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第九話 実は結構緊張してた

 俺の渾身のカップ麺プレゼンは、アイルに理解してもらえなかっった様だ。どう言うものか全く想像できず、頭にはてなマークがたくさん浮かんでそうなくらい首を傾げてる。

 これはもう見せた方が早いなと考え、俺は鞄からカップ麺を取り出した。

 持ってきたのは全部で五つ。どれも余計な小袋はついてない、お湯を注いで待つだけのタイプだ。


「うーん、どれにしようか…。」


 醤油、豚骨、塩、味噌、シーフード。台所で片っ端から突っ込んできたから、選び放題である。ダブってないのがある意味凄い。


「よし、醤油にしよう。」


 袋を開け、蓋をゆっくりと剥がす。見慣れたその姿に、どんどんとテンションが上がっていく。


「アイル、鍋くれ。」

「はい、どうぞっす。」


 アイルから再び沸騰させたお湯の入った鍋を受け取り、カップ麺へと注ぐ。鍋を返し、後は蓋をして三分間待つだけだ。


「…何だか、すごく良い匂いが…。」


 クンクンと鼻を鳴らし、アイルがジッとカップ麺を見つめる。

 俺も久しぶりのその匂いに、思わずグゥ…と、腹が鳴った。



 ピピピピピ…と、セットしたタイマーが鳴り響く。俺はすぐに音を止めて、カップ麺の蓋を開けた。


 中はなんて事ない、どれもしょぼい具材ばっかりだが、それでも待ちに待ったラーメンである。今日ばかりは小さくて薄いメンマやナルトも、いつもより美味しそうに見えた。


「いっただっきまーす!」


 アイルが渡してくれたフォークを手に、俺はその麺を口へと入れる。


「あー、幸せ…。」


 カップ麺、最高。



 いや、まあ、勿論ちゃんとしたお店のラーメンとは比べられないけど。だけど、やっぱこう…、今までと比べて夕飯食べてる…!って感じがする。


「食いかけでアレだけど、アイルも食べてみるか?」

「い、いいんすか…!」


 実はさっきからアイルのお腹も鳴っていた。そりゃ、お茶だけで過ごすなんて無理だよな。ただ、我慢してるだけなんだ。


「熱いから気を付けろよ。」


 フォークを渡し、アイルの様子を見る。俺のことを見てたから食い方は大丈夫そう。ふぅふぅ…と、息を吹きかけ、そっと口に運ぶ。


 次の瞬間、アイルの表情がとてつもなく幸せそうなものに変わる。


「う、美味いっす…!」


 先程の金平糖の時もそうだが、アイルは幸せそうに食べるよな。状況が状況だし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。それでも、本当に美味そうに食うから、めちゃくちゃ微笑ましくなる。

 まあ、さっきまでは俺もあんな風に食ってたんだろうな…とは思うけど。だってカップ麺最高だったし。


「シュン、やっぱりお貴族様じゃないんすか?こんな美味しいものを持ってたなんて…。」

「違う、違う。俺のいた国はそれが普通だっただけ。」

「随分と発展した豊かな国なんすね。そう言えば、なんて言う国なんすか?」

「あー、日本って言う、小さな島国なんだ。」

「初めて聞いた国名っす。」


 アイルから戻されたカップ麺を食べながら、俺は返事をする。

 そりゃ、そうだろうな。この世界の国じゃないし。


「どこにあるか分からないけど、無事に帰れると良いっすね。」

「ああ、絶対に帰ってやるさ。」


 その為には、もっとこの世界のことを知らないとな。はー、あの女のせいで本当に面倒くさい…。


「それにしても本当に美味しかったっす。しかも、お湯だけで出来るなんて。」

「これがカップ麺の良いとこだな。日持ちもするし、どこでも食べられる。お湯があれば数分で出来るなんて、最高の食いもんだぜ。」


 まあ、日持ちするって言っても、数ヶ月だけど。携帯の日時が合ってるなら、後四ヶ月はもつな。

 絶対それより前に食べきるとは思うが。


「冒険者が知ったら、きっと大喜びっすよ。野営とかはよくあることだし、少しでも美味しいものを食べたいはずっすから。きっと、この事を知ったら誰でも欲しがるはずっす。」

