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第四話 初めての戦闘

 話しと食事に夢中でスッカリ忘れてた。そういや、ここは森の中だった。


 眼鏡に魔力を通して辺りを確認する。茶色の反応が三つ…って事は、つまり三匹か。魔物と思われるソイツ等がこっちに来てるって事だよな。


「そんなに数は多くなさそうっすね。距離もまだありそうっす。」

「あー、えっと…数は三匹、だと思う。正確な距離は俺も分かんないけど、方角なら分かる。俺達から見て南西から二匹、北東から挟むように一匹が向かってきてる。」

「…分かるんすか?」

「まあ、一応な。」

「そう言えば、隠れてたアタシの事も分かってたようっすからね…。それなら、お互い協力して、分け前は半々でどうっすか?」


 俺が数と位置を言えば、アイルは頭の上にある耳をピクピクと動かして辺りを探る。鼻をスンスンと鳴らしながら既に臨戦状態になってるアイルへ、俺は慌てて言葉を発した。


「ま、待ってくれ!俺は、その…。」

「どうしたんすか?」

「あー、実は、俺…戦いとかしたことなくて…。と言うか、喧嘩すらしたことねえんだわ。」

「へ?」


 だって俺、声かけたら基本的に逃げられてたし、逃げられなくても(へりくだ)った対応ばっかだったし…。

 逆に高校で絡まれても無視するように撒いてたから、喧嘩なんてしたことねえんだよな。


「ちょっと特殊な家の生まれでな…、魔物すら見た事ねえんだわ。いや、まあ、流石に女の子一人に任せたりはしねえけど、多分引きつけるくらいしかできねえと思う…。もしアンタが行けそうだったら、倒して欲しい。分け前とかいらねえから。」

「良いんすか、それ?」

「すっげぇ悪いとは思うけど…。」

「いや、アタシとしては本当に分け前なくて良いんすか?って事なんすけど…。」

「そりゃ、勿論いらねえよ。俺は戦えないんだし。」

「……随分と特殊な育ち方してるんすね。まあ、そう言う事なら、良いっすよ。」


 正直めっちゃ申し訳ない気持ちではあるが、出来もしない事をやるわけにはいかない。予め知っておいた方が、向こうも対処のしようがあるだろう。

 情けないが、しっかり伝えておかねえとな。変に見え張って状況悪化させんのだけはマズい。


 それにしても、魔物ってどんな感じなんだろうか?魔物についての本はあったし持ってきてはいるが、中身なんてパラパラっと読んだくらいだから、全く覚えていない。

 挿絵とかも無く、ただひたすら文字の羅列だった本のことなんか、頭に入ってくるかっての。


「そろそろ来るな…。まずは南西の二匹からだ。」

「アタシももう分かるっすよ。……来た!」


 アイルがそういうと、集中して見ていた目の前の草陰から、何かが飛び出してきた。最初はチラッとしか見えなかったが、アイルが突進してきたソレを相手に拳を振るうとさっと避けて地面に留まる。ジリジリと動きながら此方の様子を伺うその二匹は、隙を見せれば今にも襲い掛かってきそうだ。


「ホーンラビットっすね。」


 目の前に現れた魔物は、額に一本の角を生やした、兎のような動物だった。大きさは普通の兎よりも大きくて、柴犬とかの中型犬くらいはありそう。真っ赤な目が血走ってるみたいで、ちょっと怖えな…。


「本当に、アタシが全部もらっちゃって良いんすか?」

「ああ、構わねえ。それより、もう一匹が近くまで来てるぞ。」

「了解っす。それじゃ、コイツ等パパっとやっちゃうっすね…!」


 そう言うと、アイルは自ら兎っぽいやつへと向かい、思い切りその拳を振るった。二匹とも直ぐに横へ避けようとしたが、アイルの手がその内の一匹を掴む。捕まった魔物は逃げ出そうと暴れるが、首元を掴まれているために何もできない。

 そのままアイルの手がぐっと力を入れると、ゴキッという嫌な音と共に、ピクピクと痙攣しながらその動きを止めた。



 ……待って、待って、超怖えんだけど…!?え、握力どうなってんの?ってか、素手でやりあうのかよ!?


