第七話 町ってか村っぽい
町の大きさは、俺が考えてたよりも大きかった。そこまで高くはないが、門の周りはちょっとした塀で囲まれており、更には見張り台っぽいのもある。
これなら門以外からの侵入は即バレだし、見張りもしやすいな。
ここから見る限り、建物自体は殆どが平屋で、たまに二階建てがあるくらいっぽい。地面は土をならしてる程度で、アスファルトどころか石を敷き詰めてすらないから、雨の日とかメッチャ滑りそう。
…そもそも、アスファルトってあるのか?この世界に。
あと、見た目は確かに想像以上だったが、ぶっちゃけ町って言うよりも村って感じなんだけど、どう違うんだろう。日本だと、確か人口的な違いだったような気がするが…。
人数は少ない方って言ってたし、門から見ても町中がそんな発展してるようには見えない。
…もうちょっと勉強しとけば良かったな。
「お帰り、アイル。今日は大量じゃないか!……それで、そっちの人間は?」
「ただいまっす、ローランおじさん!獲物についてはまた後で。こっちはシュン。森の中であった旅人っす。」
「どうも、仙崎駿です。お邪魔します。」
「……。」
門に近付くと、側で立ってたおじさんが話しかけてきた。アイルには笑顔を向けてるが、俺の方は物凄く怪しい目で見られる。やっぱり、前例があるから他所の人間には厳しいか…。
「大丈夫っすよ、ローランおじさん。シュンはアイツ等とは違う。それに長居はしないっすから。」
「……そうか。悪いが歓迎は難しい、すまねえな。」
「あー、アイルから事情は聞いてるんで大丈夫です。俺の方こそ、短い間だけどすみません。」
アイルが平気だと伝えたところで、こういうのは中々心の整理がつかないだろう。こればっかりは仕方ねえし、居心地悪くても町の住人に何か言うつもりはない。
さっさと出ていけば、俺も向こうも安心できるしな。
「アタシの家はこっちっす。でも、先にお肉渡しに行ってもいいっすか?」
「ああ、構わねえ。俺も、後でいいからどっかでこの肉って売れるか?少しくらいは現金をもっておきたい。」
「…良いんすか?折角の肉を…。」
「まあ、肉も良いがやっぱり金は無いとな。」
「分かったっす。それなら、先にお店の方へと向かうっすよ。」
アイルがテクテクと歩いていくから、俺はその後を着いていくしかないんだが…、凄い視線が刺さる。時折アイルが話しかけてくれるから何も言われないが、どうにもこの視線は気になるな…。
これは早めにこの町を出て行った方が良さそうだ。
「アイル、お帰り。…そっちの兄ちゃんは?」
「森で会った旅人のシュン。ホーンラビットの肉を売りたいって。」
「何…!まさか、それ全部か!?」
「あー、えっと、二匹はアイルの分で、俺のは食いかけのこっちです。少しだけ残して、残りを金に変えたくて。」
「そ、そうか…。いや、それでもありがたい。久しぶりの肉だ…!」
少しガッカリした様な表情をしたが、直ぐに嬉しそうに微笑んだ。さっきの門番といい、肉屋のおっちゃんといい、どの住人も皆痩せこけた顔をしている。本当に食糧難なんだな…。
「兄ちゃんは、どれくらいあれば良いんだ?」
「あー、どうしよう。この肉ってココでジャーキーとかにできます?」
「出来るが、塩振って干すだけだから一月くらいしか持たんぞ。」
「まあ、それで充分かな。んじゃ、この袋に収まるくらいあれば良いや。調理代も取って良いので、残りの分お金にしてもらえません?」
「分かった。……全部で小銀貨二枚でどうだ?」
チラリとアイルの方を見るが、特に何も反応を示さないから、そこまで変な値段では無いのだろう。
と言うか、そもそも相場とか知んないし、売れれば良いからボッタクられてても気が付かないんだけどな。貨幣の価値もまだピンと来ないし。
俺はその値段で了承しようとおっちゃんに声をかけようとした時、急に後ろの方がざわめき始めた。
「ん?何だ?」
「シュン、向こうに……。」
「おいおい、見知らぬ人間がいるじゃねえか!」
アイルの言葉を遮り、俺達に近付いてくる人影が二つ。普通に考えて見知らぬ人間ってのは俺の事だろうし、大人しく後ろへと振り向いた。
そこにいたのは、明らかに柄の悪そうな男が二人。ニヤニヤとした表情で、コチラを見ている。
まあ、どう見てもこの縄張りを占めてる連中だろうな。ソイツ等の顔を見てると、ウチの組員の方がまだ賢そうな面してるぞ…と、言いたくなる。
それくらい分かりやすい程に、俺達の事を馬鹿にした表情で見ている。どう見ても馬鹿っぽいのはアンタ等だけど。