「ふーん、そうなのか。」


 …まさか、奪われたりしないよな?冒険者ってアイルみたいに凄い力がある奴等だろ。絶対に勝てないんだけど…。



「……なあ、アイル。」

「どうしたんすか?」

「昨日も言ったが、俺はちょっと特殊な生まれ育ちで、この国の事は全然分からねえんだ。あまり言いふらすつもりもないから、出来ればアイルの胸の内にしまって欲しい。」

「えっと…まあ、それは良いすけど。」

「それで、アイルに頼み事があるんだ。」

「頼み事っすか?」


 アイルがきょとんとした顔でこちらを見つめる。耳が閉じててちょっと可愛い。

 そう言えば、アイルは何の獣人なんだろうか。後で聞いてみよ…じゃ、なくて。


「この町を出るまで、俺に戦い方の稽古をつけてほしい。」

「稽古?」

「ハッキリ言って、俺は戦えない。他人と喧嘩すらした事ないし、魔法の事も基本魔法しか知らなくて、他にどんなのがあるかも知らない。」

「……。」


 アイルは無言のまま、俺の話の続きを待っている。一度深呼吸をしてから、俺はゆっくりと自分の考えを吐き出した。


「魔物だって昨日見たのが初めてで、魔道具の使い方も分からない。そんな俺が一人でこの町を出ていって、無事にラージルの町に行けると思うか?」

「……無理っすね。例え魔物や賊に襲われなかったとしても、魔道具も使えないんじゃ途中で野垂れ死にするっす。まあ、そもそも襲われないってのがあり得ないっすけど。」

「だから、俺は力が欲しい。どうやって戦うかを知りたいんだ。敵を倒す戦い方じゃなく、敵から生き延びる戦い方を。」


 正直、暴力は苦手だ。するのも、されるのも。痛いのは嫌だし、出来る事なら逃げていきたい。

 手を出せばそれだけで問題が大きくなるしな。


 それでも、ここでは最低限の力は必要なんだ。全く無いままよりは、少しでも合った方がいいに決まってる。


 俺は元の世界に戻れるまでは安全に暮らしたい。揉め事もなく、平和に生きていたいんだ。

 その為に必要なことは、色々あると分かってる。やれる事は、やっておかなくちゃいけない。


「具体的に、どうしたら良いんすか?アタシ、あんまり人に物を教えるのは得意じゃないんすけど…。」

「他にどんな魔法があるのかとか、ちょっと身体的に鍛えてほしい、とかかな。後はどんな魔物がいるか、とか?」

「うーん、アタシは魔法を主体に戦うわけじゃないから、あんまり知らないっすよ?それに、魔物もそこまでは分からないし…。精々、ちょっと体を一緒に鍛えるくらいしか出来ないっす。」

「それでもいいんだ、頼む。」


 どんな魔法があるか分かれば対処法も考えられるし、少しでも体を鍛えられればもしもの時に攻撃を避ける事が出来るかもしれない。

 魔物についての本は持ってきたけど、写真とか図が無いから、文字だけだと全然分かんないんだよな。おまけに、ページ数が多過ぎて流し読みしただけだ。


「…まあ、それで良いなら、アタシも良いっすけど。」

「ありがとな、助かる。お礼代わりに一個やるよ、どれが良い?」

「……え!?」


 アイルがあまりにも大きな声を上げて驚いた表情をするから、俺も思わずビクッとした。

 …何か変なこと言った?


「あ、もしかして、現金とかの方がいい?俺、手持ちってさっきの余りの小銀貨一枚しかないんだけど…。」


 流石にまた無一文は困る…。食いもんで何とかならねーかなって考えてたけど、アイルだってプロの冒険者だし、やっぱり現金の方がいいのかな。


「……確かに、シュンはもう少しこの国の事情を知っておくべきっすね。」

「ん?アイル?」

「そのカップ麺は、別に良いっす。さっきのお菓子のお礼で、アタシが色々教えてあげるっすよ。」

「え、いいのか?」

「このまま他所の町に行ったら、間違いなく騙されてカモにされるっす。稽古ついでに、もっとこの辺りのことを勉強するっすよ。」


 なんか凄い呆れられたんだけど、カモにはなりたくないから大人しくアイルの言うことを聞く。

 俺にとってはこれが普通だったけど、この世界はかなり他人に厳しいのか?


