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第二話 夢であって欲しい

 本を読み終えた俺は、ただぼーっとすることしかできなかった。


 いや、だって、これってつまりもう詰んでるって事だろ?俺を召喚したあの女が死んじまったから、送還の魔法が使えなくて、どうしようもないって事になる。


 うわ、マジでありえねえんだけど…。



「あー、くっそ…。」


 思わずボソリと呟く。悪態ついてても仕方がねえとは分かってるけど、本当にこの状況はキツイ。

 せめてもう少しまともな話を聞かせてくれよ…。


「国の名前どころか、あの女の名前すら良く覚えてねえし…。」


 ブタ…なんとかってのが国の名前で、ウル…なんちゃらがあの女の名前。

 マジであの時は混乱してたから、正直全然頭に入ってこなかった。


 ……今も混乱したままだけど。


「取り敢えず、このままうだうだしてても意味がねえし…。他の本読んで帰るヒントがないか探すか。」


 ひょっとしたら、あれ以外にも参考にしてた本があるかもそれねえしな。

 …そうだ、きっと他にも何かあるに違いない。


 こうでも思わなきゃガチで挫けるから、どうにか期待を持とう。落ち込んでても仕方ねえ。このままじゃ、事態が好転することもないし。




 そうして俺は、部屋の中に残ってる本を片っ端から漁ることに決めた。

 本棚からタイトルだけ見てそれっぽいのをとっては、中をパラパラと見る。


「……。」


 禁断の黒魔法から始まり、派生魔法と複合魔法についての論文、最新版魔道具のカタログ、アーティファクト図鑑…。


 どれも目が滑りそうになる文字列ばかりの本だったが、何とか読み進めていく。絵が殆どなくて読みにくいし、内容がピンとこないから全然頭に入ってこない。

 それでも必死に読み続け、目ぼしい物を粗方読み終わった頃、やっと俺は一息ついた。


「はぁー…。こんだけ読んで、何も参考になんねえんだけど…。」


 そもそも、魔法とか言うもんの仕組みも分かんねえのに、無理して読むもんじゃなかった。頭がクラクラしそう…。


「あー、ってか、今何時だ…。」


 スマホを開けば、画面には22時近い時計が表示されている。この時間が合ってるのかは分かんないけど、少なくともあの家を出ようとした時はまだ夕方前だったはず。

 ここに来て数時間は経ってんだろ、多分。


「そういや、腹減ったな…。鞄に食いモン突っ込んどいて良かった。」


 鞄を開けば、中には数本のペットボトルとパン、カップ麺、お菓子。後は財布とタブレットに充電器、着替えが一着とタオルだけだ。スマホだけポケットの中。

 嫌がらせに台所行ってなかったら、危なかったな…。腹減ったらコンビニかファミレスでも行けばいいとか考えてたけど、そんなもん今の状態でどうにかできるわけがない。

 ってか、多分俺の持ってるお金使えないだろ、ここじゃ。



 取り敢えず、数時間前の俺の行動を褒めつつ、腹に溜まるカップ麺でも食べようと袋を開けかけたその時。

 …俺は気付いてしまった。



「お湯、沸かせねえじゃん。」



 幾ら見回そうが、この部屋にあるのは机と椅子と棚だけである。どう考えても、カップ麺を食べるためにはこの部屋から出て行かなくちゃならない。


「……。」


 チラリと扉の方を見る。本を読むのに集中したいがために閉じられた扉は、意外にも傷一つ付いていなかった。

 閉めるときに覗き見た扉の向こうは真っ暗で、ライトでも付けなきゃ何も見えない状態だ。ぶっちゃけ怖い。


 しかし、このままと言うわけにはいかない。どちらにしろこの部屋から出なきゃいけない時がくるのだから、いっその事お湯を探すついでに少し見て回ろう。



「よ、よし、開けるぞ…。」


 ドクドクと心臓が破裂しそうなほど動く。流石にもう外には誰もいないだろう。あれから大分時間が経っているはずだし…。