…まぁ、口が裂けても言わないが。
「おいおい、兄ちゃん。いつこの町に入ってきたんだ?」
「…ついさっきだ。この町は住民以外は入れないのか?」
「いいや、んなこたぁねえよ。俺達はいつだって歓迎さ。ただし、色々とルールはあるがな。」
「へー、ルール。」
下品な笑いを浮かべたその顔は、ハッキリ言ってどこの三下だと言いたくなる面だった。こんな馬鹿みてえな面した奴、向こうの世界にだってそうそういねえよ。他所の組の奴等だって、もうちょいマシな面構えしてるわ、多分。
「この町で物を売るときはな、商売税がかかんだよ。」
「そうそう。町の住民とか関係なしに、この町じゃどんな相手であってもな。」
「人間は大銅貨三枚、獣人は大銅貨五枚だ。計八枚、さっさと出しな。」
そう言って男達は、俺に向けて掌を向ける。早く寄越せと言わんばかりの動作も添えて。
「は?いや、売るのは俺だけでこっちは違ぇんだ。」
「ああん?そんなの、俺達には関係ねえんだよ。お前等二人でいんだから、二人分回収すんのがこの町のルールだ。」
「俺達はこの町を守るために働いてんだ。ルールを破るなら、容赦はしねえぜ?」
「……何がルールっすか。勝手に言ってるくせに。」
ボソリと呟いたアイルだったが、どうやら男達にも聞こえたらしい。ニヤニヤとした表情を崩し、不機嫌なことを隠そうともせずにアイルへと掴みかかった。
「んだよ、獣人風情が…。何か言ったかぁ?」
「別に、何でもないっすよ。」
「この町が平和に過ごせてるのは、誰のおかげだと思ってんだ!テメエ等みてえな獣人如きが、人間様のやることに口を挟むんじゃねえ!」
「俺達がいなけりゃまともに暮らせないくせに、お前等は大人しく言う事を聞いてりゃいいんだよ!」
男達が声を荒げると、周りの人達もザワザワと遠巻きにこっちを見る。その目はどう見たって恨みがましい、射殺すさんばかりの視線だ。
だけど、誰も近付いてこないし、声を上げようともしない。関係者であるはずのおっちゃんも、目を逸らして下を向いている。
俺は小さく息を吐き、おっちゃんへと声をかけた。
「なあ、おっちゃん。悪いが先に金をもらえない?」
「へっ!?いや、えっと…。」
「おっちゃんからもらわないと、俺金が無いんだ。これ以上騒ぎを大きくしたくない。」
「……分かった。」
そっと店の中に戻ると、傍にあった箱?をガサゴソと漁り、直ぐに戻ってきた。もしかして、アレがレジとか金庫?不用心すぎねえ?
「兄ちゃん、小銀貨二枚だ。」
「ん、サンキュ。おい、アンタ等。」
「ああ?」
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気の中、俺は男達へと声をかけた。
「ほら、払えばいいんだろ。受け取れよ。」
そう言って小銀貨一枚を摘み、サッサと受け取るように手を突き出した。
「……ッチ、分かりゃ良いんだよ、ったく。」
アイルを乱暴に突き放し、俺の手からお金を奪い取るように引っ手繰る。
「これで俺達が売り買いしても文句はねえだろ。残りの二枚はアンタ等の分だ。これで大人しく引き下がってもらえるか。」
「シュン…!?」
「ハッ、そっちのガキはちゃんと分かってんじゃねえか。」
「ミカジメ料は必要だからな。もしも町に危機が訪れた場合は、アンタ等が何とかしてくれるんだろ?」
「ああ、そうだ!これは、この町を守るための必要経費ってやつさ。」
余りが自分達の分だと分かると、男達は随分と機嫌がよくなった。大した額ではなさそうだが、金を余分に出したってのが大事なんだろう。
どんな小額でも俺に取っちゃ貴重な金だが、それでこの騒ぎが収まるなら、まあいいさ。
「坊主に免じて、今回は見逃してやるよ。獣人如きが俺達に楯突こうなんざ、ズタボロにされたって文句はいえねんだ。」
「これに懲りたら、大人しく言う事を聞いてるんだな。」
ゲラゲラと笑いながら、男達は機嫌良さそうに離れていった。完全に姿が見えなくなると、俺は大きな溜息を吐く。
「あー、だっる…。やっぱ他所の縄張りって面倒癖えな…。」
「シュン…!あれ、お金…!」
「アイル、悪かったな、俺のせいで。関係ねえのに巻き込んじまって。」
「いや、アタシは別に、よくあることっすから。寧ろ、アタシのせいで余計に払うことになって…。せめて自分の分くらいは…。」
そっと自分の懐からお金を取り出そうとするアイルを、俺は手を突き出して止める。
