。






「……エッダ様。ユーグがやられたと聞きましたが」

「耳が早いな、ヴィパル」



 黒猫が若さを感じさせる男の声で少女に語り掛けると、少女は先程までの幼い表情から一転して妖艶な笑みを浮かべた。



「エッダ様からエルフ封じの護剣を下賜されておきながら、この体たらく。奴に代わりお詫び申し上げます」

「構わん。ユーグはよくやったよ。今回は相手が悪かった」

「相手……?ユーグを討ったのは"フェンリル"の連中でしょうか?」



 黒猫(ヴィパル)は事あるごとに彼ら"ヴォーデン"の邪魔をしてくる組織の名前を挙げた。

 ユーグは組織内でも有数の武闘派である。ヴォーデンの秘術である"不可視の障壁"を常時展開出来る人間は、幹部の中でも彼だけだ。

 エルフ封じの結界という手札を持った状況で、ユーグが標的のエルフ―――ユグドラシル(・・・・・・)に敗れるとは思えなかった。しかし、少女はそんなヴィパルに楽しそうな笑みを浮かべて首を横に振る。



「いいや、フェンリルの連中にはユーグは倒せないよ。彼はエルフに―――いや、全く未知の存在に討たれたんだ」

「未知の……?エッダ様、それはどういう……」

「彼女はユグドラシルではない。見た目は似ているが、全く別の存在だ」



 少女の言葉に、黒猫はその目を大きく見開いた。



「ユグドラシル様ではない……?では、あのエルフは一体……」

「ふふ、すまんな。私も"アレ"についてはよく分かっていないのだ。この場で彼女について言及するのは控えさせてくれないか?憶測で物を語るのは苦手でね」

「……承知しました」



 少女の迂遠な物言いにヴィパルは首を傾げたが、彼女はこれ以上この話題について言及するつもりは無いようだった。



「さて、私達"保守派"としては、当面は彼女については放置で構わない。監視だけしておけばいいだろう」

「よろしいのですか?僕達が静観するとなれば、"改革派"が彼女の確保に動きますよ?」

「結構なことじゃないか。保守派の手勢を使わずに、改革派と彼女、双方の手の内を探れるのだ。好きにさせておけばいい」



 少女は抱えた黒猫を庭先に下ろすと、小さく伸びをする。



「それでは、引き続き彼女の監視を頼むぞヴィパル」

「お任せください。では」



 瞬きの刹那、黒猫は鴉へと姿を変えると、少女の前から飛び去っていった。少女はそれを見送ると、それまでの妖艶な仕草から一転して、表情をあどけない子供の顔へと戻す。



「うふふ、未知というのは素敵だわ。いくつになっても(・・・・・・・・)ワクワクするもの」






 **********






「―――ぅ、ん……」



 ゆっくりと意識が覚醒する。


 硬いベッドの上で、(リア)は呆然と天井を眺めながら、朧気(おぼろげ)な記憶を手繰り寄せる。



「ここは……?僕は、確か戦いの後で気を失って……」



 自分の手のひらを眺めると、黒衣の男(ユーグ)を消し飛ばした光景がフラッシュバックする。






『―――お前は、一体何なんだ?』






 ユーグの言葉が脳裏を過る。

 あの時、僕の身体は完全に僕自身の意志を無視して動いていた。


 ユーグを消し飛ばした極大の光芒。あんな危険な力を制御出来ていない事実に、今になって背筋に冷たいものが走る。



 ―――もしも、あの力が(ユーグ)ではなく味方(ジュウロウ)に向けられていたら。



 そんな僕の思考は、部屋の扉が開く音によって中断させられた。



「おっ、目が覚めたみたいだな」

「ジュウロウ……すまない、色々と迷惑をかけたみたいだね」

「つまんねえ事を気にすんなよ兄弟。それよりも身体の具合はどうだ?」



 扉から現れた親友(ジュウロウ)の顔に、ざわついていた心が静まっていくのを感じる。僕はベッドから起き上がると、身体の調子を確かめるように肩を回した。



「うん、問題無いと思う。……それよりも、ここは何処なんだい?ジュウロウの家には見えないけど……」

「……自由都市近くの地下施設だ」

「地下……?それはどういう……」

「あ~……まあ、こっちもお前が寝てる間に色々有ってな。その辺りの説明もあるから、とりあえず付いて来て欲しいんだが……」



 ジュウロウは何やら気まずそうに僕から視線を逸らすと、彼があの街で僕に購入してくれた女性冒険者の装束と耳当て帽が畳まれている机を指差した。



「……とりあえず、着替えてくれ。流石にその格好でうろつくのは色々と不味い」






 ………………んんっ?


 ちょっと待て。それじゃあ僕は今、何を着ているんだ?



 視線を下に向けると、レースやフリルがあしらわれた薄手のネグリジェが、僕の陶器の様に白い肌を包んでいた。



「………………」



 普通の女性が感じるであろう羞恥心とは少し違うだろうが、何とも言えない居心地の悪さに、僕は手で身体を隠すと、ジュウロウを半眼で睨み付ける。



「……まさかとは思うが、これはジュウロウの趣味か?」

「んな訳あるかっ!いいから早く着替えろっ」




次回更新は9/17の12:00頃予定です。

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