 それでも、あんな光景を見た後では、空腹よりも恐怖の方が勝る。

 本当に開けて大丈夫なのか。まだ外には誰かいて、俺が出てくるのを待ち構えてたりしないだろうか。


 カタカタと震える体をなんとか動かし、俺は扉の取手に手をかけた。


「……。」


 そっと開かれた扉は、静かに音を立てる。俺はゆっくりと扉の隙間から外を覗き、スマホのライトを付けた。


「うわ、ボロボロ…。」


 やはり真っ暗な扉の向こうは、ライトを当てなきゃなんも見えない状態だった。チラチラと照らす場所を変えながらこの目に映ったものは、崩れた壁や焦げたような跡のある木片ばかり。

 かなり派手に壊されてたらしい屋敷の惨状に、俺は唖然としてしまった。



 …いや、確かに爆破とかなんとか言ってたけど、ここまでとは思わなかった。寧ろ、何でこの部屋は無事だったんだ?


「この有様じゃ、お湯は絶望的だな…。」


 辛うじて隣の部屋が扉辺りを壊されてるくらいか。それよりも先は足の踏み場もないほど、床がぐちゃぐちゃになってる。

 少なくとも、真っ暗なこの状態で動き回れない。


「一応、隣の部屋も見てみるか…。」


 ひょっとしたら何かあるかもしれない。俺はそっと扉から外に出て隣の部屋へと入った。


 部屋の手前には色々と破片が散らばっているが、奥の方ならまだ普通に歩けそうだな。

 転ばないように注意しつつ、俺はゆっくりと歩く。この部屋はベッドらしき残骸と大きめのクローゼットがあるから、多分寝室だったんだろうな。

 キッチンだったらワンチャンあったかもしれないのに…。


 部屋を少し調べてみたが、ベッドは焦げてて布団も使い物にならない…。あ、でも、カーテンは少し無事なのがある。これ、引っ張れば取れっかな。



「……ふっ…!」


 思ったよりも力が入ったが、何とかカーテンが取れた。まあまあ厚手だし、最悪これに包まって寝れはするな。風呂敷にもなるだろう。


 カーテンを手に、次はクローゼットを開ける。中には同じようなローブが数着入っていて、どれも無事に着れそうだった。


「着替えにはなりそうか…?」


 いや、どちらかと言うとコートのようなもんだし、ちょっとキツイか。最悪ローブだけでもいけそうだが、裸コートの変質者みてえで嫌だな…。

 学ランのままで汚しても困るし、後で着替えてこれ羽織っとくか。



 …なんて考えをしていたその時、どこからか音が聞こえた。それは近付くにつれ鮮明になり、何かの鳴き声だと言うのが分かる。


「……!!やば…!」


 真っ暗で辺りは窺えないが、直感でマズいと頭の中で警鐘が響いた。



 何かが俺に近付いてきてる。そして、それは恐らく、俺を襲うつもりだろう。


 慌ててローブを引っ張り出し、俺はさっきまでいた部屋へと戻るために動き出す。こんな真っ暗な場所じゃ、対処もできない。せめて光がある場所で、どうにかしなければ。


 転ばないよう足元には気を付けながら歩き、部屋に戻って直ぐに扉を閉めた。一番脆いのは扉だろうが、もしかしたら壁ごと壊して入ってくるかもしれない。相手がどんなのか全く分からねえが、警戒し過ぎる…なんて事はないだろう。

 俺は出来るだけ真ん中に位置取りをして、俺は様子を伺った。




 ……しかし、いくら待っても何かがやってくる気配はない。さっきまで辺りに響いていた鳴き声らしき音も、部屋に入ってからは聞こえなくなっている。

 てっきり扉を閉めたから聞こえにくくなっただけかと思ったが、時間が経っても聞こえてくる様子がない。


「どうなってるんだ…?」


 若干の恐怖はあるが、このままじゃ動くことができない。俺は意を決してそっと扉を開けた。


「ウオォォォン!」


 すると、さっきまでは何も聞こえなかったのに、急に何かの鳴き声が大きく聞こえた。それは直ぐそばまで来ているような声量で、急いで扉を閉める。


「……何も聞こえない…。」


 扉を閉めれば、また何も聞こえなくなった。一体、どう言うことだ…?