「ありゃ、俺が巻き込んじまっただけで、アイルは関係なかっただろ?だから良いんだ。」
「でも…。」
「おっちゃんも、変に騒ぎになって悪かったよ。ごめん。」
「お、俺は別に…肉を買っただけで…。だが、兄ちゃんは…。」
おっちゃんも巻き込まれた側なのに、変に口籠る。気にしてるっぽいけど、変に気遣われても仕方がない。どうせ少しすればいなくなるのだから。
「またもし手に入ったら、売りにくるからさ。その時は宜しく頼むよ。」
「あ、ああ…。そうだな。」
「それより、ジャーキーっていつ頃できる?」
「えっと、…三、四日くらいか。出来上がったら声をかけてもいいが…、兄ちゃんはその間どこにいんだ?」
「……あ。」
そう言えば、この町に滞在する間の事を考えてなかった。できれば、野宿は避けたい…。
「この町って、宿とかあったりは…。」
「無い。そもそも、ここは小さな村だった。旅人が現れた場合は村長の家に泊まってたそうだが、今じゃアイツ等の住処だ。他に泊まれるような場所は…。」
うわ、マジか…。町の中にいながら、外で寝る羽目になるのかよ…。
「……仕方ないっすね。シュン、アタシの家に来るといいっす。」
「え?いいのか?」
「別に構わないっすよ。さっきの事もあるし。大体、町の中で野宿されたら、アタシ等も安心できないっすから。」
うげー、なんて考えてたら、アイルからまさかの提案。
「あ、アイルの家族は?」
「…アタシは一人暮らしっす。両親は昔、アイツ等に殺されたっすから。」
「……すまん。」
「別に、シュンが気にすることじゃないっす。この町には、そういう事情のヒトはたくさんいるっすから。」
…やっぱ、重い話は苦手だな。聞いてていい気分にならないし、話してる方も気持ちが沈んでいくだろう。
この町の惨状、マジでキツイな。何が地雷になるか分かんねえから、下手なこと聞けねえじゃん。
「って事で、出来たらアタシの家までお願いするっす。」
「分かった。……なあ、兄ちゃん。」
「ん?」
話が無事にまとまり、そろそろアイルの家に行くかというところで、おっちゃんに話しかけられた。
「ありがとな。」
ボソリと聞こえたその言葉が何に対してなのかよく分かんなかったが、俺はそっと頷いてから、おう…と、返事をした。
「あ、家の前にお肉渡さなきゃ。」
「そういや、どっかに行くって言ってたな。どこ行くんだ?」
「孤児院っす。」
…この町で孤児院って聞くと、重い話しか思い浮かばない。どう考えたって、アイツ等が原因だろ。
「まあ、正確には礼拝堂だった建物が、孤児院に変わったんすけどね。親がいない子供達をそこに集めて、町の皆で面倒見てるんす。ただ、今はこの食糧難だから、中々ご飯があげられなくて…。」
「子供じゃ大して働けないもんな。」
「そうっす。働くにしても、大人ですら食べていくのが大変で、肉が手に入らない。野菜ばかりの食生活じゃ、食べ盛りの子供達はあまり成長できないっす。」
菜食主義でもなきゃ、肉が食べれない食生活はキツいだろ…。俺も我慢できねえわ。
「この町で手に入るお肉は、たまたま狩れた場合か、ラージルの町で買ったときだけっす。」
「ん?他所の町で買いもんできるのか?」
てっきり、ずっとこの町に引き篭もってるのかと思った。他所の町に助けを求めらんないって言ってたから、全く関わり合いがないのかと。
「この町だけじゃ、とっくに生きてなんかいけないっすよ。今までは肉や毛皮をラージルの町に卸しに行ってたけど、狩りが出来なくなった今、木彫りの置物や草木で編む籠や鞄なんかを皆で作って、町に売りに行ってるっす。」
「へー。じゃあ、町同士の交流はあるのか。」
「…いや、ラージルの町に移住したここの元住人が買ってくれてるっす。少しでもこの町の助けになる様にって。あまり高くは買ってもらえないっすけど、それを売ったお金で肉とかの食料品や魔石を買って帰ってくるんす。」
……ん?魔石を買ってくるのか?何のために…。
「肉は分かるが、魔石って何に使うんだ?」
「…魔石は魔道具を起動するのに使うんすよ。それも知らないんすか?」
「いや、それは分かるけど、買わなきゃいけないほど必要なのかなって。」
「基本的に買うのは、土の魔石っす。次いで水っすかね。火や風はそこまで必要ないっす。」
アイルの説明に、俺は頷きながら静かに聞く。
「食品を保存するための魔道具はどうしても必要になるっすから、水の魔石は最低限買うっす。ただ、土の魔石は出来る限りギリギリまで買わなくちゃいけない。」
「何でだ?」
「畑の肥料にするからっす。」