 確かに俺を読んだ張本人は最低最悪の女だったし、いきなり現れた借金取り?はいきなり人殺しとか普通にする奴等だった。

 奴隷だ魔物だと、日本とは常識も生態系も全然違うのは、流石に理解はしてる。


 んー、でも、アイルは良い奴だよなぁ…。



 やっぱ、もっと深く知っておかなきゃ駄目か。


「じゃあ、まずはこの辺りにいた魔物の事から教えて行くっす。」

「おう、頼むよ。」

「元々ビスティアの森にいた魔物は、その殆どが獣系っす。昨日見たホーンラビットの他に口から火を吐くフレイムボア、風を纏ってて動きの素早いストームウルフ、体長3mを優に越えるジャイアントベアとかっすね。海を渡って来たのか、ごく稀に鳥型の魔物を見る事もあるそうっす。」


 名前だけだといまいちピンとこねえな。ジャイアントベアだけはすっごい大きな熊で想像は出来るが。


「今までいなかった魔物ってのは?」

「アタシはまだ見た事ないっすけど、ボーンナイトやゾンビとかのアンデット系が出てきたって。アンデット系は物理攻撃が効きにくくて、魔法主体じゃないと倒すのが大変っす。」


 アイルは物理攻撃が主体だって言ってたな。確かに、昨日見た感じだと近接タイプっぽい。


 そのまま話を聞いてると、そもそも獣人は魔力が少なくて、殆どが物理攻撃主体で戦う種族らしい。生活魔法や下級魔法は使えても、上級魔法を扱える獣人は滅多にいないって。


 誰もが魔力を持ち、皆が魔法を使えるこの世界。


 だから余計に見下されるんだと。


「精々、アタシが知ってるのは基本の下級魔法と、辛うじて火の中級魔法くらいっす。カイルがこの町唯一の風の加護持ちっすから、風の魔法についてはカイルに聞いた方がいいっすね。」

「…すっごい不信感もたれてたけど、俺に教えてくれるか?」

「まあ、アタシから言ってみるっすよ。あの子は責任感が強くて、皆を守ろうとしてただけっすから。シュンに害が無いと分かれば大丈夫。」


 まず、分かってもらうのが一苦労だと思うんだけど。

 でもまあ、アイツの気持ちも分かるし、出来れば無理強いはしたくねえな。


「ま、出来たらでいいから。んで、肝心の魔法の種類は?」

「それぞれの下級魔法で一般的なのは、ファイヤーボール、アクアエッジ、ストーンブラスト、ウィンドアローの四つっす。」


 ファイヤーボールは火の玉、アクアエッジは水の刃、ストーンブラストは石の爆発、ウィンドアローは風の矢。

 うん、そのままの意味だな。この辺りはゲームにもあるような名前だし、何となく想像ができる。


「詠唱も短く、直ぐにパッと打てるけど威力は低めっす。」

「アイル、試しに撃てる?」

「流石に町中だと無理っすよ。うーん…、明日また森に行って、魔法はそこで練習するっす。」


 どんなもんか見たかったけど、確かに普通に考えれば町中じゃ無理か。ちょっと火の玉が浮いてるくらいならいけるかと思ったけど、そう言うもんじゃねえのかな?


「どうせ森に行くなら、他の魔物も見ておきたいんだが。アイルで狩れそうなら、魔法の練習台にもしたい。ただ、そうすると連日の狩りになるから、アイルの体力的にはキツいか?」


 アイルがどれくらい森に篭ってたかは知らんけど、連日狩りに出かけるのはキツいよな。

 あの屋敷がどの辺にあったかは分かんねえが、奥の方に行けば魔物はいるっぽいし、出来るならちゃんと魔物と戦えるようになりたい。


「…別にキツくは無いっすけど、まず魔物が見付からないっすよ?」

「ん?奥の方に行けばいるよな?…あ、もしかして奥の方ってあんまり行かない方がいいのか?」

「…確かに、森の奥はあの魔女の屋敷があるから近付きたくはないっすけど、魔物を探しに行ったことはあるっすよ。何度か数日掛けて探し回ったっすけど、アタシは何も見付けられなかった。他の人が一度だけアンデット系の魔物を見たらしいけど、他は何にも。」


 あれ、あの屋敷の周り、まあまあ眼鏡に反応あったよな?