 それからまた暫く様子を伺ったが、やはり何かが現れる気配が感じられない。よく分かんないが、要はこの部屋に閉じこもってれば安全なのか?


「いや、でも、さっきの人達は…。」


 いつの間にかこの部屋に入り、あの女を殺した連中が思い浮かぶ。それと同時に、あの惨劇も思い出し、気分が悪くなった。


「うぇ…。」


 深く考えんのは止めよう。取り敢えず、あの鳴き声の主はやってこなさそうだから、それで良い。


「あー、もう、マジで何なんだよ…。」


 これじゃ、もう部屋の外には出られない。結局、二着のローブとカーテンを持って来ただけで、何の収穫もなかった。


 ……お湯、ラーメン…。



「仕方ねえ、パン食べるか…。」


 まあ、取り敢えず今はパンでも食べて、腹を膨らまそう。しっかり噛んでお茶を飲みながら食えば、幾らかの満腹感は得られるだろう。ついでに、お菓子もちょっとだけ食べる。

 それにしても、家にパンがあって良かった…。根こそぎ持ってきた自分を褒めてやりたい。


 んー、行儀は悪くなるが、正直時間が惜しい。少しでもこの世界の事が分かるように、本は読んでおかなきゃならねえ。


 パンを片手に、先ほどとはちょっと系統の違う本を読み始めた。





 そもそも、魔法とは。


 体内に宿る魔力を使い、この世界に存在する魔素(マナ)と合わせる事で、発動する術である。魔素(マナ)には火・水・土・風・光・闇の六属性に分けられており、それぞれの加護を持っていないと発動することは出来ない。


 呪文を詠唱することによって体内の魔力をコントロールし、魔素(マナ)と合わせる事で魔法として完成される。

 極稀に魔法を無詠唱で行う者が存在するようだが、常人にはまず無理なので本書には記載しない。



 魔法を行使するには加護が必要だと記したが、前述した通りの順番から火属性の加護が一番多く、闇属性の加護が一番少ない事が証明されている。最も、光と闇の属性はその存在自体が希少であり、また謎も多い。


 火・水・土・風はその名の通り四元素の力を魔法として扱うが、光と闇は全くの別物だ。

 光属性の魔法には身体の動きを助長するようなものや、怪我や病気、状態異常を治すものがある。

 逆に闇属性の魔法は相手の動きを鈍らせたり、状態異常を与えるようなことが出来るようだ。


 ただし、これらの魔法の発動には相応の修練や才能が必要になり、ただ加護を持ってるだけでは何も魔法を発動する事ができないことも多い。

 基本魔法も存在しないため、場合によっては全く魔法が使えない者も存在した。


 しかし、その特殊な性質ゆえに光や闇の加護を持って生まれた者は、強制的な保護や迫害の対象になることが多く、また人身売買などでやり取りされることもある。

 上記の属性については様々な諸説があり、そして詳しいことが殆ど解明されておらず、基本とは程遠いため本書では以上の事柄までしか記載しない。



 四元素の魔法に関しては、体内に宿る魔力をどう扱うかでその効果が変わる。それぞれに魔法を行うための詠唱が必要になり、最後に術名を発することで魔法として完成するが、その種類は様々だ。


 基本となる術名はこの四つ。


 火の魔法は《火の魔素よ(カフラム)》、水の魔法は《水の魔素よ(スイオル)》、土の魔法は《土の魔素よ(ドアス)》、風の魔法は《風の魔素よ(フウィン)