「もう一匹…!」


 手の中の魔物をその場に落とし、続いてもう一匹の方へと向かっていく。あまりにもな光景に内心震えながら、俺は後ろから飛び出そうとしている最後の一匹へと視線を向けた。


 …べ、別にこれは、アイルが怖いわけじゃないぞ。俺は俺の役割を果たそうとしてるだけで、目を背けてるわけじゃないからな…!


「《風の魔素よ(フウィン)》!」


 後ろの草陰から現れたもう一匹が、俺の方へと向かってきた。俺は風の魔法を発動させて、その場から空へと逃げる。どうやら飛んでしまえば突進が届かないようで、攻撃されることはなさそうだ。

 ちゃんとアイルに向かわないように、そこら辺にあった石を拾い、こっちに注意が向くように投げつけていく。



「まあ、一発も当たらないんだけどな…。」


 思わず呟いてしまったが、投げた石が悉くかわされる。別に野球とかやってたわけじゃねーし、向こうもすばしっこいから当たるとは思ってなかったけど、こうも全部外すとちょっと悲しい気持ちになんな…。


 そんなこんなで手持ちの石があっという間に尽きてしまったが、このままだと流石に悔しい。せめて一矢報いたいが、もう投げられそうな物もない。



 …そういや、あの女、俺のこと転ばせてたよな。


 今思えば、何もないところで急に足を引っ張られたあの感覚は、魔法だったのかもしれない。と言う事は、俺でも転ばせるくらいはできるか?


「《風の魔素よ(フウィン)》。」


 石も飛んでこないし、俺への攻撃が届かないと判断したらしい魔物が、アイルの方へと向かおうとする。逃げに徹していた魔物を相手に少し時間が掛かっていたようだが、既にもう一匹をその手中に収めていた。

 うっ、またあの嫌な音が…。


 俺は聞こえないフリをしつつ、アイルに向かっていこうとする魔物へ転ばせるように魔法を発動させたが…、どうにも風の威力が大きかったらしい。


「あっ…。」


 思い切り体が前のめり、角が地面に刺さって逆さまのまま抜け出せなくなったらしい。どうにかしようと手足をジタバタとしているその様が、なんだか凄く可愛らしい…。

 その様子をジッと見ていると、二匹を仕留め終わったアイルがラスト一匹の首根っこを思い切り掴み、そのままキュッと締めた。


 三度、ゴキッと音が鳴って俺は思わずそっぽを向いた。角が地面に埋まったままの魔物はそのまま動かなくなり、力なくその体を地に付ける。


「何だ、シュンも意外とやるじゃないっすか。」

「あー…いや、たまたまっていうか…。」

「…アタシが最後締めただけだし、この子はシュンの分で良いっすよ。」

「えっ?いや、それは悪いってか…。」

「さっきのパンの、お返しっすよ。二つも貰っちゃったし。それに、アタシは殆ど何もしてないすからね。」


 寧ろ、トドメを刺してくれたことに感謝するんだが…。と言うか、もしかしなくても、これから先は俺が自分でこれやんなきゃいけないのか!?


「へへっ!久しぶりのお肉っす!さっさと血抜きして捌いちゃうっすよ!」

「さばっ…!?」


 肉の捌き方なんか、俺知んねーぞ…!いや、それよりも、待て。生憎そんなグロ耐性、俺には…!


「よいしょ、っと。」

「……!!」


 アイルが腰にさしてあるナイフを取り出したと思ったら、思い切り腹を裂き始めた。辺りには血しぶきが舞い、思わず俺は口元を抑えた。


 無理、無理だっての…!


