01.熱砂のプロローグ★挿絵有り
お久しぶりです。またTSモノです。よろしければお付き合いください。
灼けつくような陽射しと、砂漠が一面に広がる光景の中を、一艘の小舟が海原を征くように砂煙をあげて駆け抜けていく。
"地竜"と呼ばれる巨大な蚯蚓のような生物に牽引してもらう"砂上船"は、熱砂に囲まれたこの地方での一般的な移動手段の一つだ。
「―――くぁ、あっづぅ……」
小型の砂上船の上には二つの人影。
強烈な日射から身を守る為のクロークで全身をすっぽり覆った二人の内、一人が呻き声を上げながら、顔を外套から外気へと晒す。
「この暑さだけは何回来ても慣れねえなぁ……街まであとどれくらいだ?」
外套の下から現れたのは、この大陸では珍しい黒髪黒瞳を持つ男の姿だった。筋骨隆々の巨漢ではないが、衣服の隙間から覗く肉体は細身ではあるものの、鋭く鍛え上げられた戦士のそれである。
汗に濡れた髪を顔に貼り付けながら、男は地竜の手綱を握る相棒に問いかける。
「あと1時間ぐらいだね。……それよりも、ちゃんと頭を隠せ"ジュウロウ"。この陽射しは命を奪うぞ」
鈴を転がすような澄んだ美しい女性の声が、外套の内側から男へと届く。
「分かってるって。それより、御者を代わるから少し休めよ"リア"。前の身体のつもりで動いてると、またぶっ倒れるぞ」
ワシャワシャと乱暴に頭を撫でてくる男に、"リア"と呼ばれた女は鬱陶しげにその手を払う。
「……そうだね。それじゃあ後は街に着くまでジュウロウに任せるよ」
「おう、任せな」
「―――けど、その前に」
女が腰に下げた剣を素早く抜刀する。
甲高い音を立てて、彼女に向かって飛翔していた矢が叩き落された。
「ジュウロウ、手綱は僕が握っておくから、先にアレを任せてもいいかい?」
「あいよ。船は止めるなよリア。さっさと街で一息つきたいからな」
リアとジュウロウが見つめる視線の先―――岩陰から小型の砂上船が三隻ほど、こちらに向かって突撃してくる。船上から薄汚い男が何事かこちらに向かって叫んでいるが、その内容を要約すると「有り金置いていけば命だけは助けてやる」とのことだった。海賊……いや、砂賊という奴だ。
ジュウロウは腰に下げた武器―――"刀"と呼ばれる一風変わった片刃の剣を、接近してきた砂上船に向けて突きつけると、船上の砂賊に向かって叫び返す。
「生憎、金目のものは積んじゃいない!ご覧の通り、むさくるしい男が一人と見目麗しい乙女が一人乗っているだけだ!無駄な仕事をする前に家に帰って昼寝でもした方が賢明だと思うが如何か!」
ジュウロウの挑発めいた軽口を受けて、砂賊の船がこちらに接近してくる。その様子を見て、楽しげに頬を緩めるジュウロウの脇腹をリアが肘で突いた。
「……おい、見目麗しい乙女って何のつもりだ?」
「嘘は言ってないだろ?お前の顔を見れば大抵の男は鼻の下を伸ばすぜ?」
「君って奴は………はぁ、もういい。さっさと片付けて御者を代わってくれ」
呆れた様なリアの言葉を背に受けながら、ジュウロウは接近してきた砂賊の船に飛び移る。数十歩は離れていた距離を跳躍して甲板に着地したジュウロウの姿に、砂賊達は慌てて武器を構えるが、黒髪の剣士は意に介さずに獰猛な笑みを浮かべる。
「よう、悪いが今日であんたらは砂賊廃業だ」
―――カチン、とジュウロウの鞘に白刃を仕舞う金属音が鳴るのと同時に、数人の砂賊の胸が袈裟に斬り裂かれた。神速の剣閃に船上の砂賊達は格の違いを察したのか、既にジュウロウに対して及び腰となっていた。所詮は烏合の衆といったところか。
数瞬の間に、ジュウロウは一隻分の砂賊を平らげると、その船の舵を奪って残る二隻の砂賊へと襲い掛かった。
「……あの様子なら、ジュウロウ一人でも大丈夫そうだな」
まあ、最初からジュウロウがその辺の賊程度に負けるとは思っていなかったのだが。耳に届く剣戟の音と、砂賊達の悲鳴にリアは僅かに気を緩める。
「そこの女っ!両手を上げろっ!」
だからだろうか。その男の存在に気づけなかったのは。
御者席から振り返ると、胸から血を流した一人の男がリアに剣を向けていた。死んだふりでもしていたのか、気絶していたのが意識を取り戻したのか、ジュウロウの目を盗んでこちらの船に乗り込んだ砂賊のようだった。
「ご覧の通り、僕は地竜の手綱を握っているから手が離せないんだ。港に着くまで待ってもらっても構わないだろうか?」
「ふざけんなよクソ女!いいから、あそこで大暴れしているテメエの連れの男を退がらせ……」
御者席に座ったまま、振り向こうともしないリアに、砂賊の男はズカズカと歩み寄ると、その細い肩に腕を伸ばした。
「―――あ?」
女の肩を掴もうとした砂賊の腕が空を掴む。
目の前から消えた女の姿に、砂賊の男が呆気に取られていると、一瞬宙を舞うような感覚の後に、背後から凄まじい勢いで男の身体が甲板に叩きつけられた。
「ごぁっ!?がっ……!?」
「―――ん、やっぱり投げ技は難しいな。前の感覚でやると途中ですっぽ抜ける」
肺の空気が全て叩き出されたような感覚に、砂賊の男が目を白黒させていると、目の前の女の顔を覆っていた外套が風に煽られて飛ばされ、その素顔が露わになった。
流れるような美しく光沢のある金髪。
嵐の後の晴れ渡った深い青空を思わせる吸い込まれるような碧眼。
柔らかさと瑞々しさを感じさせる陶器のように白い肌。
―――そして、ツンと天を突く尖った耳の先。
「エ、エルフ……だと……!?な、何でこんな所に……」
こちらを見上げながら、そんな事を言う砂賊の男に剣を向けつつ、リアは軽く溜息をついた。
「……はぁ、本当に何でなんだろうね……」
彼女が熱砂の海で途方に暮れている理由。
幼馴染であるジュウロウとこうして旅をしている理由。
その理由についての話は、今から数か月ほど過去に遡ることになる。