 この基本魔法は詠唱の必要もなく、術名だけで様々な形で発動する。魔力の多さにより術の威力や効果時間が多少異なるが、基本中の基本なので誰でも扱うことが出来るだろう。

 本書ではこの基本魔法についてを記載する。



 魔力をコントロールするコツは、血流をイメージすると分かりやすい。血と共に魔力は身体中を巡っている。頭の上から足の先まで、全身を流れる魔力をどこに集中していくのか。


 まずは手に集中させると分かりやすいだろう。リラックスした状態で立ち、手を前にかざす。体内を巡る魔力が手に集まったイメージをしてから、己が持つ加護の属性の術名を口にする。

 一度術を発生させれば、自身の魔力が抜けていく感じが分かる。それが認識できれば、あとは同じ様にするだけだ。


 ただし、魔法の使い過ぎには注意するように。魔力切れによる体調不良を引き起こすことになるだろう。



 生活魔法としても使われるこの基本魔法は、他の詠唱が必要な魔法と違い、己のイメージ次第でどんな形にもできる。

 必要魔力も少なく汎用性もあるため、最初はこの基本魔法から慣れていこう。





「……。」


 とりあえず食べ終わったし、読み終わった。あの女が言うには俺は風の加護があるらしいが、本当に発動できんのか?これ。魔法なんてアニメやゲームの中でしかありえないモンだろ。


「……えっと、手を前に出して…。」


 まあ、物は試しか。あの本の書いてある通り、やってみよう。



 「…《風の魔素よ(フウィン)》。………うわっ!?」


 何となくではあるけど手に集中して、風で本のページを捲る様にイメージしてから術名を唱えてみる。すると、ゾクリと何かが身体中を走る感覚と共に、突然ぶわりと風が吹いた。


「ま、まじか…。もっかい…《風の魔素よ(フウィン)》!」


 再び術名を唱えれば、同じように風が吹く。おぉ、ちょっと楽しい…。


「これ、もしかして飛べたりもする?手じゃなくて足の辺りとか、身体の周りとか…。」


 イメージ次第だって書いてあったような。……ようし。


「《風の魔素よ(フウィン)》。……痛っ!」


 足に集中したら少し浮いたけど、バランスが取れなくてこけた。難しいな、これ…。次は身体の周りに纏わせるイメージでいこう。


「《風の魔素よ(フウィン)》!」


 今度はゆっくり、少しずつ浮いていく感じで…。


「いけた…!」


 ふわりと浮くようなイメージで身体の周りを覆えば、俺の身体が床から離れた。凄い、身体が軽い、俺浮いてる…!


「ヤバイ、これテンション上がる…!」


 ふわふわと浮く身体を、俺は思い通りに動かす。特に問題もなく移動する身体に、俺の感情はどんどん昂っていった。

 この世界に来て、今初めて楽しいという感情がやってきた気がする。


 何度も魔法を繰り返し、足だけでも飛べるよう練習をする。最初は上手くいかなくて何度も転んだが、やってる内にバランス感覚が掴めてきたのか、やっとヨロケなくなった。

 自由に動けることが嬉しくて暫く飛んでいたが、充分に満足したところで俺は魔法を消して着地する。地面に足がついた時、何かくらっとして転びかけたけど、これが魔力の使い過ぎってやつか?やべ、気を付けねえとな…。


「ふわ、ぁ…。取り合えず、今日は寝るか。」


 徐々に興奮が収まってきたせいか、いい加減眠くなってきた。明日はここから外に出たいし、しっかり寝とこう。

 学ランが皴になると困るし、俺は持ってた服に着替えてからローブを羽織り、更にカーテンをかける。床の硬さが気になるが…まあ、これだけあれば寝るには十分か。



「ふぁ…。」


 横になると、思わず欠伸が溢れた。流石に色々ありすぎて、頭も身体も疲れてるんだろう。俺は眠る事に集中出来るよう、さっさと目を瞑る。


 はー、明日になったら、実はコレ夢でしたーって、なったりしねえかな…。

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