「どうしたんすか?」

「…すまん、無理…。」

「もしかして、こういうのも初めて?」

「……。」


 無言で頷くと、アイルはきょとんとした顔でこちらを見る。普通に見たら可愛いだろうその顔も、返り血が付いてて逆にすっげー怖い…。


「本当に、変わった環境で育ったんすねー。じゃあ、シュンの分もやってあげるっす。」

「助かります…。」


 思わず敬語が出た。



 チラチラと横目で見るしかできなかったが、アイルは手際よく魔物を捌いて毛皮と肉の部分に分けていく。血抜きをしてるらしい様子に、俺はうぇ…と気分が悪くなるのを感じながら、黙ってソレを見守る。臭いもキツい…。


 その時、頭の角と一緒に一円玉くらいの小さな石が別で横に置いておかれてたけど、アレは何なんだろうか?後で聞いてみよう。


 作業はテキパキと進み、角が地面に突き刺さったままの最後の一匹を引き抜くと、あ…!とアイルが声を上げる。


「どうかしたのか?」

「…珍しい。このホーンラビット、雌っすよ。」

「雌?」


 引っこ抜かれた魔物…ホーンラビットだっけか、そのまんまの名前だな。まあ、そのホーンラビットが、既に捌き終わって角だけになってるやつの隣に置かれた。


「真っすぐ一本角になってるのが雄、先が二股に分かれてるのが雌っす。雌は基本的に巣に籠ってるから、中々見かけないんすよ。」

「へー、そうなのか。」

「筋肉質な雄と違って、雌は脂の乗った肉質がとろけるような柔らかさで美味しいっす。特に女性人気があるっすね。まあ、今は肉自体が滅多に手に入らないんすけど。」


 はー、雄と雌でそんな違うのか。でも、俺、脂っこいのあんま好きじゃねーんだよな…。


「…なあ、雄の方も美味しいのか?」

「勿論。肉質が全然違うけど、雄も美味しいっすよ。こっちは食感に食べ応えがあるから、男性や冒険者に人気っす。」

「冒険者…。」


 そういや、アイルも冒険者?だっけ。どう言うものか、よく分かんねえけど…。でもまあ、雄の方がいいのか。


「あー、そうか。出来たら交換してもらいたかったが、アイルも雄の方がいいか?」

「えっ!?」


 駄目なら駄目でいいかと取り敢えず聞いてみたが、すっごい驚かれた表情をされた。何でだ?


「どうかしたか?」

「…えっと、雌の方が珍しいし美味しいから、全然値が釣り合わないんすけど…。」

「そうなのか?でも、俺、あんま脂っこいの得意じゃねえし、どっちかって言ったら脂は少ない方が好きなんだが…。」

「…本当に良いんすか?正直、十倍近くの値段差がある代物っすよ。シュンは物の価値が分かってなさすぎっす。」

「まあ、世間知らずではあることは認めるよ。アイルさえ良ければって思っただけだし、アイルも雄の方がいいなら別に無理にとは言わないが…。」

「あー、もう、違うっす!そりゃ、アタシは断然雌の方がいいっすけど、それじゃアタシの方が貰いすぎてるというか、つまり…!」


 要は、自分にばかり利があって申し訳ないってことか?それとも、裏がありそうで怪しまれてるとか…?


「えっと、ほら…。俺、ハッキリ言って何も知らないし、何も出来ねえからさ。アイルが俺の代わりに色々としてくれたらいいから、そのお礼的な…。駄目?」


 何も企んでないぞ、ってことが分かるように言ってはみたが、どうにも言い訳っぽくて胡散臭え…。こういう時、若頭さんが口八丁で言いくるめるの上手いんだよなぁ…。事実しか言ってないし、何も嘘はついてないんだけども。