「……もしかして、シュンは見付けられるんすか?」

「あー、まあ、何となく…。」

「そ、それなら、是非探して欲しいっす!少しでもお肉を狩って、村の皆に配りたいっすから…!」


 アイルは懇願するようにググッと俺に近付いて、ギュッと手を握った。頼りにされて嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになる。


 …でも、握られた手がギリギリと音が鳴って少し痛い。


「ある程度近付けば魔物の位置は分かると思うけど、もしもアイルじゃ敵わない相手だった場合はどうするんだ?」

「シュンの基本魔法で空を飛べば、まず逃げられると思うっす。」

「へー、なら大丈夫そうだな。アイル、明日からお願いしてもいいか?」

「勿論っす!これでまた肉が狩れるなら、アタシの方こそ宜しくっすよ!」

「一応、絶対に見つけられるとは限らないけど、俺も頑張って探すよ。」


 こんだけ期待した目で見られると、もしも見付かんなかった時の罪悪感半端ねえな…。


「それじゃ、今日は早めに寝るっす。準備は明日の朝にでも。」

「ん、分かった。」


 アイルが机の上を片付け始めたから、俺も何か手伝おうとしたら別にいいと言われた。

 ……そう言えば、どうやって寝るんだ?


「なあ、アイル。寝室って奥の部屋?」

「そうっすよー。」

「…俺、どこで寝たらいい?」


 この部屋にあるのは机と椅子、大きな棚にちょっと古臭い竃だけだ。

 ベッドもなければ、ソファもない。まあ、布団さえあれば端の方に引けなくはないけど、一人暮らしであろうアイルの家に、予備の布団があったりするのだろうか。


「この家は元々、町を出て行った一家の物だから、奥にベッドが二つあるっす。ちょっとボロボロだけど布団もちゃんとあるから、大丈夫っすよ。」

「…って、一緒の部屋で寝るってことか!?」

「急にどうしたんすか、大声あげて。何か問題あるっすか?」

「問題っていうか、そりゃ…!」


 流石に女の子と二人、同じ部屋で寝るのはマズイんじゃねえのか?

 いや、別に手を出すとかそんなことはしないし、ってか出来ないし…。アイルからすれば俺なんかが襲ってきても、すぐに返り討ちにできるから気にしないのか…?

 でも、いくら何でも俺は恥ずかしい…。誰かと寝るなんて久しぶりだし、それも家族以外の奴なんて初めてだ。


「ほら、さっさと寝ちゃうっすよ。明日は朝から動くんすから。」

「お、おう、それはそうだけど…。」

「シュンはあっちのベッドを使うっす。一応、狩りに行く前に干してはきたから、虫が沸いてる、なんて事もない筈っすよ。」


 アイルが手を掴んで奥の部屋へと俺を連れてきた。端の方にタンスっぽい棚があって、真ん中にベッドが二つ並べられてた。

 間に小さな棚があるから思ったよりも離れてはいるが、俺…この状態で寝られるかな…?


 そんな事を考えながらジッとベッドを見てる俺に、アイルは何を思ったのか虫はいないと言い出した。

 いや、気にしてるのはそこじゃねえんだけど…。


「それじゃ、お休みっす。」

「お、お休み…。」


 いつの間にか窓の外は暗くなっていて、アイルはさっさとベッドに潜り込んでしまった。

 まって、着替えとかも無し?…いや、着替えっつっても学ランしかないんだけどさ。俺、この数日間お風呂も入ってないんだけど。

 …この格好のままベッドに入っていいのか?


 すぐ隣で歳の近い女の子が寝てるなんて、なんかスッゲー緊張するんだけど。今までこんな経験した事ないし、本当にこれ横で寝ていいの?もしかして床で寝転がった方がいい?


「すー、すー…。」


 既に寝息が聞こえ始めてる。寝付くの早いな…とか思ったけど、アイルも数日森に篭ってた訳だし、そりゃ疲れてるよな。俺も明日からまた森の中なんだし…。



 幾ら考えたところで結局どうする事もできず、俺は大人しくそのままベッドへと入り込んだ。

 ちょっと埃っぽいけど、そこまで臭ったりするわけでもなかったし、二日ぶりのちゃんとした寝床という事もあり、俺は思ったよりも早くに眠りについたのだった。

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