「…ああ、なるほど。」
今のこの町じゃ、滅多に肉が手に入らない。ならば、人々は何を食べて生きているのか。
それは、青果や穀物などの農作物だ。
この町の住人は今まであった畑を更に拡大し、実った収穫物を中心に、何とか生きてきたのだ。
…どう考えたって栄養不足だろう。それなら、町の住人の殆どが痩せこけているのにも納得だ。肉が無けりゃ、力も出ない。
「畑を大きくしたところで、大地に魔素が無いと、作物は育たない。だから、土の魔石を買って肥料に混ぜ、畑に撒くんす。作物が取れなくなったら、本当に終わってしまうっすから。」
「ちょっと気になったんだが、あの男達はどうしてるんだ?それに、町を行き来する時や、売買した時のお金なんかは…。」
正直、あの様子じゃ町の物を売ったお金も取り上げてそうなんだよな。全部じゃないにしろ、半分くらいは持ってってそう。
それに、町の住人達と違って、さっきの男達は体もガッシリとしてて、健康体そのものだった。多分、アイル達よりしっかりと食べてるのだろう。
「…この町からラージルの町に行くには、馬車で一週間くらいかかるって言ったっすよね?」
「ああ、聞いた。」
「その一週間の間、当然ながら何事もなく無事に済む…なんて事はないっす。魔物が現れたり、盗賊が襲ってきたり、割と危険も多いんすよ。」
あー、まあ、そうだよな。盗賊とか、そう言うのもいる世界なんだな…。
「普通の住人だけじゃ、町に向かうだけで死ぬ事もあるっす。だから、どうしても護衛が必要になるんすけど、今の森の状態じゃ例えすぐ抜けるとしても、アタシ等じゃもしもの時に護衛する力が無い…。一番力のあった大人達は、アイツ等に殺されるか、既に町を離れてるっすから。」
そう言えば、昔はたまに行き来してたって言ってたもんな。
「毎回危険があるわけじゃないすけど、この現状で何かあったらそれこそ終わりっす。…だから、力だけはあるアイツ等が一緒に行くんすよ。」
「…何となく理解した。」
「用心棒代だと言って、売り上げの半分を持っていく上に、買った肉もかなり持ってかれるっす。魔石に関しては自分達の食事にも拘るからあまりアレコレ言わないっすけど、実った農作物は容赦無くとってくっす。」
マジでクソ野郎共だな…。ウチの親父が聞いたら、何て言うだろうか。
「大体、アイツ等は村の非常食が入った鞄すら持っていったのに…。最近はかなりそれが酷くなってきたから、恐らくはもう殆ど残ってないんだと思うっす。」
「非常食?」
「村に唯一ある魔法鞄には、飢饉に備えて村の皆が一年は過ごせる様な量の食べ物が入ってたんす。」
魔法鞄…。また知らんもんが出てきたが、何となく予想はつくな。
「アイツ等はそれを食べて今までやってきたんだろうけど、それもキツくなってきた。だから、最近はかなり横暴なことも言ってくるっす。」
「さっきみたいなのもか?」
「シュンがよそ者って事で、さっき見たいのはあまりないけど、物々交換ですらお金を取ろうとしてくるっすよ。」
交換なら商売じゃないから、って事か。でも、それですら金取ろうとするなんざ、随分と高いミカジメ料だな。
「ただ、この現状がいつまでも変わらなかったら、アイツ等が出ていくんじゃないかって皆も話してるっす。碌に食べる物もない、お金だってそんな大金が入るわけじゃないっすから。もう少しだけ皆で我慢しようって。」
「まあ、旨味どころかマイナスになっていく様なら、手を切った方がいいんだろうけど…。」
あの家で育ったせいで、そのやり方が本当に良い結果になるのかが分からない。どれだけ損になろうと、きっちりミカジメ料もらってたなら、自分の縄張りくらい、最後まで面倒見るのが筋ってもんだろう。
……ただ、アイル達にとってはその方がいいのかもしれないな。
「きっと後数年我慢すれば、今とは状況も変わるっす。それまでは、アタシも皆も、諦めない。アイツ等に屈したりはしないっすよ。」
「…そうか。」
マイナスの状態でいつまでも反抗する奴等の相手はしたくない。だから、どれだけ怪我を負おうともアイツ等に反抗的な態度を取ってんのか。
そこまで腹が決まってんなら、俺は何も言えない。アイル達がそうだと決めたんなら、俺は上手くいくように応援するくらいしかないな。
「ああ、シュン。あそこっす。着いたっすよ。」
気まずい会話をしつつも歩いていると、目的の場所の辿り着く。足を止め、口を開いたアイルが指を刺したその先には、あまりにもボロボロになった、大きな建物だった。