 あ、そう言えば、掛け合いがある時は、いっつも若頭さんが出てたような気がする。やっぱ組継ぐの若頭さんでいいじゃん。


「……はあ。もう、別に良いっす。後からアレコレ言っても、もう遅いっすからね!」

「勿論だ。悪いな、ありがとう。」

「全く、どういう環境で育ったんだか…。取りあえず、これもサッサと終わらせちゃうすよ。」

「宜しく頼むわ。アイルが優しい親切な奴で良かったよ。」

「…別に、普通っす。」


 正直、普通の奴等だったら自分達に利がある場合、何も言わずに了承すると思うんだよな。後で知っても俺達はそっちの要望に従いましたって、恩着せがましくするだろうし。

 まあ、ウチの家もそういうのはあるだろうけど。多少は何かしら言うとは思うが、誰だって自分の利を逃したくはないだろうからな。


「……よし、これで終わり。」

「おー、サンキュな。」


 三匹とも解体が終わったらしい。綺麗に毛皮と肉、そして角と石に分けられてる。


「なあ、この石って何なの?」

「は…?ああ、魔石のことっすか。まさか、魔石も見たことない?」

「あー、ないな…。そうか、これが魔石か…。」


 魔石に関しては、昨日の本で読んだのを少し覚えてる。魔力を宿した石のことで、魔道具に使ったり、装飾品に使ったりで、色んな用途があるって。

 そういえば、魔物には必ず弱点となる核があって、それが壊れると魔石になるって書いてあったな。


「まあ、普段ならホーンラビットの魔石なんて大したものには使えないすけどね。細かく砕いて畑にまく肥料にするくらいっす。」

「肥料…、そういう使い方も出来んのか。」

「こんな小さい土の魔石じゃ、それが普通の使い方っすよ。」


 へー、変な石っころ。やっぱ、この世界の常識、まーったく分かんねえな。


「他の魔石の場合は、どうなんだ?」

「火の魔石なら火を起こす、水の魔石なら水を出す、風の魔石なら風を吹かせる…って、基本その名の通りっすけど…。」

「火…、水だって…!?」


 水が出せるのか、火が起こせるのか…!それはつまりお湯が沸かせるってことで…!


「水がどうしたんすか?…ああ、そろそろ血も流れ切っただろうし、綺麗に洗わないといけないっすよね。」

「その魔石で出した水って、飲めるのか?」

「そりゃ、普通の水と変わらないっすから飲めるっすけど…。あ、喉乾いてるんすか?」

「な、なあ…アイル、火の魔石はあるかっ…?」

「いや、火の魔石は持ってないっす。」

「そ、そうか…。」


 くそぅ、水があっても火が起こせないんじゃ、お湯が用意できない…。やっとカップラーメンが食べれるかと思ったのに…!


「…アタシは火の加護があるから、魔石がなくても火が起こせるっす。だから、必要ないんすけど…。」


 あからさまにガッカリした俺に、アイルは不思議そうな顔でそう呟やいた。俺はバッと顔を上げると、アイルに詰め寄り、お湯が沸かせるかと問いかける。


「で、出来るっすよ、それくらい…!というか、火と水の用意も無しに、森へ入ったりするわけないじゃないすか!」


 火も水も準備できない冒険者などいないと、アイルに怒られてしまった。だが、俺にはそんなこと別にどうでも良かった。その、冒険者とかいうもん、俺は知らないし。

 お湯が沸かせるかどうか、それが分かっただけでもう十分だ。


「まあ、取りあえずはホーンラビットを洗うっす。それで、荷物纏めたら町の方へと歩いていくっすよ。」

「分かった、洗うのは俺も手伝うよ。」


 既にお肉へと形作られたコレなら、もう大丈夫だ。毛皮の方はまだちょっと慣れんが、流石に何でもかんでも任せっぱなしは男としてどうかと思う。


 アイルが何やら大きい急須のような物を取り出すと、中に青い石ころを入れた。…ああ、アレが水の魔石か。

 最初はカラカラと音がしていた筈なのに、アイルがそっと急須を傾けると、ジャバジャバと水が流れてくる。俺はビックリしてその様子をマジマジと見ていたら、アイルが不思議そうな顔で首を傾げた。


「あ、すまん、手伝う…。」

「いや、随分と面白そうに見るっすから、ちょっとおかしくて。」


 クスクスと笑うアイルの笑顔に、思わずドキッとする。そう言えば、こんなにも普通に女の子と話したの、コレが初めてじゃないか…?


 何だか気恥ずかしくなった俺は、誤魔化すようにアイルの手から毛皮を受け取り、優しく洗い始めた。


 うっ…、この妙な肌触り…。さっきのドキドキが別のモンに変わっていき、テンションが下がっていく。あー、コレも慣れるしかないんだよな…。


 初めての触り心地にぞわぞわしつつも、俺はアイルの言う通りに毛皮を洗い、肉や角も綺麗に洗った。


 解体された物全部が洗い終わると、毛皮や肉を纏め、魔石と角はアイルが腰にぶら下げてるポーチのような袋へと詰められる。

 荷物持ちくらいはと他のモンは俺が持ち、俺とアイルはアストの町とかいう名前の場所へと、向かって歩き始めたのだった。

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